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お中元


「げっ、またか……」


 配達員から渡されたものを見て、俺は思わず呻いた。


 またか。これが届くのはもう三回目だ。


「ジン殿? それは……?」


 届いたものをリビングに持っていくと、畳で寛いでいたセラムが寄ってくる。


「お中元だ」


「お中元というのは?」


「お世話になった人に日ごろの感謝を込めて贈る夏の挨拶みたいなもんだ。この時期になると毎年届く」


「こちらにはそのような風習があるのだな。いいことではないか」


「お中元自体に罪はないが、問題は皆がこぞって定番の品を贈り付けてくることだ」


 またしてもアレなのか? できれば、違うものであってほしい。


 そう願いながらお中元を開封するが、俺の願いは儚く砕け散った。


 木製の箱には達筆な字で『手延べ素麺』と書かれている。


「随分と手触りのいい箱だな」


「やっぱり素麺か……」


 物珍しげに箱を触るセラムの横で俺は項垂れた。


「そうめん?」


「フードコートで食べたうどんがあっただろ? あれをさらに細くした乾麺だ」


「なるほど。あの時のうどんは美味しかった。うどんとは違うとはいえ、似たようなものを頂けるとは嬉しいことではないか?」


「確かに貰えるのは嬉しい。だが、これが届くのは四個目なんだ」


 俺は台所の棚に入れてある素麺箱を三個見せつける。


「……それ一つでどのくらいの量があるのだ?」


「一日三食を素麺にしても、一箱消費するのに五日から六日はかかる。それが四つだ」


「……ジン殿、それは多い」


「だろ?」


 共通の認識を持つことができて何よりだ。


「それにしても、どうしてこんなにも素麺ばかり贈られるのだ? お中元で素麺を贈ることに何か意味が……?」


「素麺の麺が細長いことから、普段会うことのできない人とも、細く長く付き合っていきたいって意味がある」


「ジン殿は博識だな」


「毎年、こんなにも贈られれば意味を知りたくもなる」


 決して博識なわけではない。この嫌がらせじみた行事に殺意が湧いて調べたことがあっただけだ。


「とはいえ、今年はセラムがいてくれるからな。例年よりも早く片付けることができそうだ」


 セラムが来るまではこの量を一人で食べたり、お裾分けをしたりして何とかしのいでいたが、単純に人数が一人増えればそれだけ消費も早いだろう。


「これでも乙女の端くれなので、そういった面で頼りにされるのは複雑だ」


 頼もしい傭兵でも見るかのような視線を向けると、セラムが不服そうな顔で言った。


 俺以上に食べる癖に、そんな都合のいいことを言わないで欲しい。などと思ったが、それを口にすれば、素麺を食べてくれなくなりそうなので黙っておくことにする。


「おーい、ジンいるだろー? ちょっと手が塞がってるんだ。開けてくれー!」


 そんな時、玄関の方から声が響いた。


「この声はカイト殿だな?」


「待て、セラム! 扉を開けるな!」


 俺が静止させるもセラムは止まらず、引き戸を開けてしまう。


 俺が急いで扉を閉めようとするが、それをさせまいと海斗が足を差し込んできた。


「へへへ、扉を開けたな?」


「くそっ!」


「ジン殿、なにをそんなに悔いているのだ? せっかくカイト殿がやってきてくれたのに」


 状況をわかっていないセラムが呑気に首を傾げた。


「コイツは客人じゃない。俺たちに差し向けられた刺客だ」


「刺客!? ジン殿は何か恨みでも買っていたのか?」


「恨みならあるぜ! 去年、ジンは一人で食べ切れないという建前を利用して、素麺を大場家に押し付けてきた! しかし、今のジンにはセラムさんという嫁がいる。例年のような建前は使えない! というわけで、今年は我が家のお裾分けを受け取ってもらうぜ!」


