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麗奈と靴を履いて外に出ると、静香の家の花壇のある腰位ある高さほどの壁に俺が先に座らされ、麗奈が横に座ると、また先程のように抱きついてきた。
ここ最近ずっとそばにいる為、麗奈から発される女の子特有の香りに対する免疫は付いているが、密着するように抱かれている為、いつもより強い麗奈の香りかつ、柔らかい感触にドギマギしてしまう。
「れ、麗奈、俺も男だから離れてっ」
「………………ゃっ!」
思っている事をそのまま麗奈に伝えるが離してくれる気配はなく、むしろ抱きしめる力が強くなった。
ガチ泣きしてるみたいだから無理に引き剥がす事はしたくないし、困ったな。
1秒でも早く泣き止んでもらう為に頭を撫でてみる。ピクッと一瞬肩が反応した。
2人きりのまま時間が過ぎていく。しばらく撫でていると、ようやく落ち着いてきたのか、泣き顔を俺に見せないように抱きついたまま、スマホを取り出して操作を始めた。
『本当に殺されちゃうと思って、さっきのドッキリもそう。二度と君に会えなくなると思うと悲しくて、辛くて』
スマホに書かれた文字からはとても悲壮感が漂っており、読んだ俺も胸が締め付けられるように苦しい。
「ごめんな……イタズラでも二度としないよ」
今日の俺の格好も相まってきっと真姫ちゃんの事も思い出しちゃったんだよな……。
トラウマを呼び起こさせてしまって本当に申し訳ない。
『君は約束を軽く見てる』
「そんな事ないよ、俺は麗奈が生きたいと思えるようになるまでずっと麗奈の隣にいる」
麗奈が顔を上げた。いつもの無表情とは違い、眉を険しく寄せ瞼は泣き腫らしてして、目が赤く充血している。
笑顔になれるようにと思ってたのに、こんな顔、させちまったんだな……。
『じゃあなんで、死ぬような場面で迷わず突っ込めるの?』
「それは!」
続く言葉が思いつかず、思わず口どもってしまった。
『亡くなったお姉さんの教えっていつも言ってるけど本当?』
確信をつくような一言だ。
「そうだよ。葉月姉ちゃんの教えがあるから今の俺がある。何を行動するにもそれを頭の中で引っ張り出してる」
要するに多分、俺には、これ(葉月姉ちゃんの教え)が無いと自分から行動する意思を持てないのだ。
『お姉さんの教えが間違ってるとは言わない。でも君のやり方では自分の身を安く見すぎてる』
葉月姉ちゃんの教えに従ったとは言え、姉ちゃんなら命を投げ打つ事はせず、自信満々の笑みで完全勝利を収めるた事だろう。
麗奈の言う通りだ。俺は弱いから自分の命を賭けないと誰かを助けることも叶わない。
けど、姉ちゃんの教えに従わないと自分が自分で無くなってしまいそうで怖い。
「でも、俺は……葉月姉ちゃんの教えが無いと、自分の意思で行動出来ない……」
俺がそういうと、麗奈から険しい表情が消え、いつもの無表情に戻った。
『私を助けてくれた時も、お姉さんの教え?』
「あの時は明確な怒りがあった、当時の事を再現するように麗奈を襲ってた男に腹が立ったんだ」
『じゃあ私の家で、私が生きたいって思えるように力になりたいって言ってくれた時は?』
「姉ちゃんの教えを照れ隠しに使ったけど、同じ境遇の麗奈を励ましたいと思った」
『友達を助けたいと思ったのは?』
「俺の意思だ、あいつらに何かあると涼夏が悲しむ、それに俺と同じ思いを誰かにさせたく無い」
『こうやって整理して見ると、お姉さんの教えがなくても、君の人助けにちゃんとした意思があるね、だから、お姉さんの教えに従っても良い。間違っては居ないから』
「うん」
『だから教えの中で、君が君である為に本当に後悔しない選択を選ぼう、死んだとして本当に後悔や心残りは無い?胸に手を当ててよーく考えてみて』
麗奈に言われた通りに自分の胸に手を当てる。
死んだとしての後悔……姉ちゃんや涼夏、蓮さん、雪兄がまず、落ち込むだろうな、新しくできた友達もそうだ
でもそれは時が過ぎれば解決………………出来ないよな、その証拠に今も俺は葉月姉ちゃんの事を思って前に進めていないんだから。
姉ちゃんの事件の犯人もまだ見つかってない。
それに唯と出会った理由もまだ聞いてないし、隣にいる麗奈との約束も中途半端になってしまう。
死んだら麗奈の話す声や笑った顔が見れなくなる……むしろ永遠に表情を奪ってしまうかもしれない……それは嫌だ。
改めて自分が死んだ後の世界を想像して胸の奥がチクリと痛む。
『そんな悲しそうな顔をする程考えてみてどうだった?』
「俺は……死にたくない」
『それは自分の為?みんなの為?私の為?』
「全部だ……ごめん麗奈、俺……自分の思い上がりじゃなければ麗奈から一生……表情を奪ってしまうところだった……」
『わかってくれればいいんだよ。君に何かあると悲しむ人達がいるの、入院した時にも言われたと思うけどね。だからお姉さんともう一つ約束して欲しいの』
「約束?」
『麗奈お姉さんの教えとして、どんな場合でも一度交わした約束は守る事。もし何かあったら、その時は何が何でも約束を守る為の最善手を打って欲しいな、どうせ君は周りの人に何かあったら、自分が出来る以上に手を尽くさないと気が済まないんだから』
「約束……わかった」




