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流し素麺


 竹を持って帰った俺たちは、早速流し素麺をするために加工することにした。


「まずは竹を半分にするか」


 庭に竹を下すと、鉈とハンマーを使って半分にする。


 とはいっても全部切る必要はなく、三分の一ほど切れ込みを入れると持ち上げるだけで綺麗に割ることができる。


 竹を半分に割ったら、美しい木目色が露わになった。が、ところどころに節があって邪魔なのでハンマーで潰す。それからノミでフラットにする。


 この作業をさぼると、素麺が引っかかってしまって面倒なことになるからな。


 節を潰し終わると、庭にあるホースを引っ張ってきて水が流れるか試す。


 蛇口を捻ると、ホースから水が出て竹の上を綺麗に流れてくれた。


「よし、後は組み立てるだけだな。俺は素麺を茹でてくるから組み立ては任せるぞ」


「オッケー」


 ここまでくれば、三人も必要ないだろう。


 組み立て作業は海斗とセラムに任せ、俺は家に戻って素麺の用意をすることに。


 鍋に多めに水を入れると、そのままコンロで火にかける。


 お湯ができるまでの間に、ネギ、しょうが、ミョウガなどを刻み、ゴマを用意する。


 定番の薬味メニューだけでは飽きてしまう可能性もあるので、キュウリや炒り玉子、シーチキン、キムチなんかも用意する。


 味変食材を用意している間に鍋のお湯が沸いたので、そこにお中元でもらった素麺を入れていく。菜箸で麺を広げると、再度沸騰したら鍋に蓋をして火を止める。


 素麺を茹でるのは、これだけで十分だ。


 元々かなり麺が細いので強火で湯がいてしまうと粘りが出て、美味しさが損なわれてしまうのだ。だから、これで十分だ。


 五分ほど経過して、鍋の中にある素麺を確認してみるときちんと茹で上がっていた。


 素麺のぬめりを取るように冷水で洗ってやると、氷水で締める。


 これで時間が経っても粘ついてしまうことのない素麺の完成だ。


 素麺セットが完成したので、トレーに載せて縁側に持っていくと、ちょうどセラムの声が聞こえた。


 視線をやると、長い竹が三脚によって支えられていた。見事な長さの流し素麺である。


「セラム、茂さんと実里さんに声をかけてくれないか?」


 茂さんには竹を譲ってもらったからな。多めに竹を取ってきたとはいえ、せっかくだから招待するべきだろう。その方が素麺の減りも早いだろうし。


「わかった! 行ってくる!」


 セラムはすぐに庭を飛び出して関谷夫妻のところに行った。なんだか犬みたいだ。


「おっ、薬味だけじゃなくおかずまであるじゃん!」


「定番の薬味だけじゃ飽きるからな」


「ちなみにつゆは出汁から取ったやつ?」


「市販のやつだよ」


「だよなー」


 さすがに出汁からつゆを作るような体力はないのでご容赦願おう。


 というか、用意してもらっている分際で海斗にケチをつける資格はない。


「ジン殿、二人を呼んできたぞー!」


 アウトドア用のハイチェアーなんかを用意していると、セラムが戻ってきた。


 後ろには茂さんと実里さんがいる。


「茂さんのお陰でいい竹が手に入りました。ありがとうございます」


「おお、ちゃんといい竹が取れたようで良かったよ。まだ昼食を食べてなかったからお邪魔させてもらうね」


「どうぞどうぞ」


 よしよし、これで戦力が大幅にアップだ。


 今年は素麺を早く消費できそうだ。


「ご馳走になりっぱなしというのもアレだから、手土産を持ってきたわ」


 お? もしかして、素麺に合うおかずとかだろうか? 実里さんの料理はなんでも美味しいのでありがたい。


 などと期待していたが、手渡されたのは素麺だった。しかも、三十六束入り。


「また素麺……」


