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忍法十番勝負・外伝(後編)

挿絵(By みてみん)



気がつくと桔梗は、洞窟の様な牢に閉じ込められていた。



桔梗が気を失った状態で、『風』の仲間に発見された時、絵地図の様なものを手に掴んでいた。



「ん……? これは」


「絵地図のようじゃのう」



その絵地図はすぐに太田道灌の元に運ばれた。



「ううむ、こ、これは……」



道灌はその絵地図を見て驚きの声を上げた。



「見よ、こちらは先般間者が手に入れた小机城の絵地図じゃ。そしてこちらが今回のもの」


「寸分、違いませぬな」



道灌は突然大きな声で笑いだした。



「豊島泰経もやりよるのう。これがもし違う偽の地図であったならば、先に手に入れたものが本物であることを証明するようなものじゃが、

まったく同じものをつかまされては、相手も備えを十分に考えておるということになるのう。いやおもしろい」


「殿、この絵地図は、先般敵の『多摩忍』に捕えられた忍びの桔梗が持たされたものなのですが……」


「ほう、ますます面白い。それではこの計略はその忍びが考えたものなのかも知れぬのう。泰経が考えたにしては出来過ぎじゃのう」


「殿、それではどのようにいたしまするか」


「まあゆっくり考えるわい。特にこの抜け道の使い方じゃのう。いやその『多摩忍』とやらと知恵比べじゃのう。一度相まみえてみたいものじゃ」



道灌は上機嫌で『風』達の前から去っていった。




桔梗は牢の中から、仲間の忍びに懇願した。



「お願いでございます。この牢から出して、戦いに加えて下さいませ」


「いやそうはいかん。相手の忍びにどんな術を掛けられているかもしれん」


「……あの時多摩忍たちが使った、自死のような術は、何だったのでしょう」


「ああ、噂では聞いたことあるのう、『仮死の術』というやつかのう。多摩忍が得意としておるらしい」



太田道灌は亀の甲山に三か月も居座り。じわじわと小机城の豊島方を牽制した。


豊島方の兵糧も武器弾薬も尽きかけ、気力も限界を過ぎたころ、道灌が総攻撃を仕掛ける。



「『風』の一団は、この抜け穴から忍び込んで陽動作戦を仕掛けるのだ」


「は? この抜け道の存在は敵に知られておるのでは?」


「だから陽動作戦と言っておろう。敵の注意をこの抜け穴に向けさせる役目じゃと殿のおおせじゃ」


「は、はあ......」



『風』達は納得出来ない様子ながらも、抜け道の出口から逆に城内への進入を試みた。


抜け穴を進み、城の中まであと一息という時、『風』たちの目の前で大轟音が響き、城へ続く抜け穴が爆破された。



「しまった、罠じゃ。すぐに戻るのじゃ」



しかし出口の見張りに立てていた忍びもすでに倒され、出口も爆破とともに塞がれてしまう。



「やはり、謀られたか……」



そのころ城内では、豊島泰経が満足そうに戦況を見つめていた。



「乱太郎よ。お前が言ってた通り、抜け道に相手の忍びを生き埋めにする作戦は成功したようじゃ。わしは混乱に乗じて裏手から逃げるとしようぞ」


「では、こちらも仕上げと参りましょうか」



数名の多摩忍が音もなく現れ、いきなり豊島泰経とお付きの者に切りかかった。



「な、なにをするのじゃ乱太郎」


「悪く思わんで下さい殿、忍びは強き者に仕えてなんぼなのです」


「う、裏切ったな乱太郎めええええ!」



場内から再び大きな爆発音とともにのろしが上がり。これを合図に道灌の足軽兵が一気に城へ押し寄せた。



「ひえっ! これはたまらん」



豊島方は雲の子を散らすように裏手から脱出しようとするが、逃げ道の先にすでに待ち伏せていた道灌軍の伏兵に一網打尽にされた。


豊島泰経はこの戦いで行方知れずになり、豊島氏の本宗家はついに滅亡した。


闘いの大勢は決した。



乱太郎ら多摩忍は、この後しばらく太田道灌方の忍びとして使われるが、組頭だった乱太郎は何処へともなく姿を消す。


『風』の一族を殲滅された生き残りの桔梗らは、口封じのため別の刑場に送られることになった。



「くそっ道灌め、わしら『風』を散々利用した挙句、陽動作戦と称して皆殺しにしおって」


「まあ戦上手の殿様なんてそんなもんさ。われら身分の下の忍びは戦の道具でしかないのだ」


「おのれ、道灌め。許さん……」



桔梗は悔しさのあまり唇を噛みしめた。



挿絵(By みてみん)



