女騎士と田舎巡り
「よし、このくらいでいいだろ」
「終わったー!」
さっぱりとした畑を見て、草むしりの終了を告げるとめぐるが雄叫びを上げた。
静かな田舎故にその声はやたらと響いた。
「セラムさん、遊びにいきましょう!」
「うむ、少し着替えてくるので待っていてくれ」
セラムは頷くと、パタパタと家に戻っていった。
「ちなみにジンもくる?」
「そうだな。セラムとお前たちだけじゃ心配だからな」
なにせ、セラムは異世界人だからな。
子供たちだけで一緒に出かけさせるにはまだ不安がある。
「おー、嫁さんのことを大事にしてますなあ」
「……嫁想い」
しかし、事情を知らないめぐるたちからすれば、嫁であるセラムを心配しているように見えるようだ。
非常にうっとうしい視線だが、同行するためには否定するわけにもいかないので甘んじて受け入れる。
程なくしてセラムが衣服を着替えて戻ってくる。
「セラムさん、やっぱり美人だね」
「とても綺麗です」
「……大人っぽい」
服装はユニシロで買った白シャツにデニムだ。
見慣れつつある俺でも時折目を奪われるのだから、めぐるたちがそう言うのも当然と言えるだろう。
「そうなのだろうか? 私にはよくわからないが、ありがとう」
一方、面を向かって褒められ慣れていないセラムは照れたように笑う。
「こんな美人な人、どこで捕まえたのさ?」
「田んぼで拾ったんだ」
「適当ぶっこくなし!」
それが事実なんだけどな。
嘘を言っているわけでもないので不自然にならず、誤魔化せるので意外と便利な言い訳だな。
セラムの準備が整ったところで、俺たちは歩き出す。
「メグル殿、これから何をするのだ?」
「考えてない!」
セラムが尋ねると、めぐるが呑気に笑いながら言う。
遊びに誘った割に、特に何をするかも決めていないようだ。
都会ならともかく、ここは何もないような田舎だからな。何をして遊ぶのか決めるのもひと苦労だろう。
「セラムさんがやってみたいこととかありますか?」
「むむむ、そうだな。私はこちらにやってきたばかりなので、この辺りのことをよく知らない。できれば、皆のおすすめの場所なんかを教えてもらえると嬉しい」
「わかった! セラムさんのためにおすすめの場所を教えてあげるよ!」
「……とっておきの場所に連れてく」
セラムの要望を聞いて、めぐるやアリスが色めき立った反応を見せる。
どうやら各々に案内してあげたいと思う、とっておきのスポットがあるようだ。
「では、よろしく頼む」
「じゃあ、まずはあたしからーー」
「……待って。めぐるの案内する場所は多分遠い。だから、私が先に案内する」
「お、おお。じゃあ、アリスが先で……」
意気揚々と手を挙げためぐるだが、アリスに止められた。
めぐるが連れて行こうとしたところは見抜かれており、まさに正論のようだった。
実はめぐるの方が小学生で、アリスの方が中学生なんじゃないかと思えた。
「アリス殿は、どこに連れていってくれるのだ?」
「……私のおすすめスポットはもう着いてる」
「ここか?」
周囲を見回しながら不思議そうな顔をするセラム。
今歩いているところは広い一本道。周囲には田んぼが広がっているだけで、遠くに民家が見える程度。特別な畑があるでもなく、絶景が広がっているわけでもない。
ここに住んでいる俺からしても、どこがおすすめなのかと言いたくなる光景だった。
「……見るのは。ここの用水路」
「用水路?」
水路を覗き込んでいるアリスの傍に移動して、俺とセラムも腰を落とす。
「……ここにはたくさんの生き物がいる。ザリガニとかカエルとかタニシとか色々な生き物がいる」
「おお、言われてみればたくさん生き物がいるな! 魚もいるぞ!」
水中にはセラムの言う通り、黒い魚の影が見えていた。
「多分、タモロコだな」
「……他にもメダカとかモツゴもいる。たまに川から迷い込んできてアユとか見かけることもある」
「へー、それはレアだな」
アリスの説明をしながらジーッと眺める。
用水路の壁にはタニシが張り付いており、繁茂した水草の上にはアマガエルが鎮座していた。言われた通り、用意路には様々な生き物がいるものだな。
身近なだけにまったく気にすることがなかったので新鮮だ。
おすすめの場所を案内するとのことなので、絶景スポットなどに案内すると思ったが、こういった場所を攻めるとは。
大人では考えられないことだな。柔軟な発想と遊び心を持っている子供だから案内できる場所だろう。
「こうしてジーッと用水路を眺めるのも楽しいものだな」
「……流れる水を見ていると心が落ち着く」
ただ、幼い小学生がおすすめするには、ちょっとずれているように思える。
感性も妙に年寄りくさい。
めぐるやことりも付き合ってはいるが、いまいち良さがわからないのか神妙な顔を浮かべている。
今時の子供がこういった用水路観察にはまっているわけでもないようだ。
