女騎士と子供たち
芝刈り機で家の付近の雑草を駆除した翌日。俺たちはまたしても雑草を駆除していた。
具体的には畑の中にある雑草だ。
こちらは家の周りのようにボーボーに生えているわけでもないし、丈もかなり短いので芝刈り機を持ち出して一気に刈るようなことはできない。
そんなわけで手作業での雑草抜きである。
ぽつぽつと生えている雑草を見つけて抜いては、また次の雑草の生えている場所へ。
ひたすらにそれの繰り返し。とても地味な作業だ。
長ナスやトマトの収穫とは比にならないほどに腰を曲げては、伸ばしての作業。
そこまで老けた年齢とは思わないが、これほど過酷な姿勢で作業をしていると腰にくるものだ。
目の前の雑草を引き抜いて、畑の端にひとまとめにした俺は腰をトントンと叩いた。
別の畑で作業をしているセラムは黙々と雑草を抜いている。
騎士団で過酷な訓練を乗り越えてきたからか、セラムはこういった体力や精神が必要とされる作業は得意のようだ。
持ちあふれる身体能力を駆使して、次々と雑草を抜いてはひとまとめにしてくれている。平均的な大人の二倍以上の作業スピードだ。実に頼もしい。
そんな真面目なセラムの姿を見て、もうひと踏ん張りしようとしていると不意に視界で人影が写った。
視線をやると、きゅうりの苗に隠れながら子供たちがこちらの様子を窺っていた。
海斗の家に行った時にもいた三人組だ。
「お前たち、なにしにきたんだ?」
「暇だから遊びにきた!」
尋ねると、茶色い髪をしたボーイッシュな少女が元気良く言う。
「そうか。暇つぶしはもう十分だろ。さっさと帰れ」
「……ジン、冷たい」
シッシと手で追い払うように言うと、ひと際小さな子供がポツリと溢した。
「そうだそうだ。あたしたちの扱いが雑だぞ! 可愛い子供なんだから、もっと丁寧に接しろ!」
「本当に可愛い子供はそんな風にダダをこねねえよ」
「あはは、ジンさんは仕事なのであんまり邪魔しちゃ悪いですよ」
「ほら、一番年上のこの子はちゃんとわかってるじゃないか」
「いや、ことりんはあたしより年下なんだけど……」
「ええ? こんなにデカいのに?」
一番言葉遣いがまともだし、身長も大きいのでてっきり一番年上なのだと思っていたが違ったらしい。
「や、やっぱり、私デカいですよね。すみません、無駄に大きくて……」
どうやら幼いながらに身長が大きいことを気にしているようだ。
「すまん」
「いえ、いいんです。よく間違われることですから」
「というか、お前やこの子じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでほしいんだけど?」
俺が誤っていると、横からボーイッシュな少女が口を挟んでくる。
「そんなことを言われても、俺はお前たちの名前を知らん」
「はあ!? 何年ここで顔を合わせてるの思ってるのさ!? 本気で言ってるわけ?」
ぶっちゃけた真実を告げると、ボーイッシュな少女たちが唖然とし、憤慨する。
今はそれなりに大きくなったが、もっと小さなころから知っている。
とはいえ、遠目に軽く手を振ったり、他愛のない会話をするくらいだっただけだ。
「知らんものは知らん」
「はー! 信じられない!」
「正直に言ってショックです」
しかし、子供たちとしては納得できないことのようだった。
次々と抗議の声や憤慨の声を露わにした。
サラリーマンを辞めて、これほど人に責められたことはなかった気がする。
「どうしたのだ、ジン殿?」
騒いだ声を聞きつけて草むしりをしていたセラムがやってくる。
「近所の子供たちに絡まれてるんだ」
「セラムさんだ! こんにちは!」
「おお、メグル殿にコトリ殿、それにアリス殿ではないか」
セラムが何げない様子でかけた言葉に俺は唖然とした。
「……待てセラム。こいつらの名前を知っているのか?」
バカな。俺は数年間顔を合わせているのに名前を知らないのに、どうして会って間もないセラムが名前を把握してるんだ?
