田んぼで女騎士を拾った
新作です。よろしくお願いいたします。
朝早くに家を出たが、外は既にうだるような熱気によって支配されていた。
家から少し歩いただけだというのに、既に額や背中からはじんわりと汗が浮かんでいる。
「くそ、今日も暑いな」
今すぐにUターンして帰りたくなるが、畑や田んぼには愛しの作物たちが待っている。
脱サラし、ド田舎の地元で農家をはじめて四年。ようやく生活も安定してきた。
ここで怠けて大事な作物を台無しにするわけにもいかない。
気合いを入れて自らの田んぼを確認。
すると、俺の田んぼで銀色の何かが光っているのが見えた。
「……なんだ?」
青々とした稲、張り巡らされた水、タニシや虫などの小さな生き物、それを狙うツバメ、サギなどがいるのは当たり前だが、銀色の物体がそこに君臨することはあり得ない。
だとしたら考えられるのは、誰かが俺の田んぼに不法投棄をしたことだ。
「ったく、誰だよ! うちの田んぼにゴミを捨てたのは!」
ただでさえ暑くてむしゃくしゃしてるというのに、不法投棄だなんてやってられない。
思わず悪態をつきながらゴミの正体を確かめると、そこにあったのはゴミではなく人だった。
金色の長い髪に、真っ白な肌。西洋の甲冑を身に纏っており、腰には剣らしきものを佩いている。
こういう格好をしている女性のことを確か女騎士と呼ぶのだったか。
「って、なんで女騎士が田んぼに倒れているんだ!?」
よく覗き込んでみると、恐ろしいほどに整った顔をしている。髪の色や顔立ちからして明らかに日本人ではない。
外国人のコスプレイヤーとかだろうか。
都内にあるオタクの祭典や、そういった場であれば、いてもまったく違和感はないが、ここは生憎とド田舎だ。総人口が三万にも満たない小さな町であり、物珍しい観光名所があるわけでもない。どう考えても外国人がやってくるような場所ではない。ましてやコスプレを好む若い女性が来るはずはない場所
だ。
考えられるとしたら、アニメや漫画の聖地だが、そういった噂は聞いたことがない。
あったら町内会の爺共が躍起になって宣伝しようとするはずだからな。
とにかく、人が倒れている以上起こさないとな。
このような炎天下でずっと倒れていたら、熱中症になってしまう可能性が高い。
「お、おい。起きろ」
「ん、んんっ……」
すっかり水浸しになっている女騎士の身体を揺すって声をかけると、無事に意識を取り戻したようだ。
閉じられていた瞳が開かれ、綺麗なエメラルドのような綺麗な瞳が露わになる。
しばらく、ぼんやりとしていた女騎士だが、俺を見るなり叫んだ。
「誰だ! お前は!」
「いや、それはこっちの台詞だろ。人ん家の畑でなにしてるんだよ」
人の田んぼで倒れていたのはそっちの方なのに、どうして不審者を見るような視線を向けられなければいけないんだ。納得がいかない。
「た、田んぼ?」
「そうだ。ここは俺の田んぼだ」
純然たる事実を告げると、女騎士は慌てたように周囲を見渡した。
そして、何故か呆然としたような表情をしている。
自分の意思でここにやってきたんじゃないのだろうか? まるで、知らない土地にでも放り込まれたかのような間抜けな顔だ。
気にはなるが、あんまり関わり合いになると面倒だな。
「なにしにこんな田舎にやって来たのかは知らないが、人の田んぼに勝手に入るな。遊ぶなら他所で遊んでくれ」
「ま、待ってくれ!」
「おい! そんなビショビショな泥まみれな手で服を掴むな!」
「ここはどこなんだ? 知っていたら教えてほしい」
俺が抗議するも女騎士は無視して尋ねてくる。
ああ、俺の作業着がビショビショのドロドロだ。
「はあ? 寝ぼけてるのか?」
「すまない。真面目に答えてほしい」
あまりにふざけた質問に訝しむが、女騎士の顔は真剣だった。
その必死さに負けた俺は、バカバカしく思いながら当然の返答をする。
「日本だ」
「に、にほん? 聞いたことのない国名だ」
……観光に来たのに何故聞いたことがないんだ。おかしいだろ。
「君、名前は?」
「ラフォリア王国に仕える騎士家が長女、セラフィム=シュタッテフェルトだ」
なんだか普段聞くことのないキーワードが一気に出てきた。胸やけしそうだ。
「ラフォリア王国? そんな国名聞いたことがないぞ?」
「なっ! そんなバカな! ラフォリア王国は大国だ! 農民であろうと大人ならば誰でも知っているはずだ!」
いや、知らんのだが……。
「ああ、わかった。アニメの女騎士キャラになりきっているんだな? 剣や甲冑も随分と作り込まれているし、かなり設定を大事にしてるんだな」
「……あにめ? よくわからないが侮辱されていることだけはわかるぞ。おのれ、騎士をバカにするとは。たとえ、庇護の対象である農民であろうと許さ――」
鞘に手をかけて立ち上がった女騎士だが、くらりと身体が横に倒れた。
バッシャーンと田んぼの水が飛び散る。
「おいおい、大丈夫か?」
「す、すまない。ここのところ寝ていなくて、意識が限界――」
セラフィムと名乗った女騎士は、弱々しい言葉で呟くと意識を失った。
