フードコート
「お腹空いたー!」
ファッション店を出るなり夏帆が言った。
セラムも同意するように頷いている。
時計を見てみると、時刻は十四時を越えていた。
お腹が空くのも当然だろう。
「昼飯でも食べるか」
「どこで食べる?」
「フードコート」
「ええー」
「ちなみに飯は自腹な」
「ならフードコート一択だね」
フードコートという選択に不満げな夏帆だったが、奢りではないことを告げると華麗に手の平を返した。
「ふーどこーととは一体どのようなところなのだ?」
「説明してもいいが、もうすぐそこだから見た方が早い」
フードコートはファッション店と同じフロアなので、説明する前にたどり着いた。
開けたフロアにはたくさんのイスやテーブルが並んでおり、それを取り囲むように様々な飲食店が並んでいる。
「おお! たくさんの店が並んでいる! ここにあるすべてが料理屋なのか!?」
フードコートを目にしたセラムが驚愕の声を上げながら言う。
「ああ、好きな店で料理を頼んで、空いている席に座って勝手に食べるシステムだ」
「これだけ店が多いと、何を食べるか迷ってしまうな」
システムを説明すると、セラムがフラフラと歩き出して店を物色し始める。
とりあえず、一周ほどグルッと回って決めるつもりなのだろう。
「あたし先に頼んで席取っておくから」
「頼んだ」
夏帆はパパッと食べたいものを決めたようで天丼屋の店に並んだ。
俺は飲食店を見て回るセラムの後ろをついていき、時折セラムに料理の説明をしていく。
「食べたいものは決まったか?」
「ううー、魅力的で迷ってしまう。どれも美味しそうなんだ」
頭を抱えて唸り声を上げるセラム。
「だったら普段家じゃ食べられないものを頼んでみるっていうのはどうだ?」
「私たちの家で普段食べられないもの……それはパンだ!」
「ああ、うちはご飯中心だからな」
俺の好みが完全な和食なので、家にパン一つ置いていなかった。
「ご飯も美味しいが、久し振りにパンが食べたい!」
「パンか……」
想像するのはパンに合うような洋食メニューだが、生憎とフードコート内にそういった飲食店はない。
しかし、世界的に有名なハンバーガー店はあった。
あれも立派なパン料理と言えるだろう。
「だったら、あそこのハンバーガー店なんてどうだ?」
「はんばーがーというのは?」
「パンに肉や野菜などを挟んだサンドイッチみたいなものだ」
「おお、それはいいな! では、それにしてみよう!」
大雑把に概要を伝えると、セラムは列に並んだ。
「じゃあ、お金を渡すから一人で食べたいものを注文してみろ」
「ええ!? ジン殿が頼んでくれるのではないのか!?」
「一人で買い物をする練習だ。ちゃんと傍にいてやるから」
「わ、わかった。やってみる」
セラムにはすでに貨幣については教えてある。
この世界で自立して生きていくためにも一人で買い物ができるようになった方がいいだろう。今回は夏帆が付き添ってくれたが、下着などの女性特有の必需品を買う時に俺が付き添うわけにはいかないからな。
元の世界でも算術を学んでいて実用性のある計算はできるので、一人で買い物もできるはずだ。
「いらっしゃいませ! ご注文はいかがなさいますか?」
「ひゃいっ! え、えっと、どれが美味しいハンバーガーなのだ?」
なんだか第一声から心配になってきた。メニューに載ってある以上、美味しくないハンバーガーなんてないだろう。
なんだコイツはと思うところであるが、セラムは外国人のような見た目もあって店員さんの視線はとても優しいものだった。
「そうですね。こちらの照り焼きバーガーが一番人気ですよ」
「では、それにする」
「セットにするとお得ですが、どういたしますか?」
「せっと?」
「ジャガイモを揚げたポテトって料理と飲み物も付いてくるんだ。セットにすると安くなるから頼んでおけ」
未知のシステムにセラムが停止したところで、俺が助け舟を出した。