「何を言っているのだジン殿? カイト殿の駄菓子屋で会ったではないか?」
「たった一回。一時間しか一緒にいなかっただろう?」
「一時間も一緒にいたではないか。時間云々は置いておいて、初めて会った人の名前を覚えるのは当然ではないか?」
「ほーら! やっぱりジンがおかしいんだ!」
小首を傾げながらのセラムの言葉を聞いて、子供たちが勢いを増して騒ぎ立てた。
やんややんやと高い声で言ってくるものだからうるさくてしょうがない。
「……さすがにそれはジン殿が悪いと思う」
子供たちから改めて事情を聞いたセラムが、呆れた眼差しを向けてくる。
「だよねー! セラムさんはわかってる! ジンって昔からこうなんだよね!」
「……私たちに興味がないの?」
尋ねている意味はわかるが、ひと際小さな子供に言われると誤解をされるような気がする。
小学生や中学生に興味を示す大人という構図は完全にアウトだろう。
「そういうわけじゃない。ただ名前を知る機会がなかっただけだ」
「じゃあ、今からちゃんと自己紹介するから覚えてよね! まずはあたしから! 一ノ瀬めぐる、十三歳の中学二年! 好きなものはいくらと焼き肉とーー」
「長い。次」
健康的に焼けた肌をしたボーイッシュ少女が一ノ瀬だということは覚えた。
それ以上の余計な情報は不必要だ。
長くなりそうなのでぶった切って、次の自己紹介を促す。
一ノ瀬から抗議の声が上がるが無視だ。
「え、えっと、小岩井ことりです。年は十二歳で中学一年です」
身長が高く大人びた言葉遣いをしている黒髪の少女は小岩井ことりというらしい。
てっきり高校生くらいだと思っていたが、本当に一ノ瀬よりも年下だったようだ。
「……私は北条アリス。十歳で小学五年生」
ひと際小さい銀髪の少女は、見た目や名前からしてハーフのようだ。
幼い顔立ちや五年生にしては小さいので、実際はもっと幼く見えるな。
「一ノ瀬に小岩井に北条だな。とりあえず、名前は覚えた。……多分」
「上の名前じゃなくて下の名前がいいんだけど?」
「できれば、私もその方が嬉しいといいますか……」
「……アリスって呼んでほしい」
「わかったわかった。めぐるにことりにアリスな」
三人ともがケチをつけてくるものだから、とりあえず名前で呼んでやると満足したように笑った。
久しぶりに子供と話すが、やっぱり疲れるな。
毎日、こんな奴らの相手をしている海斗を心の底から尊敬する。
「ねえ、セラムさん。あたしたちと遊ぼうよ!」
「誘ってくれるのは有難いが、私にはまだ仕事があるんだ。すまない」
めぐるに誘われるが申し訳なさそうに断るセラム。
人がいいので流されると思ったが、きちんと仕事に対する責任感はあるようだ。
「えー、ジン。なんとかならないの?」
感心していると、めぐるが俺の袖を引っ張りながら言う。
ここのところ仕事ばかりだったし、この世界で親しい人間が増えることは、セラムにとっていいことだろうからな。
できる限り応援してやりたい。
「そうだな。雑草抜きの仕事が終わったら遊んでもいいぞ」
「いいのか? 昼も仕事があるのでは?」
「別に急ぐほどのものじゃないしな。セラムが手伝ってくれているお陰で雑草の処理も早く終わってるし、半日遊ぶくらいの余裕はある」
実際に収穫作業、芝刈り、雑草抜きとセラムは大活躍してくれている。
バタバタとしているように見えて、例年よりも作業は進んでいるのだ。
その分の作業を前倒しでしているだけで、実際には余裕があったりする。
「そ、そうか! ならば、できるだけ早く終わらせるので待っていてくれると助かる!」
そのことの述べると、セラムは嬉しそうに笑いながら作業に戻った。
やっぱり、子供たちと一緒に遊びたかったのだろう。
先ほど以上のスピードで畑にある雑草を抜いている。
「なら、私もお手伝いします! そうすれば、早く一緒にセラムさんと遊べますから!」
「……ことりん、それはいいアイディア」
「面倒くさいけど、早く遊びたいから手伝ってやるかー」
ことりがそう言って手伝い始めると、アリス、めぐるも雑草抜きを手伝ってくれる。
騒がしくなったが人手が増えて作業が捗るのは大歓迎だ。
俺も別の畑に向かうと、腰を下ろして作業を再開した。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




