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草刈り機


 やや薄暗く太陽が十分に昇り切っていない朝。


 朝食を食べ終わった俺とセラムは外に出た。


「今日は草刈りをするぞ」


「いつもみたいに畑の雑草を抜けばいいのか?」


「いや、もっと大掛かりにだ。具体的には家の周りや畑の周りにある雑草をすべて刈る」


 そう俺の家や畑の周りでは雑草が生い茂っていた。それはもうボーボーに。


 夏を迎えて雑草はさらに勢力を増しており、家や畑に寝食しようとする勢いだ。


 それを根絶やしにしなければならない。


「そ、それは中々に重労働だな」


 草刈りをする範囲を説明すると、セラムが顔をひきつらせた。


「安心しろ。手作業じゃない。草刈りを楽にできる機械を持っている」


 セラムが好機の視線を向けてくる中、俺はこの日のために用意していた草刈り機を倉庫から引っ張り出す。


「草刈り機だ」


「お、おお? 先端に丸い刃がついているが、これでどうやって草を刈るのだ?」


「ちょっと軽く見せるから見てろ」


 セラムに離れるように言ってから、運転スイッチをオン。


 ヒモを引いて暖気の位置に持っていき、運転の位置に一連の流れに持っていく。


 すると、芝刈り機のエンジンが始動。


「うわわわわっ!」


 腹の底に響くような音が鳴ると同時に、セラムが声を上げて後退した。


 どうやらかなり驚いたらしい。


 クラッチを握り、ハンドルにあるアクセルボタンを押すと、先端についている金属刃が甲高い音を立てて高速回転。


 すると、物陰に隠れながらこちらを窺っていたセラムがビクリと身体を震わせる。


 芝刈り機の運用法を軽く見せると、停止ボタンを教えて刃の回転を止めた。


「こうやって高速回転させた刃で雑草を刈り取るんだ」


「そ、それは本当に草を刈るための機械なのか?」


 セラムがおそるおそるといった風に尋ねてくる。


「ちゃんとした草刈り機だ」


「あまりに危険ではないか? 人に向けて使ったりでもしたら……」


 すさまじいエンジン音に甲高い音を立てて高速回転する刃のせいで、草刈り機が非常に恐ろしいものに思えてしまったようだ。


 とはいえ、その認識は間違っていない。とても便利な機械ではあるが、それだけ危険はものでもある。


「そんなことは絶対にしちゃいけないことだし、自分が怪我をしないように細心の注意を払わないといけない」


「そ、そうだな。便利なものも使い方次第だな」


 俺の言いたいことを何となく理解してくれたようだ。


 セラムが納得したように頷きながら物陰から出てきた。


「まずは服装だな。刈った草の破片が飛んでくると危険だ。できるだけ露出の少ない服装で、靴も長靴のような丈夫なものがいい」


「なるほど。ジン殿、私に考えがある。少し待っていてくれ」


「お、おお? そうか?」


 セラムはそのように言うと、てくてくと家に戻っていった。


 彼女の持っている服の中で、作業着に匹敵するような便利な服があっただろうか?


