食料品売り場
「さて、後は食材や日用品の買い物を済ませるだけだな」
「だね」
昼食を食べ終わると、残りの用事を済ませることにする。
「エレベーターで降りよう」
「そうだな」
日用品、食料品が売っているフロアは一階だ。エスカレーターを使って、降りていくのはちょっと面倒だ。
夏帆の意見に賛成し、俺たちは近くのエレベーターに向かう。
すると、後ろにいたセラムがちょんと袖を引っ張って、小声で尋ねてきた。
「ジン殿、えれべーたーというのは……?」
「ああー、箱の中に入って人や荷物を移動させてくれる昇降機みたいなものか。エスカレーターよりも楽に階層を移動できる」
「エスカレーターよりも楽に移動できる機械があるというのか!?」
「そうだ」
理解しやすいように噛み砕いて説明すると、セラムが驚愕の表情を浮かべる。
「エスカレーターという便利な機械がありながら、さらなる便利な代物を生み出すとは……っ! こちらの世界の人間は、怠惰な欲望が尽きることがないな……」
改めて言われれば、そうなのかもしれない。
セラムのコメントを聞くと、身近にあるものの有難さを再確認できるな。
エレベーター乗り場の前に到着する。
下降ボタンを押すが、エレベーターはどれも下の階層にあるらしく待ち時間となる。
そのわずかな時間に夏帆は、スマホでSNSを開いているようだった。
誰かとメッセージでもしているのか、一人で画面を見て微笑んでいる。
スマホを触っている様子を俯瞰的に見ると、意外と間抜けな光景だな。自分もよく使うんだけど。
なにをするでもなく待っていると、ポーンという音が鳴ってエレベーターの迎えにくる。
「……扉が勝手に開いた」
「ボーっとしてないで入るぞ」
呆然としているセラムの背中を押して、階層を移動するべくエレベーターに乗り込み、一階ボタンを押す。
しかし、三人目である夏帆が入ってこない。どうやらスマホに夢中になっており、気付いていないようだ。
「おーい、夏帆。下に降りるぞ」
「あっ、ごめん。今、いくー」
声をかけると、状況に気付いたらしき夏帆がスマホにポケットを仕舞ってエレベーターに近づいてくる。が、隣で暇を持て余していたセラムが閉じボタンを押した。
「あっ」
結果としてエレベーターの扉は無情に閉じた。
申し訳なさそうな笑みを浮かべながら駆け込もうとした夏帆が、締め出しを食らった。
「す、すまない! つい、色々ボタンがあったから気になって押してしまった! ど、どうすればいいジン殿!?」
セラムが取り乱す間に、エレベーターは俺たちを乗せて下降していく。
はじめてのエレベーター体験だが、夏帆を置き去りにしたショックでそれどころではない様子だ。
本気で慌てているセラムには悪いが、ちょっと面白い。
「あいつはもうダメだ」
「なぜだ!?」
「エレベーターを使えるのは一日に一回だけなんだ」
「嘘だ!」
「一瞬で移動できる人を輸送できる機械だぞ? なんの代償もなく何度も使えると思っているのか?」
「た、確かにそれはそうだ。私が狼狽している瞬間に、一階までたどり着いてしまった……」
当然、嘘に決まっているが、何故かセラムは納得してしまい身体をわなわなと震わせていた。
セラムの反応があまりにも面白いので、もうちょっと適当なことを言い続けよう。
「では、カホ殿は一体どうなってしまうのだ!?」
セラムが必死に尋ねてくるので、俺はわざと会話の間を作り、悲壮感を漂わせて表情を浮かべてみる。
「……あいつはあのフロアから二度と移動することはできないだろう。いい奴を失った」
「ちょっとー、勝手に人を殺さないんでほしいんだけど」
などとセラムをからかっていると夏帆がやってきた。
どうやら別のエレベーターで降りてきたみたいだ。
もうちょっとからかいたかったんだけどな。
「いやー、目の前で扉が閉まるからビックリしたし。それに締め出し食らった感じになってすごく恥ずかしかったんだけど」
「カホ殿! 無事で良かった!」
「なんで? 締め出し食らっただけじゃん」
夏帆が首を傾げると、セラムが先程の俺の言動を纏めて話した。
すると、夏帆が堪え切れないとばかりに笑い出した。
「あはは、そんなの嘘に決まってるじゃん。エレベーターは一日に何回でも乗れるし、仮に乗れなくてもエスカレーターや階段だってあるから」
夏帆の言葉ともっともな代案によって、セラムはようやくからかわれていたことに気付いたらしい。
呆然としたような顔から徐々にふくれっ面へと変わった。
「ジン殿はひどい嘘つきだ」
「悪い。セラムの反応が面白くてな」
宥めるも、セラムはからかわれたのが不満なのかしばらくは黙ったままだった。
しかし、そんな態度は食料品売り場にたどり着くと霧散する。
棚にはたくさんの野菜や果物だけでなく、お肉や魚の生鮮食材、冷凍食材、飲み物、駄菓子、トイレットペーパーやら台所用品とあらゆる食材や日用品が並んでいた。