「ごめんねえ。うちにも大量に届いちゃって困っていたところなの。年を取ると、食欲が落ちるから、元気なジン君とセラムちゃんで食べちゃって」


「は、はい。心遣いありがとうございます」


 日頃お世話になっているし、お年を召した二人の言葉を聞いては突き返すこともできない。


 素麺の消費を早く図るつもりが、むしろ増える結果となってしまった。


「ハハハ、今年のお裾分け戦争はジンがボロ負けだな」


 項垂れる俺を見て、海斗が愉快そうに笑った。


「うるさい。わざわざここまで用意してやったんだ。お前もそれなりに貢献はしろよ」


「わかってるわかってる。流し素麺になるとテンション上がってよく食うから!」


 恨めしげな視線を送ると、海斗は呑気に笑いながらサムズアップした。


 人数分の食器やつゆを用意すると、いよいよ流し素麺の開始だ。


 客人たちに流し役をやらせるわけにはいかないので、俺が素麺の流し役をすることにした。


 流し台の先にはセラム、茂さん、実里さん、海斗といった順番で並んでいる。


 それぞれがつゆの入った茶碗と箸を手にしており準備万端のようだ。


「セラムちゃん、頑張って麺をすくうのよ」


「わかった! ミノリ殿!」


 実里さんに声をかけられ、セラムが箸を握って流れる素麺に備える。


 どうやらセラムが流し素麺を初めてだと知って、応援してくれているようだ。


 セラムはまだ箸の扱いが不慣れなので、きっちりと掴めるか不安だが、それも醍醐味ということで頑張ってもらおう。


「んじゃ、流すぞー」


 声をかけると、俺はざるから麺を持ち上げて投下。


 着水させた瞬間、素麺が水流に乗ってスーッと流れていく。


 それは先頭で待ち構えていたセラムの元に瞬く間に届いた。


「今だ!」


 セラムはカッと目を見開くと、素早く箸で麺をすくい上げた。


 しかし、その箸に絡まった麺はたったの数本だった。


「おや?」


「ゲットー!」


 残った素麺は茂さんと海斗が半分ずつすくい上げることになった。


「美味い!」


「うん、この季節は冷たいものが特に美味しいね」


 ズズズと気持ちのいい音を立てて、海斗と茂さんが舌鼓を打った。


「うう、私の素麺が……」


「大丈夫よ。セラムちゃん、素麺はまだまだたくさんあるから」


「そうだな。頑張る!」


 シュンとしていたセラムだが、実里さんに励まされて持ち直した。


 ついでに箸の持ち方も教えられている。不器用ながらも形にはなっているので次は掴めるかもしれないな。


 そんな様子を見ながら俺は続けて第二陣を投下。


 セラムがつかみやすいように気持ち多めに麺を流してやる。


「取れた! 取れたぞ、ミノリ殿!」


 すると、今度は無事にすくえたようでセラムの箸には素麺の束が絡んでいた。


 すくえたことを誇るセラムを見て、皆が拍手をした。


「よくできたわ。早速、つゆにつけて食べてみて」


「うむ!」


 実里さんに促されて、セラムがすくった素麺をつゆに浸して食べた。


「ッ! 素麺というのは冷たくて美味しいな! うどんよりも麺が細いからか、のど越しがとてもいい!」


 素麺を食べて感激したような顔を浮かべるセラム。


 うどんを気に入っていたみたいなので問題ないと思っていたが、素麺も問題なく味わえているようだ。


 セラムが感激している間に、俺は三陣、四陣、五陣と連続で麺を投下する。


 実里さん、茂さん、海斗はセラムのような危なげはなく、サラッとすくって食べてくれた。


 いいぞ。いいぞ。たくさん食べて素麺の消費に貢献するのだ。


「ドンドン流すからなー」


 皆の食べるペースを確認しながら、俺は次々と素麺を流していく。


 流し役は退屈のように思えるかもしれないが、意外と麺を水に流す作業は楽しいので苦にならないな。


 最初はすくい損ねることが多かったセラムだが、徐々にコツを掴んできたのかすくい損ねることが減った。


