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若頭がやられた事で焦りを感じ始めたのか、奥にいた静香の両親が後ずさるような怪しい動きを取っている。
視線の先にはキッチンの勝手口がある。
「どうせもう金は受け取ったんだ……逃げるぞ!」
「え、ええ!」
まだ味方の旗色が悪くなっただけなのに、見捨てて外へと逃げていった。
「悠太君!こちらは大丈夫なので追ってください!」
「わかりました!涼夏!先に行け!」
大人2人が裸足で逃げ出そうと、涼夏ならなんなく追いつける。
そう思って、涼夏に指示を出したのだが……。
涼夏が俺を軽く持ち上げ、玄関へとダッシュ、その後ろには麗奈がついてくる。お姫様抱っこリターンズだ。
「私達はチームだからね、悠くんだけ置いてけないよ」
「さすがのお前でも俺を抱えて追いつけるわけ無いだろ!」
「ところがどっこい!悠くん軽いから余裕だよ!」
確かに俺の体重は平均より軽い、それでも40kg以上はある。
涼夏はそんな重りを物ともせず、駆け抜ける、むしろ麗奈が少し遅れているくらいだ。
玄関を飛び出し外に出ると、2人が白いワゴンの鍵を開けようとしているところだった。
「ちっ追ってきやがって!金さえあれば良い!このまま逃げるぞ!」
男の方がそう叫び、車を諦めて走り出した。
それを3人で追いかける。俺を抱えて走る涼夏では流石に追い付けないようで、少しずつ差が開いていく。
「ほら言わんこっちゃ無い!今からでも遅く無いから俺を置いていけ!」
「大丈夫だよ!まだスピードあげれるから!」
マジかよ、人間か疑わしくなって来た。
涼夏に抱えられたまま、揺られているとピロリとラインの通知を知らせる音が鳴ったので、ポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。
……これなら、俺達だけでも何とかなるな。
「追いついてくるぞ!」
ぐんぐんとスピードを上げ、距離を縮めていく。
距離的には後5メートル程だ。
「こっちよ!」
2人が曲がり角を曲がっていく。
こちらは俺を抱えている為、加速を殺す事が出来ず当然曲がりきれないだろう、壁が猛スピードで迫っている。
「こん……ちくしょー!」
壁に激突する寸前で視界がぐるっと90度回った。
涼夏が足を前に出し、壁を蹴って無理やり方向転換した……うん、こいつは人間やめてる。
「おい!止まれよ!こいつがどうなってもいいのか?」
壁との衝突を回避したのも束の間、必死で追っていたから気づかなかった……ここは伏見さんが車を止めた場所だ。
「いったいわね!その汚い手を離しなさいよ!」
「うるさい小娘だわ!大人しくしてなさいよ!」
視線の先には男に包丁を突きつけられた静香と女に髪を掴まれ、無理やり跪かされている唯がいる。
娘に包丁を向けるなんてどこまでも腐った奴らだ。
「降ろせ涼夏」
「うん」
「涼夏、麗奈、この後俺が何を言っても黙っててくれ」
涼夏に降ろして貰い、男女に聞こえないよう小声で指示を出して向き直る。
「へへ!最後の最後で役に立ってくれるなんてなあ静香……お前を育てて良かったぜぇ」
アニメで見る最後に必ず成敗される悪役みたいな事を言ってニヤついている。
静香も包丁を突きつけられ、恐怖から足が震えている。
その光景に四年前の光景がチラつく。
今度こそ、助けてやるからな。
「おい、2人も人質に取ったまま逃げるつもりか?」
極めて冷静に話す、その場に居る全員の視線が俺に釘付けになっている。
「ああそうだよ!そのまま逃げて、ほとぼりが覚めたらセットで売りに出してやんよ!」
ぜってー許さねえ、こいつらは俺が直々に罰を下してやる。
「2人も連れて運転なんかできるのか?大人しい静香はともかく隣にいる唯は命がけでも抵抗すると思うぜ?」
「ならぼっこぼこにして大人しくさせるまでだよ!」
「まあ落ち着けよ、その間に静香が逃げたら?逆に唯がお前らを蹴散らすかもしれないぞ……そこで提案なんだが」
「ふざけた提案だったらガキを1人刺し殺してやる!言ってみろ!」
「俺を人質にしないか?唯も静香も大事な友達なんだ……幸い腕も足も折れてる、松葉杖だって折れちまってもう武器にはならない。体重だって軽いから男の力なら軽く運べる、さっきだって見たろ?こいつが軽々と運んでるのを」
男が考え込むような姿勢を取る。
提案にのってくれたら僥倖、仮に別に人質交換なんて出来なくても良い。時間が稼げればあの人が来る。
「あんた、あいつの言う通りここはあいつを連れてった方がいいんじゃないのかい?」
女の方は乗り気のようだ、いいぞ、揺れろ揺れろ。
「そうだな……何とまあ美しい友情ってやつ?泣かせるねえ!いいぞ!こっちに来な!」
「ああ、と言うわけだ、麗奈、涼夏、ごめん行ってくる」
ギブスの嵌められた足でぎこちなく一歩一歩男達の方へと進んでいく。ズキズキとギブスの中で足が痛む。
「早く来いよ!モタモタすんな!」
男から怒声を浴びせられるが、これは演技では無い。
「足が折れてるんだ……どうせならそっちから迎えに来てくれ」
「っち!仕方ねえな!おいそこの2人!下がれよ!」
「悪い、2人とも下がってくれるか?」
「う、うん」
「ほら歩け!」
麗奈を庇うようにして、涼夏が後ろへと下がると、獲物が静香を人質に取ったまま意気揚々と近づいてくる。
「ほーう、近くで見ると随分上玉だなぁ!胸はねえみたいだけど売りに出す前に楽しんでやるから感謝しろよ!!」
「きゃぁ!」
男が静香を解放し、下卑た笑みを浮かべながら俺へと手を伸ばす。静香が地面にへたり込み、心配そうに俺を見つめているが俺の内心はそれどころ無い。
男の下卑た笑みがまるで、近松組の事務所で見たあの忌々しいヤクザと同じ顔で、あの時植え付けられたトラウマが頭をよぎる。