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トマトの収穫


 朝食を食べ終わると、俺とセラムはいつも通りに家を出てビニールハウスに向かった。


「ジン殿、今日も長ナスの収穫か?」


「いや、今日はトマトの収穫をする」


 うちのビニールハウスでは長ナスだけでなく、トマトも栽培している。


「そういえば、以前の大市場でトマトも育てていると言っていたな。楽しみだ」


 大市場というのはショッピングモールの食材売り場のことだろう。


 野菜売り場で長ナスが売られているのを見て、他にどんな野菜を育てているか軽く説明したからな。


 ビニールハウスをくぐると、中にはたくさんのトマトの苗が並んでいる。


「長ナスに比べると、背丈は低くて、そこまで葉は生い茂ってないのだな」


「収穫しやすいように邪魔な葉を切っておいたからな」


 邪魔な葉があると、実に栄養がいかなくなってしまうので切っておく必要があるし、収穫するときにも邪魔になるからな。


「ただ単に水をやって育てればいいというわけではないのだな」


「そうだな。それぞれの野菜の特徴に合わせて、効率良く栽培する必要がある。そのために気温を調節したり、場所を移し替えたり、葉っぱや実を落としたり、肥料を追加で与えてやらないといけない」


 そもそもトマトの場合は実が成ったところより下の葉は必要ない。


 株元をスッキリとさせ、風通しをよくしておかないとカビなんかの病気が発生しやすくなるからな。


 かといって意味なく落としすぎれば、十分に光合成ができなくなって実が成るための養分が作れないので見極めが大事だ。


「日頃、私たちが食べているものは、ジン殿のような農家が細かく面倒を見て栽培してくれているのだな。ここにくるまではそんなことはまるで知らなかった」


「農業に興味のない人は、育つまでの工程なんか気にしないからな。まあ、そういった苦労を知った上で食べてもらうと全国の農家も喜ぶだろうよ」


「うむ、だからジン殿にも感謝してるぞ!」


「……そりゃどうも」


 今まで一人で野菜を育てて、納品してくる生活で、実際に消費者からそこまで礼を言われるようなことはなかった。


 だから、こういった言葉を言われた時にどう反応したらいいかわからないのが正直な気持ちだった。一体、どういう反応をするのが正解なのだろうな。


「そんなわけで、早速収穫に入るぞ」


「どうやって収穫すればいいのだ?」


「特に難しくはない。手でもぎ取って、ハサミで無駄なヘタ部分を落としてくれればいい」


「わっ!」


 長ナスの時と同じように台車に載せたコンテナを押し、実際に収穫して手本を見せる。


 すると、なぜかセラムが驚いたような声を上げた。


「どうした?」


「そのトマトはまだ青いが収穫してしまっていいのか!?」


 何を驚いているのかと思ったが、どうやらまだ青いトマトを収穫することに驚いていたようだ。


 収穫したトマトは少し赤みがかかっているだけど、まだまだ青いと言える。


「ああ、これはこれでいいんだ。農協に出して、箱詰めしたりしている間に日数が経過し、追熟されて赤くなるからな」


「ついじゅくというのは……?」


「野菜や果物の中には収穫後一定期間置くことで、甘さが増したり柔らかさが増すものがあるんだ。そういったものにはこういった下処理をするんだ」


「そのような手法があるのだな」


「今の暖かい季節だとあっという間に追熟されるからな。赤くなって収穫し、出荷していたらお客の手元に届くころには傷んでしまう」


「なるほど。では、そこにある既に赤いものはどうするのだ?」


 セラムが指さした先には真っ赤に実ったトマトがあった。


 偉そうに語った矢先に、典型的なミスが発覚して恥ずかしい限りだ。


 一番下の段に成るトマトなんかは他の葉っぱに隠れがちでよく見落としてしまう。


 俺だって人間だ。こういったちょっとした見落としやミスくらいある。


「…………ああいうのは無人販売所に置くか、適当に俺たちで食べるしかない」


 今から出荷しても美味しさのピークを過ぎてしまう。そんな商品は売り物にならない。


「つまり、食べてもいいのだな?」


「収穫して落ち着いてからな」


「そうか……」


 今すぐに食べたそうにしているセラムを落ち着かせ、先に作業をしてもらうことに。


 ちょっとした他の注意点を教えると、セラムは台車を転がしてトマトを収穫していく。


 うん、トマトの収穫も問題なさそうだな。


 今の畝をセラムに任せて、俺は別の畝のトマトを収穫することにする。


 台車を押しながら青々とした大きなトマトを見つける。


 手で直接摘み取ると、邪魔なヘタを落とす。


 ヘタを残しておくと輸送中にヘタと実が擦れて傷がついてしまうからな。


 きちんとヘタは落とすとコンテナに入れた。


 他に育っているものがあれば同じように収穫してはコンテナに入れる。


 ひたすらにそれを繰り返す作業だ。


「うう、これは中々に腰にきそうだ」


 収穫していると、セラムの姿は見えないがそんな呻き声が聞こえた。


「一段目のものをチェックするのは大変だからな」


 一段目のものを確認するには、大きく腰を落とさなければいけない。


