女騎士(設定)?
女騎士セラムが風呂に入っている間、俺は濡れてしまった服を着替え、クローゼットの前で悩んでいた。
「うーん、何をもっていけばいいんだ?」
三田仁。二十九歳の一人暮らし。家に住んでいるのは俺一人。こちらに住んでからは人付き合いは最低限だったので恋人もいない。
そんなわけで当然家に女性が着るような服があるはずもなく、俺が着るような男ものばかりだ。
仮にもお客人であるセラムに適当な服を着せるわけにもいかない。
新品の服を渡そうにも、セラムの身体は俺よりも少し小さいのでブカブカになってしまうだろう。
一回り小さくて動きやすい服はないものか。
そう思ってクローゼットを焦って出てきたのは赤のジャージだった。小中高一貫となっているこの地域の学校支給のジャージだ。
これといったオシャレなデザインはないが、これなら動きやすいだろうし、セラムの身体にもピッタリだろう。捨てずに残しておいて良かった。
後は適当な半袖シャツやバスタオルなんかを用意して脱衣所に向かう。
「おーい、セラム。着替えやバスタオルはここに――」
「ふう、いいお湯だった」
脱衣所にある洗濯機の上に着替えなんかを置こうとした瞬間、浴場の扉を開けてセラムが出てきた。
「「…………」」
セラムと俺の視線が交錯し、時が止まる。
磁器のような白くキメ細やかな肌を露出し、形のいい豊かな胸や、丸みを帯びたお尻などの大事なところまで視界に入ってしまった。
「きゃああああーっ!」
セラムは顔を真っ赤にして叫ぶと浴場へと戻ってしまった。
「すまん! 着替えとバスタオルを持ってきただけで覗こうとしたわけじゃないんだ!」
とりあえず、謝りながらも釈明を述べる。
浴場内からの返答はないが、代わりにスーハーと深呼吸をする音が響いていた。
「す、すまない。取り乱してしまった。もう大丈夫だ。あなたに悪意がないことはわかった。このことはお互い水に流すとしよう」
若干声が震え気味だったが、深呼吸をすることによって色々な感情を沈めてくれたらしい。
「そう言ってもらえると助かる。着替えはここに置いておくから、着替え終わったらリビングに来てくれ」
「わかった」
着替えを洗濯機の上にポンと置くと、俺はすぐに脱衣所を後にしてリビングに引っ込んだ。
「す、すまない。待たせた」
しばらくすると、着替えを終えたらしいセラムがリビングにやってきた。
一瞬、先ほどの裸体が俺の脳裏をよぎったが、本人が水に流そうと言ってくれたので思い出すのはよろしくない。
とはいえ、本人も完全に水に流すことは難しいのか気まずそうな顔をしていた。
全身泥まみれだったセラムだが、お風呂に入ることによってすっかりと綺麗になっていた。
金色の髪はサラリとしており絹糸のよう。オシャレ感のまったくない赤ジャージでも抜群のプロポーションを誇る彼女が着ると、オシャレに見えるから不思議だ。
おっと、見惚れている場合じゃない。
「服のサイズは問題ないか?」
「ああ、この服の生地はとても肌触りがいいのだな。肌がこすれて痛くなるようなこともなく実に快適だ」
「そうか。それは良かった」
思っていた感想と違ったものが返ってきたが、特に不満はないらしい。
見たところサイズもピッタリみたいで安心した。
ただ胸の辺りに微かな突起のようなものが見える気がする。
もしかして、下着をつけていないのか? 着替えを持っていないので当然そちらも無いとは思うが、こちらばかりはどうしようもない。
「疲れているなら布団を用意するが先に寝てしまうか? それとも何か食べるか?」
下着に関しては気にしないことにして尋ねる。
セラムが口を開こうとするが、それよりも早くに「ぐうう」とお腹が返事した。
「わかった。先に食事だな」
「……そうして貰えると助かる」
空腹の音が恥ずかしかったのか、セラムは顔を真っ赤にしながら返事した。
朝食べた味噌汁の残りを温め直し、冷蔵庫に冷やしておいた夏野菜の揚げびたしを取り出す。
手早く卵を割ってボウルの中でとくと、フライパンに流し込んでいく。
