女騎士とラムネ
セラムと同じようにカゴを手にすると、俺も店内をうろつく。
微妙に狭い店内や並べられた駄菓子のパッケージ。目につくものすべてが懐かしい。
小学生の頃、百円玉を握り締めてよく駄菓子を買いにきていたな。
懐かしく思いながら昔よく食べていたポテチや紐状になったグミ、うめえ棒、なんかを次々とカゴに入れてレジに持っていった。
これだけ買っても百五十円程度。駄菓子というのは素晴らしいな。
「冷たいラムネはいかが?」
海斗が駄菓子の精算をしつつ飲み物を勧めてくる。
レジの傍に冷蔵庫があり、瓶で入ったラムネやコーラなんかがギッシリと詰まっている。
「……この家は客人に飲み物も出さんのか」
「二階にくれば麦茶を出してやるけど一階は店だからな」
キンキンに冷えていそうな瓶ラムネを見た後に、麦茶を飲めるものか。
「ちっ、ラムネを一つ」
「毎度あり!」
交渉は失敗し、海斗にラムネを買わされるハメになった。
商魂たくましいやつだ。
「セラムさんにはラムネをおまけでつけてあげるね!」
「おい!」
「セラムさんは初めてやっていてお客さんだしな!」
俺との対応の違いに声を上げるも、海斗はヘラヘラと笑って流した。
だったら、ついでに俺にもおまけしてくれてもいいだろうに。
などと微妙な気持ちになりながらも奥にある畳スペースに腰かけた。
会計を終えたセラムも俺の隣に腰を下ろす。
「結構買ったな」
「うむ、どれも気になってしまってな。これだけ買っても三百円にも満たないのだから、駄菓子は安いな」
さっきの俺の心の中の声と同じようなコメントを漏らすセラム。
「ところで、このラムネというのはどうやって飲むのだ? なにやら丸いものが入り口を塞いでいて飲めないのだが……」
「ああ、それはこの玉押しを乗せて押し込めばいい。そうしたら、中に入っているビー玉が落ちる」
説明しながら自分のラムネを開けると、セラムも真似をしてラムネを開けることに成功した。
「落ちた!」
「五秒くらいは玉押しを外すなよ? 炭酸が噴き出すかもしれないからな」
「む? 飲み物が噴き出すのか? よくわからないが、少しジッとしておこう」
首を傾げながらセラムは待機すると、少ししてからおそるおそる玉押しを外した。
「瓶の形もそうだが、色もとても綺麗だな」
ラムネ瓶を見つめながらセラムが言う。
水色の瓶の中では透明な液体が詰まっており、下から上にと炭酸ガスが静かに上がっていた。冷蔵庫で冷やされていたお陰か瓶までキンキンに冷えており、表面には水滴がついていた。
「俺も飲ーもっと」
俺たちがラムネを開けている姿を見て、飲みたくなったらしく海斗も冷蔵庫からラムネ瓶を取った。
「じゃあ、乾杯!」
海斗は手早くラムネを開けると、ラムネ瓶をこちらにぶつけてきた。
なんだか朝から酒盛りしてるような気分になったが、突っ込まずにラムネを飲むことにした。
キンキンに冷やされた液体が口の中に広がる。
清涼なラムネの風味が鼻孔を突き抜け、するりと喉の奥に流れていった。
これを飲んだ瞬間だけは、今が真夏だということを忘れさせてくれる気がする。
「げほっ、げほ、がは! な、なんだこれは!? 口に含んだ瞬間に舌が噛みつかれたような感じがしたぞ!?」
俺と海斗が清涼さを感じている一方で、異世界の女騎士は激しく咽ていた。
ああ、そういえば、こいつに炭酸飲料の飲ませるのは初めてだった。
「安心しろ。それはそういう飲み物だ。最初はビックリするが、慣れれば平気になる」
「そ、そういうものなのか?」
「セラムさん炭酸を飲んだことがない感じだったか。悪いことしちゃったな」
「いや、問題ない。そういう飲み物だとわかれば、問題なく飲めるはずだ」
涙目になっていたセラムがもう一度ラムネを飲んだ。
今度は咽ることなく、「ぷはぁ」と微かな吐息を漏らす。
「うむ。慣れればこの刺激も悪くない。爽やかなラムネの味と合っている」
「本当にダメだったら無理せずに言えよ?」
「大丈夫だ」
炭酸飲料が飲めない、美味しく感じないと思う者はたくさんいる。が、セラムは別に無理をしているようではなさそうだな。
喉を潤すと、それぞれが買った駄菓子を軽く食べることにする。
セラムが最初に手に取ったのはうめえ棒の明太子味だ。
初心者の癖に駄菓子の王道的なものを手に取っている。いい直感をしているな。
指でパッケージを開けると、セラムはうめえ棒を頬張った。
パリッパリッと小気味のいい音が響く。
「これは美味いな! こんなに美味しいものがたった十円でいいのか!?」
