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駄菓子屋


 家から歩いて十五分ほどのところに、俺たちの目的地である大場駄菓子店にたどり着いた。


 昭和の駄菓子屋を想起させるレトロな造りだ。


 外にはガチャガチャやアイスの詰まった冷凍庫などが並んでいる。


 ガラリと引き戸を開けて中に入ると、一面に駄菓子がズラリ。棚の上までギッシリと駄菓子が並べられ、壁には懐かしさを感じる玩具が吊るされていた。


「ここがカホ殿の家……?」


「正確には夏帆の家が経営している駄菓子屋だな」


「いらっしゃい、二人とも。急に用があるってどうしたの?」


 などと会話していると、奥の廊下にある暖簾をくぐって夏帆がやってきた。


「昨日の件でセラムが礼を言っていないと言ってな」


「カホ殿、昨日はとても世話になった。礼を言う。お陰でたくさんの良い服を買うことができた」


「ああっ! さっそく昨日買った服じゃん! うんうん、セラムさんほど美人でスタイルがいいとシンプルな服装がカッコいいね!」


 セラムの本日のコーディネートを見て、夏帆が我が事のように喜ぶ。


 これだけ似合っていると、助言した方も嬉しいのだろうな。


「カッコいいというのは誉め言葉なのか……?」


「誉め言葉だよ! シンプルなファッションでカッコよく見えるっていうのはすごいことなんだから! あたしもセラムさんみたいにスラッとして手足が長ければ、どれだけ良かった……」


