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姉ちゃんの運転で無事に帰ってきた俺は、今姉ちゃんに手伝って貰い、歩行の練習をしている。
ちなみに、麗奈と涼夏は麻波さん家で昼食を作っている。
「……ぐっ、はぁっ」
少しずつ力をかけ、一歩一歩踏みしめるように歩く。
一月の間使ってない足は自分の体重すら支えられずに開始5分しか立っていないのに、生まれたての子鹿の様にプルプルと情けなく震えている。
「ちくしょう、もう少し歩けると思ったんだけどな」
「焦ってもしょうがないよ、明日また挑戦しましょ?」
早く歩けるようになるに越した事はない。けど姉ちゃんの言う通りこれ以上はやっても無駄だ、衰えた筋肉は一朝一夕で身につく物ではない。
「姉ちゃん疲れた〜」
ふと、何を思ったか、姉ちゃんに甘えて見たくなった俺は姉ちゃんの腋の下から手を差し込んで、姉ちゃんの背中に抱きつく。
昔はよく嗅いでいた匂いが鼻腔をくすぐる。
嗅いでいたと言うと変態っぽいけど、姉ちゃんの匂いは落ち着くから好きだ。
「ふふっ不自由なのもあるけど、甘えん坊さんみたいねっ」
「まぁ、たまには」
自分からやっといて、俺の頬は赤く染まってるだろうな。
「お姉ちゃんなんだから、いくらでも甘えていいんだよ?」
「…………甘える」
背中越しに姉ちゃんの優しい声が聞こえる。
こうしていると昔を思い出す。
幼い頃は、イタズラ小僧だった俺は親父に、やれ春日家の長男としての自覚が足りないだの、うちでこんな事をするのはお前だけだ、この出来損ない!等と、酷い時には手を挙げられ、こっぴどく叱られていた。
親父は、昔から葉月姉ちゃんの事ばかりで俺の事なんて視界にも入れてくれないのが、幼少期の俺にとってはとても悲しかった。
イタズラをしたのだって今思うと親父の気を引きたかっただけだ。
こっぴどく叱られた後はいつもこうやって、菜月姉ちゃんの背中に抱きついて泣いていた。
「昔を思い出すねぇ、父さんにイタズラを叱られて、泣きながら私のところに来てたっけ」
「そうだな」
「これだけは葉月ちゃんじゃなくて私だけの特権だったよね、どうして?」
「んー、姉ちゃんが甘やかしてくれるから」
嘘では無い。あくまで葉月姉ちゃんの事は大好きだが、葉月姉ちゃんは天賦の才に恵まれた人だから、できない人の心理がわからない。
その為、妥協を知らず自分に厳しく、他人にも厳しい。
逆に菜月姉ちゃんは、普通の人より出来ていたが、姉と比べられ、出来ない人のレッテルを貼られていた。
だから人一倍陰で努力して、頑張って頑張って勉強の面では、葉月姉ちゃんに引けを取らなくなっていた。
菜月姉ちゃんは自分には厳しく、人には甘い。
「その所為で葉月ちゃんは良く、なんで私じゃないんだ!菜月は悠太を甘やかしすぎだ!って嘆いてたね」
俺は甘ちゃんだったのだ。葉月姉ちゃんに泣きつこうものなら慰められた後にお説教が待っているのが目に見えていた。
「しょーがねーじゃん、葉月姉ちゃん怒ると怖いし」
怒ると怖い度合いで言うと、本気で怒らせたら普段優しい分菜月姉ちゃんのが怖いのだが……。
「そんな事言ってると葉月ちゃん泣いちゃうよ?案外悠太の守護霊になってそばに居るかも知れないよ?」
その瞬間、リビングの窓が、カタカタっと揺れた気がした。
気のせいだ。そんなはずはない。
「幽霊なんてのが存在するなら葉月姉ちゃんはとっくに出てきてくれてるよ」
葉月姉ちゃんが出てきてくれない時点で死後の世界なんてのは信じない、死んだら終わりだ。
仮に存在したとして、葉月姉ちゃんとまた同じ時間を過ごせるなら俺は死んでも構わない。
チラリと、ここには居ない、涼夏や麗奈の顔が脳にチラつく……死んでも構わないは行き過ぎか。
「確かに、度を越したブラコンの葉月ちゃんなら悠太に会うために気合いで精霊とかになって具現化しそうだもんね」
そんなことが実現するのは空想の世界の話だけだが、あの人ならあり得る。
不可能を涼しい顔で可能にして出てくるだろう。
「もし、葉月姉ちゃんに会えたら何を話したい?」
「んー、葉月ちゃんは辛気臭い話は嫌いだからねぇ、天国での暮らしはどう?とかかなぁ。でも折角命を賭けて悠太を託したのに不良になるわ、ヤクザと喧嘩して骨折るわ。一体全体菜月は何を教育してきたんだって怒られそうだね」
姉ちゃんは苦笑気味に言った。
俺のやっている事は、生前の葉月姉ちゃんがやっていた事と何ら変わりは無い。
むしろ姉ちゃんの方がカツアゲされた生徒の為に他校の不良と喧嘩をしたり、暴走族から1人の女の子を守る為であったり過激な事をしていた。
唯一違うとするなら、毎度葉月姉ちゃんは無傷で帰ってきていた事だけだ。
「俺が姉ちゃんの話を聞かなかったんだから姉ちゃんに怒っても仕方ないな。その時は葉月姉ちゃんの教えを忠実に守った結果だって言ってやる」
そしたら多分、2人してお説教を食らう事になるだろう。
後ろから抱きついているので表情は伺えないが、姉ちゃん大きくな苦笑いをしている事だろう。
「じゃあ私も葉月ちゃんに言ってあげよう、今じゃ私の方が年上だからお姉ちゃんって呼びなさいってね」