「では、セットで頼む」
「ポテトのサイズはいかがいたしますか? S、M、Lの三種類あります」
「む? この大きいLとやらでも値段が変わらないのであれば、Lだ」
「かしこまりました。こちらからドリンクを選んでください」
「……ジン殿、飲み物がまったくわからないのだが……」
ポテトのサイズは無事に通過したセラムだが、ドリンクでつまづいた。
メニューにはドリンクの代名詞とも言えるラベルと名称が書かれているが、異世界人であるセラムにピンとくるはずもなかった。
「オレンジジュースにしておけ」
「わかった。オレンジジュースで頼む」
「かしこまりました」
そうやってところどころ助言をしていくと、無事にセラムは会計を終えることができた。
「ふう、こちらの世界での買い物は中々に緊張するな。品数が多くて煩雑だ」
「まあ、これも慣れだな。一度注文すれば、慣れるもんだ」
「そうだな。私はセットという概念を学んだ。次はもっとスムーズに注文ができるはずだぞ」
鼻息を漏らし、妙に満足げな様子で拳を握るセラム。
放っておくとなんでもかんでもセットをつけて、値段が高くなる未来が見えそうだな。
まあ、その時はその時でいい勉強になるだろう。
「それじゃあ、俺も自分の料理を頼んでくる。ハンバーガーを受け取ったら、夏帆が座ってるあそこのテーブルに集合な」
視線の先ではちょうど天丼のトレーをテーブルに置いて、四人掛けのテーブルに着席する夏帆の姿が見えた。
こくりと頷くセラムの様子を確認し、俺は自分の食べたい料理を注文しに行くことにした。
●
注文を受け取り、夏帆とセラムの座っているテーブルに着席する。
そこではセラムがお行儀よく待機していた。
「先に食べていても良かったんだぞ?」
「ジン殿に付き添ってもらいながら先に食べるのは気が引けてな。私が待ちたかっただけだから気にしないでくれ」
「そうか」
温かいうちに食べるのが一番だが、先に食べるのが気が引けると思うなら無理に食べろというわけにもいかないか。
相変わらずセラムは義理堅くて真面目だな。俺としてはもうちょっと気を抜いてくれてもいいと思うのだけどな。
「セラムさん、なんて健気なんだろ。ジンさん、本当にいいお嫁さんをゲットしたね」
「そ、そそ、そうか?」
……嫁設定を自分で考えた癖に顔を真っ赤にするセラム。
俺は段々と慣れてきたが、まだセラムは不意打ちされると弱いみたいだ。
「逆にお前はもうちょっと配慮しろ」
セラムとは正反対に夏帆は天丼をもりもりと食べていた。
「天丼は熱い内に食べるのが美味しいから」
「だからって食うのが早すぎだろ」
どんぶりには三分の一程ほどしか残っていない。
俺が着席した頃に食べ終わりそうって、どんだけ食べるのが早いんだ。
「さて、食うか」
「うむ」
俺が着席し手を合わせると、セラムも行儀よく手を合わせた。
まだこちらにやってきて日が浅いが、「いただきます」だけは妙に様になっている気がするセラムだった。
手を合わせ終えると、セラムが包装紙を手で剥いてハンバーガーを一口。
すると、セラムが驚きに目を見開いた。
「なんてフワフワなパンなのだ! 口当たりがとても柔らかく、小麦の風味が一気に広がる! こんなに美味しいパンが食べたことがない!」
「具材よりそっちの味に驚くって、セラムさんの感想が面白いんだけど」
「勿論、具材との相性も素晴らしいが、こんなに柔らかくて風味が豊かなパンがあるとは……」
「まあ、世界的に大人気なチェーン店だからね。冷静に考えると、いいパン使ってるよね」
パンのあまりのクオリティの高さに、セラムの異世界節が出てしまったが、夏帆は特に気にすることなく笑っていた。
まあ、ハンバーガーを食べて、パンの味に着目する人は珍しいと思う。
「これは美味しい。鶏肉とタレの組み合わせが抜群だ。あの店で一番の人気を誇るというのも納得だ」
はむはむとハンバーガーを食べ進めながら感想を漏らすセラス。
