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途端に足がガクガクと震え始め、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「何だぁ?威勢よく出てきた割には怯えてんのかぁ??そそるねえ!」
何を言ってるんだこいつは、パニックを起こしてしまった俺の耳は正常に声を聞き取ってくれず、視界がグラグラと揺れ始めた。駄目だ、耐えろ、俺はこいつを狩るんだ。好機を逃すな!
男の手が遂に俺の首に回され、羽交い締めにされそうになった瞬間。
「ぐっは!!」
折れてない片手の肘を男の鳩尾にぶつけた、これが俺の策、つまり先程若頭を倒した時と一緒だ。瞬間男の力が少し緩む。女の方も呆気に取られた顔をしている。
「涼夏ぁ!唯を助けろぉ!」
すかさずギブスを嵌められた腕で包丁を弾き飛ばす、何かが猛スピードで俺の横を通り過ぎた、涼夏だ。
「よくも唯と静香をぉお!」
呆気に取られて隙だらけの女の顔に、全速力で飛び込んだ涼夏の蹴りがクリーンヒットし、女は堪らず吹き飛んだ。
くそ、素手での殴り合いは不利だな、拾わせてもらうか。
弾き飛ばした包丁を拾おうと手を伸ばし、手に取ったが寸前で髪を引っ張られ、振り回されてしまう。
「手間取らせやがって!」
「ぐぅっ!」
横っ腹に衝撃が走り、肺に溜まった空気を全て吐き出してしまったような感覚に陥る。
いてえな、この野郎……。
「もうやめてー!私の友達に乱暴しないで!」
「うるせえ!」
「きゃっ!」
静香が男の足を抱え込むが、蹴り剥がされて俺は依然として髪は掴まれたまま、男は俺を殴る蹴る。……このままじゃ殺られる!
手にしていた包丁で髪を切り捨て、転がるようにして男と距離を取る。
痛みに耐えながらもこいつを離さなくて良かった……。
「髪を犠牲にして逃げようがお前は怪我人なんだよ!さっさと大人しくしろ!!」
男が大きく腕を振り上げた、涼夏と唯も女を拘束していて動けない……ちくしょう万事休すか。
その時、俺の後方から、石が飛来し、男の顔面に直撃した。投げたのは麗奈か。
「いっでえええ!」
後ろに視線をやると、麗奈が泣きそうな顔で次の石を探している。
「いまだ!………………っ!」
男が痛みに呻いている間に立ちあがろうとするが、散々足に無理を効かせたのが祟った……足が言う事を聞いてくれず、左足からは激痛、とてもじゃないけど立ち上がれない。
額から汗が伝う。
「ちくしょう、こうなったらここにいる全員金にしてやる!お前が馬鹿をしなきゃお前だけだったのに残念だったなぁ!」
「馬鹿は貴様だ……少年、遅れてすまなかった」
「いえ、ナイスタイミングですよ、身体的にもそろそろ限界だったんで……。」
男が今度こそ俺を仕留めようと、また大きく腕を振り上げだその時、かっこいいハスキーボイスが聞こえ、何者かが男の腕を掴み上げ、取り押さえた。
やっと来てくれたか……助かったぁぁあ!
万策つきこれから更に痛ぶられようとしていた俺の心からの安堵だ。
「もう安心してくれ、私が来たからには悪は許さない。あの世に送ってやる」
「そいつらにはまだ利用価値があるみたいなんで……半殺し程度でお願いします」
「むむ、了解した」
「いででででで!何を普通に会話してやがる!誰だお前は!離しやがれ!」
「悪党に名乗る名など持ち合わせていない!」
悪党に名乗る名前を持ち合わせていないその人とは、赤髪を一本に束ね、それが風に揺れていてまるでヒーローのマフラーを表しているようで、俺が待ちに待ち焦がれていたヒーロー……いつもは凛々しいご尊顔を怒りに歪めて立っている、琥珀さんだ。
「安心しろ、私は慈悲深い……一撃で沈めてやる」
琥珀さんが、男を軽く突き飛ばし、よろける。
一歩、大地を踏みしめるが如くドカンと踏み込み、体を大きく捻り、文字通り渾身の一撃を男の腹に打ち込んだ。
「うぼぁ!!!」
琥珀さんの本気の殴りを受けた男が、2メートルくらい先の壁まで吹き飛んだ。まるでアニメのようだ。
いやー、あれは絶対喰らいたくねえ、この人どんな鍛え方をしたら、あんなただの殴りが必殺技になっちまうんだよ。
「ふん、軟弱者が、今のは6割くらいしか出していない」
今ので6割?全力なら岩とか破壊しちゃうの?
殴られた男もピクリとも動いていない。
女の方は未だ唯と涼夏相手に抵抗を続けているが、琥珀さんは目もくれず、俺に手を差し出した。
「ほら、私が手を貸してやる、立ち上がれ」
「ありがとうございます!」
差し出された手をありがたく掴むと力強く引っ張られ立ち上がるが、ギブスを嵌めている足がズキズキと痛む。
「ん、痛むのか、麗奈支えてやってくれ」
「悪い……麗奈」
琥珀さんに言われた麗奈がコクコクと頷いて、俺の隣に来たので、今朝のように肩に手を回して体重を預ける。
「ところで少年、他に悪党は残ってないか?居るなら私が成敗してくるが」
「きっと片付いてると思いますけど、静香の家で俺たちの仲間とヤクザが戦ってます……」
「そうか……静香とやら、案内してもらってもいいかな?私が正義の鉄槌を下してやる!」
戦いが一撃で終わってしまい血が滾ってしまっているのだろう、琥珀さんが好戦的な笑みを浮かべて拳を鳴らす。
「わかりました、案内しますのでついて来てください」
「ハッハッハ!少年!君は後始末を付けてからゆっくり来るといい!私が居れば百人力だ!」
威風堂々、という言葉が似合うだろう。琥珀さんは静香の腰に手を回しイケメンスマイルで去っていった。