「セラムちゃん、すくうのが上手になったわね」


「ミノリ殿の指導のお陰だ。私がいる限り、後ろに麺は通さない!」


「いや、適度に通してくれないと俺が食えないんだけど……」


 セラムが上達してしまった半面、最後尾に位置する海斗の取れる量が減っているようだ。


 そんなやり取りも流し素麺の醍醐味といえるだろう。


 悲しそうにする海斗を見て、実里さんと茂さんが笑った。


「ジン殿、私が変わろう」


 楽しげな光景を見ながら素麺を流していると、セラムがこちらにやってきた。


「お前は初めてなんだし、楽しんでいればいいさ。変な気は遣わなくていいぞ」


「いや、その気持ちもあるのだが、単純に私も麺を流してみたいのだ」


 どうやら気遣い半分、好奇心半分だったようだ。


 本人が進んでやりたいというのであれば、やらせてもいいだろう。


「……そうか。なら、やってくれ」


「うむ!」


 俺はセラムと交代し、麺と菜箸を預けた。


「僕たちはお腹が膨れてきたからジン君と、海斗君が前に行くといいよ」


「ありがとうございます」


 二人は程々にお腹が満たされたみたいなので、俺と海斗が前で陣取ることになる。


「では、いくぞー!」


 上段に陣取っているセラムが声をかけ、ざるからすくった麺を流してくる。


 しかし、その麺の量が明らかに多かった。最初は勢いよく流れていた麺だが、真ん中辺りで止まってしまう。


「おお? 麺が止まってしまったぞ?」


「流す麺の量が多すぎだ」


「なるほど!」


 セラムは納得したように頷くと、止まってしまった麺の塊に菜箸を突っ込んだ。


 すると、ほぐされた麺がはらりと解けて流れてくる。


「ジン! これはかなりすくわないと下に流れるぞ!」


「めいっぱい掴め!」


 ほぐされたとはいえ、流れてくる麺の量が減るわけではない。


 海斗と俺は可能な限りで麺をすくった。


 すると、なんとか無事にすくえたようで麺が下に流れることはなかった。


 代わりに茶碗には一口とは言えない量の素麺が入っているが……。


 それでも素麺であることに変わりはない。


 つゆにヒタヒタになって麺をすする。


「うん、美味いな」


 細い麺ながらもしっかりとしたコシがあり、小麦や塩の風味がしっかりと感じられた。


 なによりのど越しがよく、冷たいつゆに浸けて食べると最高だった。


「これを食べると夏って感じがするよな」


「確かに」


 毎年、お中元の素麺で苦しめられている身としては、これを食べることで夏がきたかという感じがするな。


「次、いくぞー」


「程々の量で頼むぞ」


 食べ終わると、セラムがまた次の麺を流してくれる。


 今度は一口サイズで食べられる量で、途中で詰まるようなこともない。


 海斗と俺が普通にすくい上げて食べる。


 うん、やっぱり流し素麺といえば、一口サイズの量をドンドンと食べていくものだろう。


 さっきのような大容量はなんか違う。


 つゆと絡んだ麺がちゅるりと喉の奥へ過ぎていく。


 ミョウガ、ネギ、ショウガといった薬味も麺にあっており、実に爽やかな味わいをしている。


 暑さや疲労で食欲がなくても冷たい素麺ならば、いくらでも身体に入る思いだ。


「セラムちゃん、次は私が流すわよ」


「ありがとう、ミノリ殿」


 しばらく、食べていると実里さんが流し役を交代してくれる。


「さあ、若者はドンドン食べるんだよ」


 あれ? なんだか皆に食べてもらって麺を消費させるはずが、いつの間にか消費する側になっているような気がする。まあ、細かいことは別にいいか。


 俺たちは流れてくる麺をすくって、たくさん食べた。





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