「ははは、いいんだよ。他にもたくさんの種類の味があるから良かったら買ってくれ」
うめえ棒の味に驚愕しているセラムに、ここぞとばかり味違いのものを勧める海斗。
「これ全てが味違いというのか?」
「全部違うね」
「全部くれ!」
「毎度あり」
悪い駄菓子売りがここにいる。
セラムに程々にしろと言ってやりたいところだが、給料の範疇で好きなものを買えと言ったばかりなので止めることはできない。
「というか、めちゃくちゃ種類があるな」
確かうめえ棒の通常種類は十四種類だったはず。
しかし、海斗の持ってきているうめえ棒を見ると、明らかにそれ以上の種類があった。
「俺の好みでプレミアム版、地域限定版や季節限定版もストックしてあるからな。そして、ここだけの話、販売中止版もいくつか持ってある」
「どんだけ持ってるんだ。今度、売ってくれ」
販売中止版には俺の大好きなロブスター味や、ピザ味、かば焼き味などがある。また食べられるのであれば、是非とも食べたい。
「しょうがないな。特別だからな?」
などと勿体ぶった言い方をしているが、海斗も自慢したいのかまんざらでもない様子だった。駄菓子が本当に好きなんだな。
密談を終えると、俺は袋から紐グミを取り出して食べる。
この安っぽい味がいい。これでこそ駄菓子っていう感じがする。
「その長い緑色のものはなんなのだ?」
「果汁や砂糖を固めて作ったお菓子だ。羊羹をさらに弾力質にして、フルーティーな感じにした感じだ。食べてみるか?」
「食べる!」
セラムが食べてみたそうにしていたので千切って渡してやる。
「お、おお。弾力があって不思議な味だ。何の果物の味かはわからないが中々にイケる」
パッケージにはメロン味と記載されているが、食べてみるとブドウのような味にも思えるし、梨のような味にも思える。正直、具体的に何の味かもわからないが、そんなところも含めて駄菓子っぽいな。
「ジンだ!」
「噂の嫁もいる!」
「……綺麗ですね」
駄菓子を食べながらまったりとしていると、引き戸を開けて子供たちがやってきた。
子供たちは駄菓子をそっちのけで俺やセラムのところにわらわらとやってくる。
「お前たちも知ってるのか」
「この辺りだと有名だよ? 知らない人の方が少ないくらい」
「無愛想なジンさんが、ついに結婚したって賑わってましたから」
どうやら俺とセラムの関係については、もう知らない人がいないようなレベルらしい。
実里さんと、茂さんはどれだけの人に話したというのか。
「ねえねえ、嫁さんとはどうやって出会ったの?」
「どちらから告白とかされたんですか?」
「……もう手は繋いだ?」
微妙な想いを抱いていると、子供たちが一気に質問を飛ばしてくる。
「お前たち駄菓子を買いにきたんだろ。大人しく駄菓子でも買ってろ」
「ええー? 今はそんなことよりもジンの馴れ初めってやつが気になる!」
「なるー!」
シッシと追い払うが、子供たちはめげることなく質問を繰り出してくる。
俺とセラムの関係はあくまで設定だ。そんな甘酸っぱいエピソードなんてあるはずがないし、仮にあったとしてもこの生意気な子供たちに話すわけがない。下手に話しでもしたら生涯かけていじってくること間違いないだろう。
「あー、もう鬱陶しい。小遣いやるから駄菓子でも買ってろ」
「やったー! 百円だ! 駄菓子がいっぱい買えるぞ!」
「……なに買おう」
苦渋の決断として百円玉をやると、俺への興味は失ったらしく売り場の方に向かっていった。
子供を追い払って一息ついていると、海斗がニヤニヤとした顔でこちらを見ていることに気付いた。
「なんだ?」
「いや、ジンも変わったなーって思ってな」
「どこかだ?」
「少し前までは人を寄せ付けない感じだったじゃねえか。俺の家に来ることもあんまりなかったし、子供なんかまったく相手しなかっただろ?」
「……そうなのか?」
海斗がそのように言うが、セラムは俺の過去をまったく知らないのでキョトンとしている様子だった。
こっちに戻ってきてからは、そういった人間関係の構築が煩わしくて仕方がなかった。
幼馴染である海斗ともあまり会っていなかったくらいだ。今の俺を見て、海斗が変わったというのも無理はない。
「誰のお陰で変わったんだろうな?」
「さあな」
海斗の言いたいことを、俺は敢えてわからないフリをしてスルーした。
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