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雪兄が片付けを終わらせてから、俺たちは雪兄の車に乗りこんで、家具屋を目指して出発した。
桜亭から家具屋までは、およそ10分くらいだ。
この車は新車のファミリーカーだから4人で乗ってもある程度余裕がある上にものも沢山積める。
雪兄曰く「お前たちが帰ってくると思ってでかい車にした。その方が色んな所に行けるからな!はっはっは!」とのこと。
まったく準備がいいというかなんというか。俺たちがこの街に帰ってくる日取りまで把握していたような錯覚を引き起こしてしまう。
下手な勘繰りだろうと切り捨てておこう。
雪兄の店から少し車を走らせ10分くらいの所にある家具屋『ヌトリ』で商品を見ている。
お値段以上と書かれてはいるが、まずそのお値段がそれなりに高いような気がする。
ソファーや、タンス、テーブル、フライパン、テレビ等など、姉ちゃんと涼夏のセンスに任せて順調に家具が決まっていったのだが……ベッドの所に差し掛かった時だった。
「どうせ2人で住むんだからダブルベッドを寝室に置いて2人で寝れば良いじゃない!お金もかからないし!」
「何言ってんだ姉ちゃんはそのダブルベッドとマットレスだけで俺の選んだベッドがよっつ買えるぞ」
「だってー!」
「だってもくそもねえよ」
一番安いシングルベッドを指差し、これで良いだろと伝えた所で姉ちゃんが発狂……そして今に至る。
俺としても今朝の一件が無ければ、諦めて受け入れても良かったのだが、またあんな事になったら、俺は社会的に死ぬ。
だからダブルベッドは断固として避けなければいけない。
「もう子供じゃ無いんだから男女で一緒に寝るなんて破廉恥だよ!ベッドは分けるべきだと思う!」
俺に代わり涼夏が戦ってくれている。
今日だけで何回目の感謝になるかわからないが、もう女神と言っても過言では無い。
ちなみに雪兄は、女性同士の熾烈な言い争いには参加したく無いようで自分は関係ないっす。
と言わんばかりに、俺たちと距離を取り、無関係を装って、1人で別のベッドを眺めている。
役に立たねえ兄貴分だな。
「姉弟なんだからお姉ちゃんは破廉恥ではないと思いまーす、そんな事を考える涼夏の方が破廉恥だと思いまーす」
「悠くんに絡みついて不埒な夢を見てた、なっちゃんがそんな事言っても信用できませーん!ダメでーす!」
「おいおいその辺で」
「そんな夢見てませーん、弟はあくまで弟でーす」
「悠くんのファーストキスを私より先に奪い去った姉の言う事なんて信用できませーん!ダメでーす」
くそ、俺の話は無視か。
俺のファーストキスって赤ん坊の時の話しだろ?葉月姉ちゃんと菜月姉ちゃんが喧嘩した時によく聞いたよ。
「海外では家族同士でキスなんて挨拶がわりでーす、恋愛感情には入りませーん」
「ここは日本でーす!郷に入らば郷に従ってくださーい!て事でダメでーす!」
「ちなみに、悠くんのセカンドキスは葉月ちゃん、つまり涼夏はどうあがいても3番目の女でーす」
「流石に涼夏さんムカついちゃいました!表でろ」
「表に行きたいなら1人で行けばいいと思うなぁ。その間にベッド買うから」
本人達は真剣に言い合っているつもりなのだろう。
だが、側から見てたらただ子供の言い合いだ。
それに先程から、俺のメンタルを削ぎに来ている気がするのは気のせいだろうか……。
「なぁ、雪兄、あれ…そろそろ止めてくれないか…?」
無関係を通り越し、空気と同化している雪兄に仲裁を頼む。
頼りになるのはデリカシー皆無の男。雪兄。あんただけだ。
「ハッハッハ、ありゃ無理だろ!見てみろ涼夏と菜月の目、百獣の王も裸足で逃げ出すな!」
あれー、やけに弱気だな、さすがに女子2人の間に入るのは無理か……?だけど……!