「そうか? 私はカホ殿のような華奢で可愛らしいタイプに憧れるが……」


 人間というのは、自分に無いものを魅力的に思える生き物なのだろう。


 俺からすれば、二人とも贅沢な悩みのように思えた。


「これはほんの気持ちだ。畑で獲ったばかりの長ナスだ」


「わっ! 立派な長ナスがいっぱいだ!」


 セラムがビニール袋で手渡したのは、家を出る前に収穫した長ナスだ。


 一応、昨日付き合ってくれたことの謝礼はアウターを買ったことで十分なのだが、朝早くに訪ねてきた以上は手土産の一つくらいないとな。


「にしても、お礼を言うために来てくてくれるなんて、セラムさんって律義だね」


「感謝の言葉を伝えるのは大切なことだぞ?」


「そうだね。ありがとう、セラムさん」


「うむ、どういたしましてなのだ」


 夏帆から礼を告げられて、どこか嬉しそうにするセラム。


 そんな中、夏帆が俺の方に寄ってきて囁く。


「またセラムさんをコーディネートして欲しかったら声をかけてね?」


 ふむ、セラムの世話を任せられるのは魅力的だが、毎回それなりの値段をする服を強請られては堪らない。


「セラム、どうやら夏帆は、報酬がないと一緒に買い物に行ってくれないみたいだ」


「そ、そうなのか。また一緒に買い物に行きたいと思っていたのだが、お金のことを考えると気楽に誘うことは難しいな」


「わあ! うそうそ! 冗談だから! 報酬なんていらないし気楽に誘っていいから!」


 悲しそうな顔をするセラムを見て、夏帆が慌てて俺にかけた言葉を撤回した。


 よしよし、これでまたセラムに必要な品が出たら、面倒を見てもらうことができるな。


 セラムの純粋な心を利用した策略に、夏帆が抗議するような視線を向けてくるがスルーだ。


「おっ! ジンにセラムさんじゃねえか! なんだよ、うちに来てるなら言ってくれよ!」


 賑やかな会話につられてやってきたのは、夏帆の兄である海斗だ。


 今日はアロハシャツに短パンと随分とハワイアンな格好をしている。


 相変わらずコイツのファッションセンスは派手で謎だ。


「ちょっと礼を言いにきただけだしな」


「それでもだよ!」


「さて、あたしはそろそろ用事があるから行くね!」


「うむ、忙しいところをお邪魔してすまなかった」


「後はおにいよろ!」


 海斗がやって来たのと入れ替わるように夏帆が奥に引っ込んだ。


 それからカバンを手にすると、俺たちの横を通り過ぎて外に出ていった。


「随分と忙しそうだな」


「いや、夏休みに入って遊び惚けてるだけだぜ」


 そういえば、大学生は夏休み真っ盛りか。農家には夏休みなんてものはないので、すっかりとそういった感覚を忘れていた。


「ジン殿、ここにあるものは全てお菓子なのか?」


 さて、用事は済んだので帰ろうと思ったが、セラムがキラキラと瞳を輝かせながら尋ねてきた。


「ああ、そうだ」


「お菓子以外も玩具とか色々売ってるぜ」


「ジン殿、少しだけ見ていってもいいだろうか?」


 これはすぐに帰れないパターンだ。


 前に駄菓子屋に連れていってやると言ったことだし、少しくらい見ていってもいいか。


 頷くと、セラムは店内を好きに見て回る。


「これ一つでたった十円だと!? 安いな!」


「子供向けに販売するお菓子だからな」


「それで儲けが出るのか?」


「厳しいことを言うねえ、セラムさん」


 セラムの率直な意見に思わず、苦笑しながら頭をかく海斗。


「俺も気になっていたが、実際どうなんだ?」


 昔ならともかく、今は色々な店が並ぶようになり、サービスも受けられるようになった。


 ここに住んでいる人の数も随分と買ったし、経営は苦しいのではないだろうか。


 セラムが懸念したように一つの利益率はかなり低いだろうからな。


「まあ、ぶっちゃけ儲けはほぼねえよ。食い扶持は副業で稼いでいるし、駄菓子屋をやるメリットはねえな」


 海斗はフリーランスとして活動している動画編集者だ。


 家で動画の編集などをしてお金を稼いでいる。主な収入はすべてそちらで、駄菓子屋の方はからっきしのようだ。


「だったら、どうしてカイト殿は経営を続けているのだ?」


「好きなんだよなぁ、駄菓子屋が。少ない小遣いを握り締めて、どれを買おうかと悩んだり、話し合ったりできるこの空間が、大人になっても思い出として染み付いていてよ」


「カイト殿にとってここは大切な場所なんだな」


 海斗がそんな理由で駄菓子屋を続けているとは知らなかったな。


 普段はちゃらんぽらんで何も考えていないように思えるが、確固たる自分の意思を持っていたようだ。そういうのは嫌いじゃない。


「まっ、そんな俺のことは置いておいて、セラムさんは駄菓子を食ったことはあるか?」


「羊羹と水まんじゅうなら食べたことがあるぞ!」


「なんかチョイスが渋いな……それ以外食べたことがねえなら何か買ってみてくれよ。和菓子もいいけど、駄菓子も美味いぜ」


 海斗の営業を受けて、セラムがこちらを向いた。


 買ってもいいだろうかと尋ねているのだろう。


 俺はセラムを呼び寄せると、手の平を出させ、その上にお金を乗せた。


「ユキチ殿!? これ全部駄菓子に使っても良いのか!?」


「んなわけないだろう。これはセラムの給料だ。俺がいない時やセラム自身に欲しいものがあったら、それを使って好きなものを買え」


「おい、これが私の給金! わかった! 自分の金で買ってみる!」


 ずっと一文無しの状態では、何を買うにも俺の許可が必要になって面倒だしな。


 ちょっとした物でも旦那に買っていいか尋ねる嫁という構図はあまりに不自然だ。


 自分の裁量で欲しいものを買えるお金を持っていた方がいい。


 駄菓子なら安いし、はじめて貰ったお金で散財することもないだろう。


 そんなわけでセラムはお金を握ると、プラスチックな小さなカゴを手にして駄菓子を物色し始める。


「ジンもどうだ?」


「そうだな。俺も久し振りに買ってみるか」


 ここしばらく駄菓子を買っていなかった。少し買って、仕事の合間につまんだりするのも悪くない。



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