桔梗たちは『泣坂』と呼ばれる、刑場へ続く上り坂を登らされていた。



「うん? あいつは?」



桔梗はふと、罪人を見物する人の列の中に、見覚えのあるシルエットの編み笠の侍を見た様な気がした。



「あれは、多摩忍の組頭…… まさかな……」



桔梗たち罪人が刑場についた時、桔梗は首筋に鈍痛を覚えた。



「痛ッ?」



桔梗はそのまま意識が遠のいて行った。



  ◐  ◐  ◐



気がつくと桔梗は,小屋の筵の寝床に寝かされていた。



「こ、ここは……」


「おう、気がついたか」



見覚えのある多摩忍の姿がそこにあった。



「た、多摩忍か」


「ああ、多摩忍の乱太郎だ。と言ってもいまじゃはぐれ忍みたいなもんだがな」


「なぜ、私を助けた? 仮死の術をかけたのだな」


「……オレは戦で母親や姉、妹を目の前で殺された。女が目の前で殺されるのには忍びん」


「おまえは、太田道灌に召し抱えられたのではなかったのか」


「ああ、あの太田道灌という男、戦は上手だが忍びには冷たいものだ、仲間の食い扶持はとりあえず保証してもらったが、いつお前たち『風』のように使い捨てられるかわからんからな」



桔梗の心にまた太田道灌への復讐の炎が燃え上がって来た。



「助けて貰ったことには礼を言う。ただしお前を許すのには少々時間がかかりそうだ」


「それは当然だ。忍びなどからはとっとと足を洗って、どこかに嫁いで元気なやや子でも産むがいいだろう」


「お前はこれからどうするのだ」


「そうさなあ。伊豆にな、伊勢新九郎(のちの北条早雲)という、今売り出し中の殿様がいるそうだ、そこに行ってみようと思う」


「そうか……」



桔梗は少し何か考えて



「わたしも行くぞ! お前を許すまでとことんつきまとってやるぞ」


「はあっ? 何をいっておるやら」


「どうせなら、お前の子を産んでやろうか? 最強の忍びになると思わんか?」



闘いに明け暮れていた桔梗に、一瞬の微笑みが戻ったように見えた。



  〈了〉

小机城の戦いには諸説あり、豊島泰経はすでに北方へ逃げ延びており、太田道灌と争ったのは小机城主の矢野兵庫であるという説もある。

太田道灌は長尾景春の乱を平定し、三十数回の合戦を戦い抜き、ほとんど独力で上杉家の危機を救った。

道灌の威望は絶大なものとなり、次第に主君の扇谷上杉家からも疎まれるようになる。謀反を企てたなどと讒言され、ついに今の神奈川県の伊勢原市にあった扇谷定正の館に招かれ、道灌はここで暗殺されてしまう。陰に伊勢新九郎(北条早雲)の暗躍があったとも言われる。道灌は入浴後に風呂場の小口から出たところを襲われ切り倒された。この時の風呂焚き女が桔梗だったとも言われている。道灌は死に際に「当方滅亡」と言い残したという。自分がいなくなれば上杉家は滅亡するという予言である。やがて伊勢宗端(新九郎、北条早雲)が関東に進出して、後北条家が台頭。早雲の孫の氏康によって扇谷上杉家は滅ぼされ、山内上杉家も関東を追われ上杉家は予言通り滅亡する。乱太郎と桔梗の子孫は後北条家に仕える忍者として重用された。『風』と『多摩忍』の『摩』をとって『風摩』または『風魔』と呼ばれるようになったという。

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