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「そうだ!じゃあ蟹が届いたら悠くんちで蟹パーティーしよ!」
「いいね、それで行こう。悠太くんの家のキッチンならもう私の庭のようなもの」
いくらでも場所は貸してやる。だから涼夏と静香よ、お前達だけは純真なままで居てくれ。
蟹パーティーか、普通なら無言で蟹を剥く、静かなパーティーになりそうだけど、静香が調理したなら剥く手間も省かれて騒がしいパーティーになりそうだ。
「蟹パーティー楽しみにしてます、それでは私達はいきますねー。じゃあ組員の皆さん彼等を車に乗せてください」
山本さんが玄関まで歩いて行き、扉を開け中に声をかける。
玄関からぞろぞろと黒服達が哀れな子羊達を連れて出てきて、彼等をいつの間に用意したのか、黒塗りのワンボックスカー何台かに分けて手際よくぎゅうぎゅうに押し込んだ。
撤収の準備が整ったのを見届けて、伏見さんと山本さんも俺達が行きに乗ってきたベンツに乗り込む。
俺も麗奈に連れて行ってもらい、ベンツの横へ移動した。
「山本さん!今日は協力してくれてありがとうございました。」
「いいんですよー悠太くんは将来の若頭ですからー」
何を言ってるんだこの人は、ヤクザにはならないってこないだ言わなかったっけ。
「ならないですよ。ご期待には添えません」
山本さんがはにかむ。
「それはとても残念ですー。でもいつでも力になりますから、そうだ悠太くん、耳を貸してください」
何の話だろう。助手席に座る山本さんに素直に耳を寄せる。
ちゅっ。
「えっ!?」
「悠太さんテメェ!!」
「伏見黙りなさい。私も、熱い思いを持つ君に惚れてしまいました……今はまだほっぺで我慢しておきますので、いつか唇同士で接吻できる日を心待ちにしてますね。それでは伏見、出しなさい」
「………………はい、お嬢」
俺達の反応を待たずして、山本さんを乗せたベンツは、勢いよく去って行ってしまった。
「し、少年、君は年上キラーだな……節操が無いのはいかがなものかと思うが……」
引いてないで、俺を助けた時のようにイケメンスマイルで笑い飛ばしてくれよ、この雰囲気。
唯なんていつものクールな雰囲気を台無しにするくらい頬をハムスターみたいに膨らませて怒ってるじゃん。
「春日くんの節操無し!変態!馬鹿!私はもう帰らせていただくわ!」
「やっぱ悠太はすげえな!あんな化け物みたいなお姉さんまで惚れさせるなんて!やっぱ弟子にしてくれ!」
「待て!唯!俺が何かをしたわけじゃっ」
俺の静止も聞かず、唯はズカズカと歩き去ってしまった。
「ま、まあ?私の方が悠くんより?数ヶ月お姉さんだから?正妻だし?余裕余裕」
余裕ぶってはいるが額からダラダラと汗を流し、瞳は潤んでいる涼夏、その汗と涙拭いてから言えよ。
「ほほう、涼夏くんが正妻とな、じゃあ少年!私と麗奈はどうなるんだ!愛人か!?愛人なのか!?」
「麗奈だけならまだしもどうしてそうなったんですか……」
「この私に、か、かかか可愛いって言ってくれたじゃないか!!あれは嘘だったのか!?ヤリ目のチャラい男の甘い囁きだったのか!?」
「うわぁ春日さん最低……」
あの、静香……?頼むからいつものように名前で呼んでくれよ……引かないでくれ。
「春日、お前それは男らしくないぞ……やっぱ弟子になるのはやめるわ……」
弟子志願を辞めてくれたのは嬉しいことだが、なんだろう涙が出そう、本日何回目だよ。
琥珀さんが心底恨めしそうに近寄って来て、俺の胸ぐらを掴んできた。
「わ、私は!嬉しかったんだぞ……!学校でも可愛いなんて言ってくれる奴なんていないんだ!何をしてもカッコいい!イケメンて言われて!何故だ!」
ぶんぶんと力任せに振り回される。
それは貴方の行動や言動がが男以上に男らしいからです。
なんて言ったら俺は明日の朝日を拝むことなく、葬られる事になりそうだ。
「琥珀さんは!充分!可愛いっす!」
ぶん回されながら何とか発声する。
「どうせその場しのぎの言葉だろ!私は信じないぞ!」
「違います!学校の男子は!琥珀さんがかわいすぎて!可愛いって言えないんです!」
ピタリと琥珀さんの手が止まる。
パッと花を咲かせたように笑顔を浮かべ、こちらをキラキラとした目で見ている。
「本当か!?私は可愛いのか?」
「はぁ、はぁ、そうです、琥珀さんは可愛いですが、言葉遣いさえもう少し女の子っぽくしたら完璧美女ですよ」
「麗奈みたいな感じか?」
「そうですね、まるっきり麗奈みたいにするとそれは違うので琥珀さんっぽさを残して変えてみると、男なんてイチコロですよ」
しばらく静寂が続き、琥珀さんが恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いた。
「ゆ、悠太くん……今日は良い天気だな、喧嘩日和だね、悪党でも締めに行く?こんな感じかい……?」
「言動こそ物騒ですけど概ねそんな感じです。可愛いですよ、なぁ麗奈」
助けてくれ麗奈、お前ならこの方を納得させられる。
『ちょっとキモい』
そうだったー!この子琥珀さんに怒ってるんだったー!
「なーー!もう帰るー!悠太くんの馬鹿ー!」
何?帰る前に俺に馬鹿って言って走り去るのが流行ってんの?
足の速さもさるものながらどんどんと小さくなっていく琥珀さんの背中を俺たちは見送った。
可愛いのになあ。
「何つうか、まあ、帰るか!」
これ以上この場に止まっても居た堪れない空気になる為帰る提案をした。
「そ、うだね!帰ろ!」
「帰ろ、今日は腕によりをかけてご飯作るね」
「おー!そりゃ楽しみだ、海も来るか?」
「いいのか!?あ、でも……家の壁……」
「気にしなくて良いだろ!こんだけ騒いでも警察来なかったくらいだし!」
「そうだな!久しぶりに食べる静香の飯かー!俺回鍋肉食べたい!!」
『私は麻婆豆腐!(*´◒`*)』
ん?中華縛りなの?
「じゃあ俺は青椒肉絲!」
「私はエビチリがいい!」
「任せて、今日は満漢全席よ」
「悠くん!雪人さんも呼んでダブルシェフでパーティーしよ!歩いて帰るのも大変だし迎えにきてもらおうよ!」
「そうだな。便利屋さんみたいでちょっと気が引けるけど雪兄ならいっか!」
失敗もあったけど、喉元過ぎれば何とやら。
こいつらの笑顔を守れてよかった。
わいわいと盛り上がる仲間達を見て、雪兄に電話をかけながらそんなことを思うのだった。