忍法十番勝負・外伝(前編)
時は戦国時代のはじまり、応仁の乱がようやく収まりかけていた頃。関東管領上杉氏といわゆる古河公方足利成氏の対立が激化し、上杉氏は扇谷上杉家家宰の太田道真・道灌父子に岩槻・河越・江戸に城を築かせた。江戸城は豊島氏の本拠石神井城に近かったため豊島氏と太田氏の利害が対立することとなった。1476年に関東管領山内上杉家の家宰の相続をめぐって白井長尾家の長尾景春が古河公方と組んで挙兵する『長尾景春の乱』が起こる。石神井城の豊島泰経が長尾影春に呼応したため、太田道灌と豊島氏の対立は決定的となった。1477年太田道灌は豊島泰経・泰明兄弟を江古田・沼袋原の戦いで撃破し、この戦いで泰明が戦死。本拠の石神井城も落とされてしまう。翌年、泰経は平塚城で再び挙兵するが、道灌の攻撃を受けて落城。小机城に逃げ延びた。
(諸説あり)
時は戦国嵐の時代
でっかい心で生きようぜ
……はさておき。
多摩の忍者=多摩忍の若き組頭・乱太郎は、平塚城から小机城に逃げ延びてきた豊島家当主・泰経に呼び出されていた。
「乱太郎とやら、面を上げよ」
「ははっ!」
当主・豊島泰経は、歴戦の疲れからか、すっかりやつれた顔立ちになってしまっていた。
「まったく、あの道灌どうかんって奴は戦上手で食えんやつよの」
「はあ、同感どうかんです」
「なんだ、こんな時に軽口か……」
乱太郎は全く表情を変えずに、泰経の表情をまんじりともせずに見ている。
「このような状況では、気持ちにゆとりを持たれるのが肝要かと」
「うむ、まったくそうじゃな。籠城は長きに渡りそうだしのう」
泰経は、乱太郎にやや近くによる様に言い、声を潜めて話す。
「実はな、あまりよくない噂を耳にしてな」
「何でござりますか」
「この小机城の詳しい事を記した絵地図が持ち出された形跡があるのじゃ」
「絵地図でございますか……」
その絵地図には城内の兵の配備や武器の備え、そして万が一の時の脱出のための抜け穴までが記されているという。
「それが万が一相手に渡っているとすると非常によくない、敵陣に潜入してそれを確かめてはくれまいか」
「もし渡っているとすれば、それなりの備えの必要がある、ということですな」
「そうじゃ、それでもし渡る前であれば、廃するか、あるいは偽のものとすり替えてもらいたい」
「承知致しました」
◐ ◐ ◐
そのころ、太田道灌は出先基地にと借りた民家の庭先で、『風』と呼ばれる忍びの軍団を前に、呑気に立ち小便をしていた。
「この…… 戦は…… 長く…… なりそうじゃのう……」
「殿、こんな敵陣の近くで、危険にござりまするぞ」
「まあ戦は焦った方が負けじゃ、どれ、一つ歌でも詠むとするかのう」
「米津玄師か何かでござりますか?」
道灌は松の大木の下に腰掛け、小机城を見据えてこう詠んだ
「小机こづくえは~ まず手習いの~ 初めにて~ いろはにほへと~ ちりぢりとなる~~」
(小さな机は字の練習をするときに使うものだから、いろはの字を習うように戦いも簡単に終わり、相手を打ち破れるだろう、の意)
「おおおお! 殿、流石でございますな」
「そうじゃ、童たちを集めてこの歌を歌わせようぞ。『パプリカ』の様に大ヒット間違いなしじゃ!」
遠くからこの様子をこっそりうかがっていた乱太郎たちは度肝を抜かれた。
「なんじゃあの余裕は、すごいのう! 感服したわ」
「ウチの殿様はもうヤバイかもしれないっすねえ?」
道灌は、小机城と鶴見川を挟んで対岸にある小高い丘を見て言った。
「あれは……」
「亀の甲山にございまするな」
「よし、我々はあそこに陣を敷こうぞ。鶴は千年、亀は万年と言うではないか。千年でも万年でも攻め続けてやるわ! ウハハハハ!」
乱太郎たちは思わず舌打ちをした。
「冗談ではないな」
「さっさと終わらせてくれないもんっすかねえ」
道灌とお付きの者が去っていくと、道灌方の『風』と乱太郎の目が合った。
「あっ、やべ……」
乱太郎たちは、あっという間に『風』の数名に取り囲まれた。
「こんな敵陣の真ん中にのこのこやって来るとは、いい度胸だな」
「はいはい、ではお手並み拝見といたしましょうか」
「いいだろう、噂に聞く多摩忍の秘奥義を見せてもらおうか!」
「それではお見せしよう。秘儀! 多摩動物公園!!」
『風』たちの目の前に、トラ、ライオン、クロヒョウなどの猛獣が現れた。
「うわっ! ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンだ!」
「うろたえるな! これはイヌ・ネコを幻術で見せているだけだ!」
『風』達は、付近に火を放った。
「火責めというわけか……」
「ただの火責めではないぞ。秘奥義、吹けよ風! 呼べよ嵐!」
付近は炎の嵐で包まれ、おびえた猛獣は元のイヌ・ネコに姿を変えて逃げ出していく。
「これはかなわんな、ヨシ」
乱太郎ら多摩忍は一人また一人と苦しみ始め、バタバタと倒れていった。
「な、なんだ! どうしたというのだ?」
『風』達は倒れている多摩忍たちに用心深く近づく。
「お頭、間違いなく息をしておりませんぜ」
「心の蔵も止まっておりやす」
「ふむ、妙だな。まさか助からぬと思って自害したのか?」
『風』達が一瞬だけ気を逸らした瞬間、目にも止まらぬ動きで多摩忍らが斬りかかった。
「ぎゃっ」
「ぐわあああ」
「危ない! 散れ!」
『風』は半分は斬り倒され、半分は逃げ、一人が乱太郎たちに捕まった。
「あれ、こいつ女ですぜ組頭」
「くっ! こ、殺せっ!」
「まともにやったって何にも喋りそうもねえな、自白薬飲ませろや」
その女忍者は無理やり口をこじ開けられ、自白薬を飲まされた。
「おい、女、名前は!?」
「……桔梗」
「なにか知っていることを言え!」
「ん…… ハインリヒ…… 大好き」
「何言ってんだこいつ!」
「小机城の絵地図について、何か知っているか?」
「何…… 絵地図? 知らない……」
「組頭、この女は何にも知らなそうですぜ、さっさと始末しましょうか」
「いや待て、この女使えるかも知れん。生きて泳がせてみるか……」
「ええっ! 大丈夫ですかい、組頭?」
〈後編に続く〉