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「……ぃーぉ、ぃーこ」
同意して頷くと麗奈の暖かい手が伸びてきて俺の頭を撫でた。
超至近距離での撫で撫では気恥ずかしい。
「麗奈……その、泣かせたり、怒らせてごめんな」
いつもなんでも受け入れてくれ、無表情ながら優しい麗奈を泣かせたり、怒らせたのは何気に凄く気になる。
ましてや初めて見た表情だからな……。
『……どうせなら、笑顔にしてね(о´∀`о)』
こんな空気だからこそ、いつもなら恥ずかしくて言えない言葉もスッと出せそうな気がするな。
「約束する。麗奈がいつか心から笑えるようになるまで、話せるようになるまで、ずっとそばにいる」
『ふふっ、嬉しい。また約束が一つ増えちゃったね』
「そうだな、でも俺は約束を絶対守れる男になるから、そばで見ててくれ」
見る見るうちに麗奈の頬が赤く染まっていく。
それを隠すように俺にまた抱きつき胸元に顔を埋めた。
応じるように俺も麗奈の背中に手を回す。
「お熱いところ悪いんですけどー、一つ相談がありましてー」
――――――――――っ!
限界の方から山本さんの声が聞こえ俺達は慌てて離れた。麗奈は少し名残惜しそうにしているが見られるのは恥ずかしいので仕方がない。
玄関の方に視線を向けると、ニヤニヤ顔でこちらを見ている山本さん、涼夏、唯、静香、海がいた。
その後ろでは伏見さんが申し訳なさそうに頭を下げている。
ていうか、海居たのな、とっくに病院送りになってると思ってた。
「ななな、なんですきゃ!?」
恥ずかしさマックスで吃ってしまい、さらに恥ずかしさが加速していく……。
同じような事が2週間前にもあった気がする。
「約束する。麗奈がいつか心から笑えるようになるまで、話せるようになるまで、ずっとそばにいる、私も言われたいよ悠くん!」
「そうだな、でも俺は絶対約束を守る男になるから、そばで見ててくれ、私との約束は覚えても居ない癖に何を盛っているのかしら?」
――――――――――――――!
「いつから覗いてたんだお前らぁ!!声真似をするな恥ずかしい!」
「きゃー、真っ赤な顔したゆーくんがおこったー」
「こわーい助けて静香ー」
「私が守る。約束する。2人の笑顔は私が守る、私は約束を守らない女だから」
俺の発言を掘り返す様に、棒読みで助けを求める2人の前に立ちはだかる静香、恩返しを望んでいる訳ではないが、早速仇で返されるとは思わなかった……ぐぬぬ。
「全部だ……ごめん麗奈、俺……自分の思い上がりじゃなければ麗奈から一生……表情を奪ってしまうところだった……よく気がついたな少年!」
「う、うっす」
そこからか、そこからなのか?
漏れなく恥ずかしい部分を全て聞かれていたのね……。
嘘偽りのない言葉だけど、麗奈以外に聞かれていたとは思わなかった……死にたい。
「少年!今回は私も悪かったが、次麗奈を泣かせたら許さないからな!と言うわけで麗奈、仲直りしよう、さあこっちにおいで……」
まるで保護者みたいだもんな、さっき拒否されて、きっと悲しかったんだろう。
手を広げて麗奈を迎え入れる準備をしているが。
「…………ゃっ!」
麗奈は俺の腕に抱きつきプイッと顔を背けた。
「………………そんなぁ、反抗期だぁ」
いつかテレビで見た思春期の子を持つ父親の様に項垂れ、膝から崩れ落ちた、口から魂抜けてないか?
「悠太!見た目に反して男らしいな!俺も悠太みてぇになりてえ!弟子にしてくれ!」
「うるせえ!お前みたいな弟子は要らん!」
「なんでだ!俺は悠太のこと結構好きだぞ!」
「海くんに悠くんはあげないよ!」「そうよ、春日くんは私の……」
女子が3人寄れば姦しいとは言うが、3人どころか女子6人プラスアルファになると姦しいを通り越して喧しい。
「ぐふっ……こほんこほん、えー、あのー、話しが進まないので皆さん少し静かにしましょう」
そんな喧しい奴らを山本さんが宥めるがみんな思い思いに、騒ぎ続けている。
まずい、それ以上騒ぐと。
「伏見、チャカを貸してください」
1人の例外を除いてみんなが下を向いて一斉に静かになった。
その1人とは、麗奈の拒絶に絶望して大声で騒いでいる琥珀さんだ。なんでなんだー!私は育て方を間違えてしまったのかー!等と自らの罪を償う様に外壁に頭を打ち付けている。
許してもらえたからいいものの、俺も麗奈から顔を背けられたら、ああなる自信があるから同情するよ……。
「あの方はー放っておきましょう、何かすると私が痛めつけられかねませんのでー、話っていうのは静香ちゃんの事なのですがー」
なんと、菜月姉ちゃん以外に山本さんの弱点を発見することになるとは、もし本気で扱いに困った時は琥珀さんを呼べば……駄目だ、毒を持って毒を制すどころか猛毒に侵されるに違いない、やめておこう。
「あの、そこまで神妙な顔して考え込まなくてもー聞いてますか?」
いけないいけない、思わぬ収穫につい考え込んでしまっていたようだ、胸の大きな山本さんがしゃがんで俺の顔を覗き込んでいる。その眺めやよし。
ぎゅぅう!
「痛い痛い!ちゃんと聞いてるから!麗奈抓らないで!」
つい鼻の下を伸ばしてしまったのが麗奈にバレたのか、腕をつねってきた。
遠くでは胸の無い涼夏と唯が自分の胸に手を当て、虚しさに天を仰ぐ。
「静香ちゃんの家が文字通りぐちゃぐちゃになってしまったので、もうしばらく悠太くんの家で預かって貰いたいんですよー」
山本さんがこれ以上本題から逸れたく無いのか、全員を無視して話を進める。