「それじゃあ、次は私のおすすめの場所に案内しますね」
そうやって様々な用水路を観察し、生き物観察をし終えると、次はことりが案内する出番となった。
ことりは先頭を歩くと、ズンズンと道を進んでいく。
住民が多く住んでいる中心地の方だ。
この辺りまで進んでくると、田畑の比率が下がっていき、住宅が増えてくる。
昔からやっている個人経営の店なんかが並んでおり、ちょっとレトロな雰囲気だ。
とはいえ、特に面白い店があるわけではない。
ことりは一体どこに連れて行こうとしているのだろうか。
「ここです!」
不思議に思いながら住宅街を進んでいくと、ことりが道の半ばで立ち止まった。
視線の先にある軒下では五匹ほどの猫がたむろしていた。
「おお、猫か!」
「はい。この辺りは猫が集まる場所なんです」
説明しながら身近な黒い猫を撫でることり。
「よーしよしよし、こっちおいでー」
「……にゃー」
ことりだけでなく、めぐるやアリスも近づいて猫を撫でた。
住宅街に住み着いているだけあって人懐っこく人間に慣れているようだ。
撫でられてゴロゴロと気持ち良さそうな声を上げている。
猫を観察していると、傍にいたセラムが袖を引っ張った。
「……ジン殿、この可愛らしい生き物はなんだ?」
猫を見下ろすセラムの表情はとても興奮しており、鼻息が若干荒い。
「猫っていってこっちの世界で広く飼われている動物だな。こいつらは野生みたいだが、そっちにはいなかったのか?」
「少なくとも私の住んでいた国にはいない。いたら、私も飼っている」
「そ、そうか」
セラムの反応から一目で心を奪われたのはよくわかった。
「私が触っても大丈夫だろうか?」
「大丈夫だから安心して触ってみろ」
促してやると、セラムはおそるおそる近くにいた三毛猫に手を伸ばした。
三毛猫はセラムの手を嫌がることなく、むしろ撫でろとばかりに頭を差し出した。
「お、おお……っ! なんという可愛さだ!」
向こうの方から近づいてきたことに驚きつつも、セラムは優しく指を動かした。
「毛がふさふさとしていて柔らかい。それに暖かいな」
優しい眼差しを浮かべながら三毛猫を撫でるセラム。
俺も背中やお尻の方を撫でさせてもらう。
艶やかな毛並みは絹糸のようで手を滑らせると、とても気持ちよかった。
こうやって動物を撫でるなんて随分と久しぶりだな。
ペットでも飼わない限り、こんな風に動物と触れ合う機会なんてないし。
「こうやって猫を撫でていると癒されるな」
「わかるー。アニマルセラピーってやつだよ」
同じく猫を撫でていためぐるが、心底同意したように呟いた。
「というか、子供のくせにそんなに疲れることなんてあるのか?」
「失礼だね! 子供だって大変なんだよ!」
「そ、そういうものか」
俺が子供のころは何も考えずに海斗たちと遊びまわっていた記憶しかない。
女の子がそうなのか、今時の子供がそうなのか俺には判断が付かないな。
「ジン殿、この猫という動物はペットとして飼われていると言っていたな?」
「ダメだ」
セラムが何を言わんとしているか理解した俺は、きっぱりと告げた。
「まだ何も言ってないぞ!?」
「言われなくてもわかるわ。家で飼いたいとか言うんだろ。却下だ」
「なぜだ!?」
「うちでは食材を扱っているんだ。家に動物を招き入れるのは衛生的に良くない」
俺は農業を仕事にしている。自分の畑で野菜などを育てて、収穫し、出荷する。
人が口にする食材を作っているのだ。そのようなところに野生動物を招き入れるわけにはいかなかった。
家から出さなければ平気かもしれないが、畑に勝手に入り込まないという保障はないし、育てている俺自身が何より気にするのでペットは絶対に飼わないと心に決めていた。
「むむむむむ!」
「それにこの猫たちは、地域の人たちが面倒を見てるようなもんだろう?」
首輪とかはされていないが、近くには餌用の皿なんかが置かれている。
「そうですね。ここの猫ちゃんたちは皆でお世話してるので……」
「そうか。ならば、うちで飼うわけにはいかないな」
ことりがそう言うと、セラムは残念そうな顔をした。
相当気に入っていたから家で飼いたくなったのだろうが、どうしてもそれは無理な相談だった。
「まあ、ここに来ればいつでも猫ちゃんたちに会えますよ」
「そうだな。猫に会いたくなった時はここに来る。コトリ殿、ありがとう」
しゅんとしていたセラムだが、ことりの言葉を聞いて元気になったようだ。
「それじゃあ、次はめぐるのおすすめの場所に行くか」
「任せて! とっておきの場所に案内するから!」
「すまない。もう少しほどここにいさせてくれ」
「あ、うん。わかったよ」
完全に移動する流れだったが、セラムが駄々をこねたためにもう少し滞在することになった。結果としてセラムがここを離れるのは一時間後だった。
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