この人を動かさなければ恥ずかしくて、俺は二度とこの店に来れねえよ。
「その百獣の王より強くてイケメンな雪兄なら、あの2人を止められると思ってたんだけどな……肝心な所で頼りにならないのか」
ちょっと煽ってプライドを刺激してやると段々ムッとした表情に変わっていく。
「何!?俺が頼りにならないだと……待ってろ悠太、俺があのクレイジーモンスター達を止めてやる!」
直ぐに言うことを聞いてくれた。
流石雪兄、ちょろい。
「おーさすが雪兄」
「ハッハッハ、止められた暁には敬意を評してお兄ちゃん、って呼んでもいいぞ!てか呼べ!」
大丈夫。雪兄ならきっと止められる。
「ん、考えとく」
「よし!お兄ちゃん行ってくるな!ハッハッハ!」
俺に頼られて嬉しいそうに、なんだかちょっと気持ち悪い雪兄が勇足で、2人に近づき、間に割って入る。
「2人とも他のお客さんにも迷惑だぞ!ここはお兄ちゃんの顔にめ」
めきゃっ!って音がしたぞ。
涼夏は自慢の拳、姉ちゃんは持っていたフライパンで雪兄の顔面を打ち抜いた……。
どうやらお兄ちゃんの顔に免じては貰えなかったようだ。
「………………かっこわりぃ」
そう吐き捨て、2人が言い争いをしている目的のダブルベッドに雪兄を寝かせてその場を後にした。
そうだ。俺も関係ない振りをしておけばいい。あの場に留まる必要はないんだ。
喧騒から離れて俺は再び調理器具を見ている。
離れているとはいっても同じ店内なので、2人のやり取りはこちらに聞こえている。
必要そうな物は先程一通り、カートに入れた。
だけどそれは俺が使う調理用具であって、姉ちゃんが扱えるものじゃない。
普段から起きるのが遅い姉ちゃんの事だから無いとは思うが、万が一俺より早く起きたとする。
そのまま気が向いてしまい、料理をするなんて大それたことをし始めるかもしれない。
そうなったら包丁の扱いすらまともにできない姉ちゃんの鮮血で我が家のキッチンは朝から真っ赤に染るだろう。
俺は真っ赤な味噌汁なんて飲みたくない。
だからせめて怪我をしないタイプの包丁(プラスチック子供用)を探している。
この包丁と、ピーラーさえあれば、流石に姉ちゃんが怪我をすることもない。
後はコンロとミキサーと電気ケトルを禁止しておけば安心だ。
あれ?サラダ以外つくれなくね?
「あら〜妹さんとお料理ですかぁ?」
店員さんが話しかけてきた。今日はあまりお客さんも居ないので暇だったのだろう。
見た目は20代前半くらいで髪は黒髪にセミロング、口元には特徴的な艷黒子があり、目が悪いのか野暮ったい眼鏡をかけている。
よく見てみると随分綺麗な人だ。
胸に付けられたプレートには山本と書かれている。
「いえ、姉のです」
山本さんが驚いた表情をしている、俺が持ってる調理器具が子供用だから無理もない。
「お、お姉さんとなんですね……それ子供用ですけどっ」
この店員さん失礼にならない様に笑いを堪えてるな。
「ああ、似たような物です」
「あっはははは!ご、ごめんなさい…!」
最初から笑わせるつもりで言ったので問題は無い。
未だに姉と幼馴染は、寝具売り場で自らと俺の恥を大声で晒し続けてるから、これくらいの仕返しはしても良いだろ。
「お気になさらず、そう言えば寝具売り場で言い争っている女性2人が居たけど、そのままにしてて良いんです?」
身内なんですけどね。
このお姉さんがあの争いを諌めてくれると助かる。
流石にあの2人も店員さんに言われたら止まるでしょ。
「あら、大変申し訳ありません!すぐ対処してきますね、少々お待ちを、すぐ戻って参りますので」
戻って来なくても一向に構わないんだけどな。
山本さんが寝具売り場へと歩いて行ったのを見送ると、そのまま言い争いが見える位置で聞き耳を立てる。
「お客様ー、申し訳ありませんが、あちらに居る女性のお客様がお困りのようなので、もう少し声を落としていただけると助かりますー」
こちらを指差し、女性客と言い、2人に注意した。
麗奈さんと言い、山本さんと言い、声で気づかない物なのかな…?
後、この場合誰が密告したとか、後のトラブルが起きない様に言わない物じゃないのか?天然なのか?
すみません、と頭を下げた2人と山本さんが顔を寄せ、こそこそと話している。
そして決着がついたのか、2人でサムズアップ、それを見て山本さんもサムズアップ、そしてこちらに向かって歩いて来た。
「ふふん、お客様!この山本がトラブルを解決してきました、褒めてください!」
なんだろう、嫌な予感がする。
「あ、ありがとうございます、それでシングルベッドで話がついたんだよな?姉ちゃん?」
「ううん、ダブルベッドだよ、これから一緒に寝るんだよ、3人で」
「えへへ、なっちゃんが私も混ぜてくれるって!これでダブルベッドで一緒に寝られるね!悠くん!」
「あ、あと、おおおおおきゃくさば!お姉様からお聞きしましたが!!本物の男の娘なんですよね!!?ブハ!私も今度お家にお邪魔しても!?」
「山本さんは私達の親友だからね、もちろんいつでも来てね!」
クソ喰らえだ……つーか友達になるのはえーよ。