 訝しみながら待っていると、程なくして玄関の扉が開いた。


 そこから出てきたのは全身に西洋の甲冑をまとったセラムだった。


 セラムは丁寧に扉を閉めると、ガッチャガッチャと音を鳴らして目の前で止まった。


「……確かにそれなら安全だな」


「だろう?」


 まさか草刈り機をするのに甲冑を装着してくるとは思わなかったな。


 素肌も守れているし、目だってヘルムで守れている。刈った時に飛来する草の破片は問題ないことはもちろん、刃が足に当たるような悲劇が起きても安全だろうな。


 むしろ、セラムの防御力が高く、刃の方が折れてしまう可能性が高いだろう。


「一応、セラムの作業着と長靴を用意していたんだが、不要だったみたいだな」


「ええっ! 作業着というのはジン殿の着ているような服のようなものか?」


「ああ、色は違うが見た目は一緒だ」


「ほしい!」


「でも、鎧があるだろ?」


「それはそうだが普段仕事をする時に着たいのだ! ジャージもいいのだが、なんだか農業をするにはそっちの方が相応しい気がする!」


 鎧姿のままこちらに寄ってくるセラム。


 フル装備の騎士に詰め寄られると妙な迫力があって怖いな。


 まあ、田舎といえど、ジャージで農作業をしている者はあまりいない。


 大体の人は空調服や作業着のようなものを着て作業している。


 他の農家の姿を見ることによって、仕事着のようなものが欲しくなったようだ。


「わかったわかった。今度渡してやるよ」


「おお! 感謝する!」


 とりあえず、きちんと渡すことを伝えると、セラムは落ち着いてくれた。


「服装は問題ないから、後は機械の操作だな」


「ああ、私にそれを操作できるだろうか」


「安心しろ。セラムに使ってもらうのは、俺とは違うタイプで起動するのはとても簡単だ。ここにあるスイッチを押せば起動する」


 丁寧にレクチャーすると、セラムはボタンを押して起動させた。


「お、おお? ジン殿のものよりも音が静かだぞ?」


「こっちはガソリンで動いている旧式で、そっちのは電気式の最新版だからな」


 芝刈り機が唸りを上げるが、その音は俺のものに比べてかなり静かだ。


 現に距離が離れていてもしっかりと会話ができる。俺のガソリン式は音がうるさすぎて、エンジンを止めないと近くで会話するのも覚束ないくらいだからな。


「電気式の最新版?」


「とにかく、音が小さい上に軽くて扱いやすいってわけだ」


「なるほど! それは助かる! これなら怖がらずに操作することができそうだ!」


 わかりやすく纏めると、セラムは納得したように頷いた。


 まあ、その分出費はかなり痛かったが、この古いガソリン式もあと何年使い続けられるかわからない。そろそろ買い替える時期だったので、決して悪い買い物ではないだろう。


 セラムもおり、芝刈り機が二台なので今年の夏は、生い茂る雑草に悩まされることはないだろう。


 自分にそう言い聞かせながら、芝刈り機を手にして外に出る。


 まずは家の前にある雑草だ。ボーボーと生い茂っており、コンクリートの道まで浸食している。このまま放置していると、ますます浸食してくるので早急な対応が必要だ。


「機械の使い方だが、腰を使って草刈り機を回していく」


 腕を使って動かすのではなく、腰を回して草刈り機を動かすようなイメージだ。


 俺の動作を見て、セラムが真似をするように腰を回す。


「この時に意識するのは葉の回転方向だ。右から左に刃を当てる。回転方向とは逆の左から右に刃を当てると、草が絡まってきてまとまらないからな」


「なるほど」


「大きな注意点はこんな感じだ。実際のこの一列だけやってみるな」


 セラムに離れてもらうと、俺は芝刈り機のエンジンを起動させて刃を回転させる。


 腰を回し右から左へと動かす、甲高い音を立てて雑草が切断されていく。


 右から左へと回し雑草を切断すると、元の位置に戻して前に進み、また右から左へと流していく。その単純操作をひたすらに繰り返すだけだ。


 やがて五メートルほどの雑草を刈ると、俺は芝刈り機のエンジンを止めた。


「こんな感じだ。できそうか?」


「問題ない!」


 セラムは実にいい返事をすると、隣側にある雑草地帯に足を踏み入れた。


 アクセルボタンを押し込むと、先端の樹脂刃が回転。


 先ほど俺が教えた通りに、腰を動かして右から左へと刃を当てて雑草を切断していく。


 さすが運動神経が良いだけあって、しっかりとした動きだ。


 大きな音と高速で回転する刃にビビっていたようだが、鎧を纏い、静かな電気式のものを使うことでヘッチャラになったようだ。


 にしても、西洋甲冑を纏った騎士が芝刈り機を操作する光景は異様だな。


「これでいいか?」


 十メートルほどの範囲の雑草を刈ると、セラムは振り返って尋ねてくる。


「問題ない。そのまま周囲の雑草をひたすらに刈りまくってくれ」


「わかった!」


「大きな石とかに落ちているゴミなんかには気をつけろよ」


「ああ!」


 平坦な家の周りの雑草をセラムに任せて、俺は畑の近くにある傾斜地帯、いわゆる法面という場所の雑草を刈ることにする。


 このような傾斜や足場の悪いところでの作業は難しいからな。こういったところは俺が担当しよう。


 アクセルボタンを押すと、刃が回転して次々と雑草をなぎ倒す。


「にしても、夏の繁殖力は凄まじいな」


 草刈りをしたのは一か月前ほどなのだが、もうこれだけ丈が伸びている。


 本来ならばもうちょっと早めに取り掛かるべきなのだが、田んぼでセラムを拾ったりと忙しかったせいで疎かになってしまった。


 とはいえ、それは理由にならない。除草作業はちゃんとしておかないと虫を呼び寄せ、虫害が病気の原因にもなる。


 美味しい野菜を育てるためにも邪魔な草は根絶やしにしなければならないのだ。


 そうやって二十分ほど黙々と刈り進めていると、八十メートルくらいの範囲を刈ることができた。


 作業自体はそこまで苦ではないが、長時間芝刈り機を持っているとそれなりに疲れてくるものだ。


 刃を止めて、少し立ち止まるとセラムがこちらにやってきた。


 どうやら家の周りの雑草はあらかた刈り終わったらしい。


「ジン殿、その辺りはミノリ殿とシゲル殿の畑なのでは?」


 セラムの指摘はその通りだ。


 今刈っている範囲は俺の土地ではなく、関谷夫妻の管理する土地だった。


 単純に行き過ぎて気づかなかったとはそんなわけではない。


「そうなんだが、こういうのは時間のある奴がついでにやってやるもんなんだ。俺も前々回は忙しくて茂さんに雑草を刈ってもらったからな」


「なるほど! ご近所同士の助け合いだな! 日頃、世話になっているし二人の家の周りの雑草を刈ってきてもいいだろうか?」


「ああ、いいぞ。ちゃんと刈る時は声をかけてからな」


「わかった! では、行ってくる!」


 芝刈り機を持ってガッチャガッチャと駆け出していくセラムの後ろ姿を見て、俺は今さらながら変な噂が立てられないかと心配になるのだった。








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