身体を揺すってみるが起きることはない。
「……ったく、しょうがないな」
不審な外国人だが、炎天下の中で倒れているのを放っておくわけにはいかない。
俺は仕方なく、意識を失ったセラフィムを田んぼから引き上げる。
「うぐぐぐ、重いな!」
人は意識がなくなると重くなると聞いたことがあるが、その通りだった。
それに加えて身に纏っている甲冑やら、水分を含んだ服やらが重なっている。
農家で鍛える前のサラリーマン時代だったら、引き上げるのも難しかったかもしれない。
とりあえず、女騎士を背負って歩き出す。
こうして俺は田んぼで女騎士を拾ったのだった。
●
「んん? ここは?」
家にたどり着くと、背負われていた女騎士が目を覚ました。
「俺の家だ。よくわからんが、またすぐに倒れられると困る。少し休んでいけ」
「助かる」
男の家に若い女性を連れ込むのは気が引けたが、具合の悪い相手にはそうも言っていられない状況だ。
セラフィムもそれがわかっているからか特に文句は言ってこなかった。
「随分と立派な家だな。本当にあなたは農民なのか?」
玄関に入ると、セラフィムが随分と驚いていたように言う。
日本家屋に入るのは初めてなのだろうか。
「一人暮らしにしては広い家だが、田舎じゃ土地も家も余ってるからな。どこの家もこんなもんだろ」
「そ、そういうものか……?」
「疲れているところ悪いが、元気があるなら自分で歩いてもらっていいか?」
「あ、ああ。それくらいなら大丈夫だ」
セラフィムを負ぶったままでは何をするにしろ困る。
意識が戻ったようなので、とりあえず背中から降りてもらうことにする。
すると、女騎士はそのまま土足で玄関に上がった。
「あー、うちは土足厳禁だ。とりあえず、汚れている鎧と靴下は脱いでくれ」
「わ、わかった」
指摘すると、女騎士は靴や靴下を脱ぎ、鎧も外していく。
鎧の下は随分と簡素な服だ。
この辺りでも見慣れない衣服だが、故郷か何かの素材なのだろうか。
「軽く飯でも食わせて寝かせてやりたいところだが、さすがにそのままでは部屋に入れるわけにはいかないな」
田んぼで二度ほど倒れたので、セラフィムの身体は泥まみれだ。このまま歩き回られたら家中が泥だらけになってしまう。
「とりあえず、先に風呂に入れ」
「風呂!? この家には風呂があるのか!?」
「あるぞ」
やたらと驚いているセラフィムを案内して脱衣所に入り、その奥にある浴場へと入る。
田舎の風呂と言われると五右衛門風呂を思い浮かべる人もいるかもしれないが、さすがにそこまで風情のある風呂が残っている場所は少ない。
ごく一般的な浴場だ。ただ田舎なので土地が広いせいか、やたらと浴場も広い。
他に変わった点があるとすれば、内装をリフォームして自然素材っぽくなっていることか。
「……農民の家に風呂がある」
セラフィムは呆然とした顔で湯船を見つめている。
いや、確かに農民だけど、そこまで貧しい人じゃないからね? セラフィムの中での農民像が非常に気になるところだ。
「とりあえず、お湯を入れるからな」
給湯機を操作して、湯船にお湯を入れる。
「なっ! 急にお湯が湧き出したぞ! まさか、壁に張り付いているこれは水の魔道具なのか!? 農民が持っているなどあり得ん!」
「いや、ただの給湯機だから」
湧き出すお湯を見て、女騎士がまたしても驚く。
「む? これはなんだ?」
「あっ、バカっ!」
止めようとした時には既に遅かった。女騎士がシャワーレバーを倒したことにより、俺とセラフィムへと水が降り注いだ。
「うわあああっつ! み、水がっ!」
「シャワーのレバーを押せば水が出るのは当たり前だろ!」
当然の突っ込みをしながらレバーを元の位置に戻す。
「す、すまない。見たことがないものばかりでわからないんだ」
軽く怒るとセラフィムは申し訳なさそうな顔をして俯いた。
どうやら悪気があるわけではないらしい。
「……わからないものは触るな。触る前に聞け」
「ああ、そうする」
さすがに外国人だとしてもお風呂くらい家にあるだろうし、給湯器やシャワーくらい知っているはずだ。それなのにこの反応……まるで家にあるお風呂や給湯器をはじめて見たかのような反応をするセラフィムが気になった。こいつはどうやって今まで生きてきたんだろう。
「……風呂の使い方はわかるか?」
「申し訳ないが教えてもらえると助かる」
念のために言ったが、まさか本当に教えを請われるとは。
とりあえず、俺は我が家での風呂の入り方やシャワーの使い方、シャンプー、ボディソープなどの説明をする。
そうこうしている内に時間が経過し、給湯器がお湯張りの完了を知らせる音を奏でた。
ビクリと身体を振るわせるセラフィム。
「お風呂が沸いたみたいだな。セラフィムさん、着替えは持っているのか?」
「セラムでいい。それと着替えは持っていない。できれば、貸していただけるとありがたい」
「わかった。着替えやタオルを用意しておくから、風呂に入っていてくれ」
「ああ、わかった」
脱衣所の扉から顔を出して俺の様子を窺うセラムの視線には気付かないフリをし、着替えを探しに行った。