 何度も屈んでは立ち上がってを繰り返すトマトの収穫作業は中々に重労働だ。


 上段の収穫であれば、ほとんど屈む必要がないので楽なんだけどな。


「赤くなった実だ! これも取っていいか?」


「ああ、取ってくれ」


「おっ! また赤いものがあったぞ!」


 セラムに悪気はないのはわかっているが、あってはいけないものを喜んで見つけられると複雑な気持ちだ。


 くそ、次の収穫は絶対に見つけられないように育ててやる。


 ガラガラと台車を押してトマトの収穫をしながら、そんな決意を固める俺だった。




 ●




 トマトの入ったコンテナを軽トラックの荷台に乗せた。


「ふう、こんなものか……」


「今日の収穫作業は終わりか?」


「そうだな」


「では、このトマトを食べていいか?」


 セラムがジャージのポケットからいくつかの赤いトマトを取り出して言う。


「きちんと水で洗って食べろよ」


「わかった!」


 そのように言うと、セラムはトマトを持って洗い場へと移動。


 蛇口を捻ってトマトを水で洗いだす。


 早朝から収穫作業を続けているが、時刻は既に昼前だ。


 これからすぐに出荷するため昼飯を食べる時間がないので、休憩がてらトマトでも食べておこう。


 俺も収穫中に見つけた赤いトマト二つを水で洗うことにした。


 真っ赤な実に透明な水滴がついた姿が美しい。


 日の光にかざすと、トマト自体が輝いているように見える。


 ヘタ、色、艶、硬さ……完璧だな。ここにあってはいけない状態なのだが、こういうのを食べられるのも生産者の特権だ。気持ちを切り替えていただくことにしよう。


 先に洗い終えたセラムが、簡易椅子に座ってトマトを食べた。


「甘い! それに思っていたよりも果肉がしっかりしているのだな!」


「うちのトマトは身がしまっているのが特徴でな。甘みと酸味のバランスがいいんだ」


 一般的なトマトは果肉が柔らかく、まる齧りをすると果肉が弾けてしまうがうちの品種ならその心配もない。思う存分にかぶりつける。


 セラムが美味しそうに食べるのを横目に、俺も椅子に腰をおろしてかぶりついた。


 強い甘みと程よい酸味が口の中で弾けた。皮も果肉もしっかりしている。


 柔らかいトマトも悪くはないが、俺はこれくらいしっかりしている方が好きだな。


 ……輸送中に傷つくことも少ないし。


 そんな現実的な農家の悩みは放っておいて、トマトを食べ続ける。


 喉が渇いていたので瑞々しい果肉が実にいい潤いだ。


 ほのかな酸味が労働をした後の身体に心地よく染みるようだな。


 お腹が空いていたこともあり、あっという間に二個とも食べ終えてしまった。


 セラムは四個目のトマトを食べ始めている。


「……あんまり食べるとお腹を壊すぞ」


「食べすぎるとよくないのか?」


「トマトの皮は消化吸収されない食物繊維で構成されている上に、水分が多いからな。あんまり食べすぎると、お腹が緩くなる可能性があるんだ」


「昔からお腹は強い方だが、ジン殿の忠告に従ってこの辺りにしておこう」


 異世界人であるセラムにも適応されるかはわからないが、何事も程々が一番だ。


 どんなにいいものでも食べ過ぎれば毒となる。野菜や果物であろうとそれに変わりはない。


「さて、そろそろ休憩は終わりだ。俺は収穫したトマトを出荷してくる」


「ジン殿、私も行っていいだろうか?」


 椅子から立ち上がると、セラムも同様に立ち上がって言ってきた。


「別に面白いものなんてないぞ?」


「それでもいい。私たちが収穫したものが、どのように運ばれるか見ておきたいのだ」


 まあ、自分で収穫したものがどんな風に運ばれるか気になる気持ちもわからなくもない。


 そこまで面白い光景があるかはわからないが、本人が望むのであればいいだろう。


「わかった。なら、付いてきてもいいぞ」


「ジン殿、感謝する!」


 セラムは留守番させるつもりだったが予定を変更して、出荷に連れていくことにした。


 運転席に乗り込むと、セラムが助手席に座る。


「おお、ここは眺めがいいのだな」


 ショッピングモールに車で行った時は、セラムと夏帆は後ろの座席だったからな。


 セラムが前の席に座るのはこれが初めてになるのだろう。


「ちゃんとシートベルトは締めろよ」


「わかっている。ちゃんとカホ殿に教えてもらったからな」


 セラムはスルスルとシートベルトを引っ張ると、しっかりと身体を固定させた。


 ……胸があるせいかシートベルトが胸に食い込んでラインがくっきりと出てしまっているな。


「……ジン殿、私はシートベルトの付け方を間違っているだろうか?」


 当の本人はまったく気づいていないようだ。無防備なところが少し心配になるな。


「いや、問題ない。じゃあ、出発するからな」


 男にとっては目に悪い光景だ。俺はすぐに視線をそらし、邪念を払うかのように軽トラを発進させた。


 下着を買った状態でこれなので、買っていなければもっとすごいことになっただろう。


 買い物に付き合ってくれた夏帆には感謝だな。






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