ショッピングモール内にあるだけあって、近所のスーパーとは規模が段違いだ。
「ジ、ジン殿の国の市場は、どこもこれほどに巨大なのか……?」
食料品売り場を目にしたセラムは、驚くというより圧倒されているようだった。
「そんなことはない。近所にも一応スーパーはあるけど、もっとこじんまりとしてるぞ」
「そ、そうか。安心した」
補足してやると、セラムは安堵の息を漏らす。
こんな規模の売り場がどこにでもあったら、中小規模のスーパーは軒並み破産になるだろうな。
フロアに入ると、俺と夏帆はカゴを手にし、それをカートの上に載せた。
「おお! この荷車はとても便利だな!」
「押してくれるか?」
「いいのか!?」
「人にぶつけたりするなよ」
カートを目にしたセラムの瞳があまりにも輝いていたので、頼んでみると喜んで押してくれた。子供が小さなカートを押している姿と似ていて微笑ましい。
「じゃあ、うちはうちで必要なものを買ってくるから」
「わかった。後で適当に合流な」
食料品の買い出しについては、各自でやるべきだ。
一緒に並んで買い物をしても無駄に時間がかかるだけである。
そんなわけで、ここでは一旦夏帆とは別れることにする。
「あっ、トイレットペーパーとかティッシュの買い出し頼まれたから後で運ぶの手伝ってねー」
「またか……」
「よく頼まれるのか?」
「過疎地だけあって田舎の住民たちは老人が多いからな」
ショッピングモールなどのある大きな街に出る時は、ご近所の老人から買い物を頼まれることがある。田舎あるあるの一つといっていいだろう。
重い物なんかの買い出しを、元気な若者に頼みたいと思うのは仕方のないことだ。
ネットスーパーなどを利用すれば、自宅まで届けてくれるだろうがアナログタイプの人が多いからな。
「なるほど。ご老人の頼みとあっては断るわけにはいかないな」
「まあな。代わりに農業なんかは、老人たちに教えてもらっているしな」
「ジン殿もそうだったのか?」
「ああ、始めたての頃は、とてもお世話になった」
失敗も続いて、老人たちの言葉が煩わしくも思えたが、今思えばとても気にかけてくれていたのだとわかる。滅多なことでは言えないが非常に感謝していた。
「そうか。ならば、なおさら断れないな」
「とはいえ、なんでも安請け合いするなよ? あいつら本当に際限なくこき使おうとするからな」
セラムの正義心の高さにつけ込んで、なんでもかんでもセラムに頼んでくる老人と、安請け合いしてポンポン引き受けるセラムという構図が安易に想像できた。
「困っている老人を助けるのは騎士の――いや、若者として当然のことだ」
「それで仕事が疎かにでもなったら給料も食事も減らすからな?」
「……仕事や生活に支障が出ない範囲で引き受けるようにする」
やや本気で釘を刺すと、セラムは顔を強張らせながらも頷いた。
ここまで言えば、安請け合いすることはないだろう。
「あっ! これはジン殿の長ナスではないか!?」
野菜売り場の一画で陳列されているものをセラムが手に取った。
その袋には『三田農園』という品質を保証するシールが貼られており、袋詰めにされた長ナスがあった。
「そうだな。俺の野菜はここのスーパーにも納品してるからな」
「すごいな! このような大きな市場にジン殿の野菜が売られているとは!」
「ただ近所ってだけもあるけどな」
「だとしても、他にも農家はたくさんいるはずだ。それなのにジン殿の作った長ナスがあるということは、仕入れを担当する者が良い食材だと判断したに違いない。その事実は誇るべきだと私は思う」
「そ、そうか。ありがとな」
照れ隠しで謙遜した部分もあったが、セラムは真っすぐな賞賛の言葉をかけてきた。
なんだかコイツの素直なところは色々な面で敵わない気がする。
「ふふふ、これは私がシールを貼って袋詰めした長ナスだな。よし、私が買ってやろう」
「いや、わざわざ店で買わなくても畑に山ほどあるだろ?」
「これは私が買いたいから買うのだ。私の給金から引いてくれ」
指摘するが、セラムはまったく引く様子は見せずに長ナスをカゴに入れてしまった。
それだけ一緒に作業した長ナスが売られているのが嬉しかったのだろうか。
俺も最初に自分の野菜が並べられているのを見た時、同じようなことをしたことがあるので何となく気持ちはわかる。俺はセラムの気持ちを尊重することにした。
「他にはジン殿の育てている野菜はないのか?」
「きゅうりが並んでいるはずで、トマトは今度出荷する予定だ」
「おお! ならば、きゅうりも見に行こう!」
そんな風に俺の野菜を見て回りながら買い物を済ませると夏帆と合流し、大量の生活用品を積んで帰宅した。
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