「何か手伝えることはあるだろうか?」
すると、ジッと座っていたセラムがソワソワとした様子で言う。
「客人なんだから座って待っていてくれ」
「わかった」
気持ちは嬉しいが特に難しい料理を作っているわけでもないしな。
二人分の玉子焼きができ上がると、炊飯器からご飯をよそい、小皿に漬物を盛り付けたら完成だ。トレーに載せてリビングのテーブルに持っていく。
「こ、こんなに豪勢な食事を頂いてもいいのか?」
「いや、朝の残り物と作り置きだから豪勢って程じゃないぞ」
セラムの大袈裟な言葉に苦笑してしまう。
むしろ、食事に関してはずぼらな方だと思うのだがな。
食事を前にしてソワソワしていたセラムだが、次第に表情を曇らせていく。
「どうした? なにか苦手な料理でもあったか?」
「いや、好き嫌いはほとんどない。それよりもどうやって食べればいいのだ? まさか、手掴みなのか?」
「んん? そこにある箸を使えば――ああっ、そうか。外国の人に箸は難しいか。ナイフやフォークを持ってくる」
「頼む」
あまりにも流暢に日本語を話すので、日本文化にも精通していると思ったが、どうやらそうでもないらしい。セラムという女性は本当に不思議だ。
セラムのナイフ、フォーク、スプーンを用意すると、改めて食事をいただくことにする。
「いただきます」
「その言葉はなんだ?」
「食材に感謝を表す、食前の祈りみたいなものだ」
「なるほど。この地ではそのような祈りがあるのか。では、私もいただきます」
セラムは納得したように頷くと、俺の作法を真似するように両手を合わせた。
「この白い粒はなんだ?」
「んん? 白米だ。セラムが倒れていた田んぼに生えていた稲から獲れる実なんだが……」
「なんとあそこからこのようなものが……」
セラムはまじまじとご飯を見つめると、スプーンでよって口に入れた。
「甘くて美味しいな!」
どうやら初めてのご飯は気に入ってくれたらしい。
「単体でも美味しいが、他のおかずと合わせて食べるともっと美味い」
「本当か!?」
アドバイスをすると、セラムはナスの揚げびたしと一緒にご飯を食べた。
すると、美味しさを表すかのように身体を震わせた。
「本当だな! おかずと一緒に食べると、これまた美味いぞ!」
「そうか。それは良かった」
よくわからない奴だが、やたらと美味しそうに食べるな。
「このスープ料理も美味しい! 飲むとホッとする……」
「味噌汁な」
「味噌汁というのか……味噌汁は美味いな」
味噌汁の茶碗を手にしてホッとした顔をするセラム。
こんな風に誰かと食卓を共にするなんて何年ぶりだろう。
食事をする時に目の前に誰かがいるのが不思議だ。
そんな風にセラムの質問に答え、感想に相槌を打ちながら食べ進めるとあっという間に皿が空になった。
「ふう、美味しかった」
セラムが満足げに息を漏らす中、食べ終わった皿を回収して流しで水に浸けておく。
「……非常に今さらなのだが、あなたの名前を聞いてもいいだろうか?」
「本当に今さらだな」
まあ、名乗っていなかった俺も俺だが。
「俺は三田仁」
「ミタジン?」
区切ることなく続けて呼ばれたので変な感じだ。
「三田が苗字で仁が名前だ」
「苗字を持っているということは、もしやジン殿は貴族なのか!?」
「いや、日本に貴族なんていないぞ。苗字も全員が持ってるしな」
「貴族がいない? 全員が苗字を持っている?」
俺の返事を聞いて、信じられないとばかりの顔をするセラム。
「なあ、セラムが女騎士の設定を大事にしてるのはわかるが、いつまでそれを続けるつもりなんだ?」
「だから設定ではないと言っている! 私は本物の騎士だ!」
毅然とした態度で言うものの口の周りに米粒がついているので威厳は皆無だった。
「口に米粒がついてる」
「む」
指摘すると、セラムは慌てて口元をぬぐって米粒を食べた。
「じゃあ、聞くがセラムは一体どこからやってきたんだ?」
「わかった。ちゃんと説明しよう」
居住まいを正すとセラムは、ここにやってきた経緯を話した。