やはり、故郷でも食べ慣れていた食材だけあって、食の進みがいいように思える。
セラムにとってはパンも故郷の味だ。
後で食材を買う時にパンも一緒に買ってやるか。
セラムが問題なく食べ進める中、俺も注文したざるうどんを食べる。
つゆに白髪ネギ、ゴマ、海苔、ワサビを入れると、麺を少し浸してすする。
カップ麺や家で茹でる市販の麺とは、やはりコシが違うな。
綺麗に麺がすすれるし、食べるとしっかりと麺の風味と味を感じられる。
今のような暑い季節だと、こういった冷たいものが食べやすい。
「……ジン殿、それは行儀が悪いのではないか?」
そうやってズルズルと麺をすすっていると、セラムがジトッとした視線を向けながら言ってくる。
「違げえよ。ざるうどんはこうやって食べるもんなんだよ」
「……そ、そうなのか?」
「うん、そうやってすするのが一般的な食べ方だよ」
おそるおそるといったセラムの問いかけに夏帆が答えてくれる。
外国人は麺をすする食文化がなく、日本人が麺をすする光景を見てビックリするとテレビなんかで聞いたことがある。きっと、それと同じ現象なのだろう。
「食べたことがないならセラムさんも食べてみなよ」
「えっ、私がか?」
「そうだな。ちょっと食べてみろ」
この季節は冷たいうどんや蕎麦がとても美味しい。
それに作るのが非常に楽なので、食卓に上げやすいメニューの一つだ。
しかし、セラムに苦手意識を持たれてしまうと、食卓に上げづらいことになる。
セラムのために別の料理を用意するのは面倒だし、できれば忌避感は持ってもらいたくない。
そんな想いも込めて、ざるうどんの載ったトレーを差し出す。
「しかし、これはジン殿が使った箸で……これで食べると、か、間接キスに……」
ごにょごにょとセラムが漏らした言葉を聞いて、俺は配慮が足りなかったことを悟った。
「え? セラムさんってジンさんの嫁でしょ? 今さらそこ気にする?」
すぐに別の箸やフォークを取りに行こうとしたが、夏帆にそのような突っ込みをされてしまう。
確かに嫁なのに、今さら間接キスを気にしてるってのは不自然だ。
身近にそんな夫婦がいれば、どれだけプラトニックな付き合いをしていたんだと突っ込みたくなる。
「な、なんていうのは冗談だ! い、いただこう!」
夏帆の訝しみの声を聞いて、セラムが素早く動いて箸を掴んだ。
箸に不慣れながらも、必死に麺を持ち運ぼうと格闘するところが、必死に自らの設定を全うしようとしているように見えて痛々しい。
不器用ながらもセラムは麺を持ち上げてつゆに浸すと、そのまま口に入れた。
「…………」
しかし、すするという感覚がよくわからないのか中途半端に口に含んだままで停止した。
「口で息を吸いこむように、麺をすする!」
夏帆がやり方を説明すると、セラムはちゅるちゅると麺をすすることができた。
「どう?」
「う、うむ。中々に美味しいな」
平静を装っているように見えるが、耳が微かに朱色に染まっている。
多分間接キスのことで頭がいっぱいで味はあんまりわかってないだろうな。
セラムが試食を終えると、試食品となったものが俺の手元に戻ってくる。
当然、戻ってきた箸はつい先程セラムが口にしたものとなるわけになる。
しかし、夏帆が目の前にいる以上、嫁が使ったからといって箸を別のものにするわけにはいかない。
そんなことをしようものなら不仲なのではないかという邪推を受けることになるだろう。
結果として俺は特に気にした風もなく、そのままセラムの使った箸で食事を再開することにした。
「あっ……」
俺が箸を口に入れた瞬間、セラムがそんな声を漏らして顔を真っ赤にした。
やめろ。俺だって気にしていないわけじゃないんだから、そんな反応するな。
ざるうどんの味がわからなくなるだろう。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