 ドンッと三十六束入りの素麺箱を玄関に置いてくる海斗。


「やっぱり、素麺の押し付けか」


「違う。お裾分けだ」


 お中元で素麺をもらうのは俺たちだけじゃない。皆が同じようにもらって余らせがちなので、この時期になるとこのような押し付け合いが始まるのだ。


「刺客とはそういうことだったのか……知らなかったとはいえ、私はなんということを……」


 ようやく状況に気づいたセラムがよよよと崩れ落ちる。


 居留守を使えば回避できたかもしれないが、家に上げてしまっては手遅れだった。


 去年、海斗に無理矢理のように押し付けてしまっただけに拒否することは難しいからな。


「まあ、今年はセラムがいるから何とかなるだろう」


 我が家に素麺が五個も鎮座されることになってしまったが、セラムさえいれば何とかなる。


 一人で三箱を平らげた去年に比べれば、まだマシというものだ。


「そういえば、セラムさんは素麺を食べたことあんの?」


「うどんならあるが、素麺は食べたことがない」


「食べたことがない!? それなら、セラムさんのために流し素麺しようぜ!」


 セラムの返答を聞いた海斗が、いきなりそのような提案をしてくる。


「随分急だな」


「せっかく夏なんだし、ここは風情ある日本の文化をセラムさんに体験してもらおうぜ!」


「で、本音は?」


「俺がやりたい!」


「なら、一人でやれよ」


「いや、一人でやっても虚しいだけだし、準備が面倒すぎるだろ」


 高尚なことを言い出すので怪しいと思ったが、ただ海斗自身がやってみたいだけだったらしい。


「流し素麺とやらはよくわからないが、風情ある食文化には興味がある!」


 流し素麺がどんなものかよくわかっていないセラムだが、興味が沸いてしまったようだ。


「……やるのは構わないが道具はあるのか?」


「ちょい前に使ったうちの竹があるぜ」


「なら、それを組み立てればできるか。なら、持ってこい」


「あいよ!」


 一から切り出して設置するのは面倒だが、竹があるのならそこまで面倒くさくないだろう。


 ほどなくすると、海斗が車で戻ってきて竹を庭に運び込んできた。


「ジン殿、この緑色の長い植物はなんだ?」


「これは竹だ。冷たい水とともに流れてくる素麺をすくって食べるんだ」


「ほう、ここに麺を流すのか……想像するだけで風情があるな!」


 セラムが物珍しそうに竹に見つめる中、俺は気になったことがある。


「……なあ、海斗。この竹、ちょっと傷んでないか?」


「納屋から引っ張り出した時、俺も思った」


 竹の一部が痛んでいるのだ。別に素麺を流せないことはないが、この上で流した素麺を食べたいかと言われるとNOだ。


「となると、流し素麺はできないのか?」


 竹を見て顔をしかめていると、セラムが悲しそうな顔をする。


「いや、全部傷んでいるわけじゃないから、そこだけを落とせば問題なく使える」


「おお、なら問題ないではないか」


「その代わり、ショボくなる」


「流す距離の短い流し素麺なんて、流し素麺じゃねえ!」


 代案の結果を聞いた海斗がいちゃもんをつけてくる。


 海斗がきっちり管理しておかないのが悪いが、夏に竹を保存することは難しいからな。


 しょうがない部分もあるか。


「おや、流し素麺でもするのかい?」


 なんて会話をしていると、庭先に茂さんがいた。


 犬を連れて歩いていることから散歩の途中だったのだろう。


「しようとしていたんですが、竹が傷んでいることに気づいてどうしようかなと……」


「竹? 竹が欲しいなら、うちの竹林にあるやつを使うかい?」


「ええっ? いいんですか!?」


「構わないよ。その代わり、ついでに何本か適当に取ってきてくれるとありがたいかな。他のところでも流し素麺とかしそうだし」


「わかりました! ちょっと多めに取ってきます!」


「ありがとうございやーっす!」


 俺と海斗が揃って礼をすると、茂さんはにっこりと笑って散歩に戻っていった。


「ん? 今のはどういうことだ?」


 一人状況がよくわかっていないセラムが尋ねてくる。


「茂さんの持っている土地で竹が生えているから、そこから自由に取っていいってことだ。これで流し素麺ができる」


「土地を持っている? シゲル殿は実は土地を治める領主なのか!?」


「いや、領主じゃない。というか、この辺りじゃ土地を持ってることは珍しくないぞ。俺だって山を持ってる」


「うちも持ってるぜ」


「なっ! ジン殿だけじゃなく、カイト殿も!?」


 山を所有していることを伝えると、セラムが過剰な驚きを見せる。


 彼女にとって土地や山を持っているということは、それだけ驚愕に値することらしい。


「そんなに驚くことか?」


「私の世界では土地を所有しているのは王族だけで、特権階級である貴族でも王族から土地を貸し与えられているだけに過ぎないのだ」


 気になったので小声で聞いてみると、セラムがこっそりと教えてくれた。


 どうやらセラムの世界では本当に偉い人しか持つことができないようだ。


 そんな世界で暮らしてきたセラムからすれば、ただの平民が土地を所有していることには驚かざるを得ないだろうな。




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