スーパーで買い物
「せっかくだし、スーパーで夕飯の買い物をするか」
農業組合でトマトを出荷した帰り道。地元にあるスーパーを目にした俺はハンドルを切った。
「スーパーとは市場のことだな?」
「言っておくが、この間みたいに大きな場所じゃないからな?」
「うむ。わかっている」
ショッピングモールの食品売り場のような場所を期待されると困るのだが、さすがに建物の大きさから理解できているようだ。
駐車場で軽トラを停め、スーパーの中に入ると冷気が俺たちを迎えた。
「前も思ったが、スーパーという場所は涼しいな」
「食材を扱う場所だからな」
車内でも冷房を稼働させていたとはいえ、スーパーの冷房と比べると出力は大違いだ。
この季節はスーパーの店内が天国と化すのは毎年のことだな。
店内に入るなり、セラムがカゴを手にしてカートに載せてくれる。
随分とカートを押すのを気に入ったらしい。そんなセラムの行動に和みながら左側にある野菜売り場からめぐっていく。
「今日は何を買うのだ?」
「夕食の献立次第だな。一応、トマトを使った料理にしようと思っている」
休憩中に食べたもの以外に赤くなってしまったトマトは残っているからな。
そのまま食べるのもいいのだが、せっかくなので調理して味わいたい。
「おお、トマト料理か! いいな!」
「トマトを使った料理でセラムは食べたいものとかあるか?」
「私はなんでもいいぞーーって、ジン殿!? どうしてそんなげんなりとした顔になる!?」
「……そのなんでもいいって言うのが一番困る」
自分一人だったら適当な料理でもいいのかもしれないが、今はセラムもいる。
こちらにやってきたばかりの彼女のために、できれば色々なものを食べさせてあげたい。しかし、色々と選択肢があるが故に、一人で考えると沼にハマるような感覚になるのだ。
だから、こういう時は何でもいいから希望を言ってほしい。
まあ、それを絶対に作るかどうかは別問題だが。
「なんだかそのセリフは、使用人や母上にも言われたような気がする。えーっと、トマト料理だな……」
献立に困っていることを伝えると、セラムが慌てたように考える。
「えっと、トマト煮込みのような料理が食べたい! あと、チーズを載せた焼いたものとか!」
それから程なくして希望を述べてくれた。思っていたよりも具体的な回答だった。
故郷で似たような料理を食べていたのかもしれない。
「なるほど。それなら鶏のトマト煮込みとトマトファルシでも作ってみるか……」
幸いにしてそこまで調理が難しいものでもない。
セラムの希望をもとにすると、スルスルと頭の中で献立が沸いてきた。
それに必要なタマネギ、合い挽き肉、チーズ、鶏肉といった必要な食材をカートに入れていく。
「ジン殿! 卵のパックが一人百円だぞ!」
「それは安いな! 二人分入れとけ!」
「わかった!」
にしても、こうやって並んで買い物をしていると本当に夫婦みたいだな。
とはいっても、それは仮初の姿で実際はただ同居している雇い主と従業員にしか過ぎないのだけどな。我ながらバカなことを考えたものだ。
そんなことを思いながら歩いていると、不意にカートを押すセラムが止まった。
その視線はパンコーナーへと固定されていた。
そういえば、セラムの故郷ではパンが主食だったな。やはり、食べなれたものが気になるのだろう。
「夕食の主食はパンにするか」
「いいのか!?」
思わず口にすると、セラムが顔を輝かせて振り返る。
「夕食のラインナップからして主食をパンに据えるのもアリだからな。合いそうなものを選んでいいぞ」
「わかった!」
そう言ってやると、セラムはカートを押すのも忘れてパンコーナーへと寄っていった。
「食パンにするかバターロールにするか、それともバゲットにするか……むむむ、種類が豊富で悩ましい!」
「全部買ったら食べきれないから、うちで出す分は二つまでな」
「では、食パンとバターロールにする!」
などと言うと、セラムは五分ほど悩んだ末に二つのパンをカートに入れた。
「個人的に欲しいものがあったら好きに買ってもいいんだぞ?」
「では、このバゲットとあんぱんを!」
セラムがあまりにも思い悩んでいたのでそう言ってみると、セラムは瞬く間にパンを持ってきた。
さらにパンが増えている。
「セラムのお金だから好きに使ってもいいんだが、ちゃんと食べきれるんだよな?」
「問題ない!」
結構な量になってしまうが、セラムは問題ないとばかりに胸を張った。
彼女が通常よりも食べることは知っているので、食べ残すようなことはないか。
「なら、別にいい。俺は適当に日用品なんかを買ってくるから、他に欲しいものがあったら自分で買ってくれ」
「わかった!」
セラムは新しくカゴを手にすると店内を歩きだした。
さすがに狭いスーパーの中であれば、迷子になることもないだろう。
ちょっとした自由な買い物時間。ちょうど切れかけていたボディソープや入浴剤、スポンジ、台所洗剤などといった日用品を買い足していく。
思い浮かぶ必要なものを買い揃えると、十五分が経過していた。
レジに向かう前にセラムの様子を確認しよう。
そう思って店内を歩くと、真剣な顔でお菓子売り場を物色しているセラムがいた。
一人だけ異様な空気を発しているせいで、周囲にいる幼児たちを警戒させている。
何をやっているんだアイツは……。
「欲しいものは決めたか?」
「ああ! これらを買う!」
大容量チョコをカゴの中に入れたセラムが、誇らしげに言った。
突き出されたカゴの中には、大量のお菓子がパンパンに入っていた。
「お前は子供か……」
いや、今時の子供ならこんなに頭の悪い買い方はしないに違いない。
「なっ! 別にいいではないか! これは私が働いて得た正当な対価なのだろう!?」
「だとしても限度があるだろ。全部食べたら健康にも悪い。減らせ」
「くっ、好きなものを買っていいと言ったのに理不尽ではないか……」
きっぱりと告げると、セラムはいじけながらいくつかのお菓子を棚に戻した。
カゴの中のお菓子が半分になったところで許可を出すと、セラムは一人でレジに向かって精算をした。
自分で働いて稼いだお金とはいえ、さすがにあれは酷い。
無作為に選んでいたせいで高いものも含まれており、おおよその値段は五千円を超えていた。
ただでさえ、身寄りがない状態なのでもう少しお金の使い方には慎重になってもらいたいものだ。
共用での食材の買い物を済ませ、袋詰めすると駐車場に停めてある軽トラへ。
「……ジン殿、スーパーに戻りたいぞ」
「気持ちはわかるが我慢しろ」
長時間太陽の下にいたからか、車内は猛烈な熱気に包まれていた。
冷蔵庫のようにキンキンに冷えたスーパーの中にいたので、なおさら暑さが苦しく感じられる。
扉と窓を全開にして喚起させると、すぐに冷房を起動させた。
そうして車内の温度が落ち着いたところで、俺とセラムは座席に乗り込んだ。
シートベルトを装着すると、車を発進させて駐車場を出た。
しばらく、道を走っていると助手席にいるセラムがガサゴソと袋を漁りだした。
どうやら買ったばかりのお菓子が気になるらしい。
「……ジン殿、少しお菓子を食べてもいいか?」
「食べてもいいがこぼすなよ?」
「感謝する!」
許可を出すと、セラムは大容量チョコを開けた。
直方体のチョコを包んでいるビニールを剥がすと、ぱくりと口にした。
「んん! このチョコとやら、甘みと苦みが絶妙で美味しいな!」
「それはよかったな」
初めて食べるチョコはそりゃ美味いだろうな。
もうちょっと深く共感してやりたかったが、運転している最中なので仕方がない。
「ジン殿も食べてみてくれ」
「いや、運転してるから無理だ」
信号で止まっている状態ならともかく、大通りを走行中の今は危険だ。
「じゃあ、あーんだ」
「あ、あーん?」
きっぱりと突っぱねると、セラムは何を考えたのか口元にチョコを差し出してきた。
そのままにしておくのも邪魔なので困惑しつつも、口を開いて食べさせてもらう。
チョコの甘みと独特な苦みが口の中で広がった。
思っていたよりも身体は疲れていたのか、チョコの甘みが優しく体内に染みこむようだった。
「たまに食べるといいもんだな」
などと感想を漏らしながら視線をやると、そこには顔を真っ赤にしたセラムがいた。
「…………」
「いや、恥ずかしいならやるなよ」
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