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「このパリピどもめ、あ、ありがとう」
嬉しくない事もない、むしろ俺のノミほどの小さな心臓は嬉しさからか、はたまたクラッカーの炸裂音に驚いているのか、とくんとくんと早いスピードでビートを刻んでいる。
つまり心の中でも外でも悪態ついたのは照れ隠しだ。
「んっふっふー悠くん照れてる照れてるぅー」
「そ、そろそろ立ってもいい……?指先の感覚が無くなってきたわ」
「んーもう少し反省してて欲しいよ!あんなことして!」
プンスカプンスカ怒っているのがわかりやすく頬を膨らませている、けしからんな!あんな事をしての部分を詳しく聞きたい。
「悠くんも正座する?」
ギラリ、と涼夏の目つきが厳しい物に変わった。
しまった、顔に出ていたか!自重しよう。
「まあまあ、折角みんな集まったんだから、もうその話は終わりにしましょう」
唯が涼夏の肩を揉みながら落ち着かせる。
「むー、唯がそう言うなら……美鈴も静香も次は本気でお仕置きだからね、悠くんもだよ!」
どうやら落ち着いてくれたようだ。助かった……。
「わかったわ、調子に乗りすぎたわね。ごめんなさい!」
「わかった、ごめん涼夏」
2人が謝罪を終え立ち上がろうと手をつき、前屈みになったと同時に今まで止められていた血流が足に流れ始めたようでびくびくびくっと体が震えた。
それはそうだ、足の感覚が無くなるほど正座してたんだもんな、手を貸してやりたいが俺も足が悪いから無理だ。
2人とも背面にあった壁を支えにビリビリと痺れる足を抑えながら立ち上がった。
「そういえば、どうしてこの場に海を呼んでやらなかったんだ?」
実は先程から気になっていたが聞けなかった事を質問してみる。
女子会、ではない限り海もこの場に呼ばれているであろう、女子会ではない限りな。
「だって春日くんは今回の事件で男性恐怖症になったのでしょう?だから浅井くんには悪いけど、今日はお留守番よ」
先に席に座りながら、唯が答えてくれた。
麗奈もしくは、涼夏が近くに居ればなんとか大丈夫なのだが……俺を気遣ってくれての事なら、仕方ない。
「麗奈か涼夏が一緒に居れば症状は軽くなるから、次は呼んでやってくれ、俺もこのトラウマは早めに何とかしたい」
女子の麗奈と違って俺は男なので、出来ればこの厄介なトラウマは早めに治したい。
家や外では2人が一緒にいてくれるが、学校に行けば麗奈とは学年が違う為、頼れるのは涼夏のみ……それでも体育になると女子と男子は別になる。そうなったら俺は過呼吸を起こして倒れる事間違いなし、忌々しい。
『ゆっくりでいいんだよ、無理すると疲れちゃうよ。お姉さんは君のそばにいるから( ´∀`)』
「麗奈さんの言う通りだよ!教室には私もいるからゆっくりなおそ?」
「悠太が気にしてるのは体育とかの授業の方よね、顔だけ見たら女の子だからこっちに混ざったら?先生も気づかないわよ」
「確かに!明日立花先生に相談してみようか?」
静香より先に痺れから解放された美鈴が憎まれ口を叩き、それに涼夏が賛同する。
この俺の男らしい足を見せつけて……剃られて無くなってるんだった。
それに、あの女子大好き男子大嫌いを地でいく立花先生の事だ、そんなことを許してくれる筈もないし、俺も女子に混ざるのは嫌だ。
『お姉さんのクラスに混ざる?(*´꒳`*)』
体育には出なくて良くなるけどクラスにいないんじゃそれは流石にバレるだろうが。
「どっちも駄目だ……立花先生もいい顔しないだろ?まあしばらくは足の事もあるし、保健室にでも逃げ込むさ、足が治るまでに治すさ」
「立花先生は悠くんの事なら助けになってくれると思うよ、事件の事も自分が酔って転けた事にして黙っててさ、あの後うちに来て、なっちゃんとお母さんの前で土下座してたんだよ」
初日の態度を見て馬鹿にしていた自分が恥ずかしくなるレベルでいい先生だったんだな、あの人。でも、女だと勘違いして口説かれて、勘違いだと分かった瞬間あの態度、仕方ないよね。
「あの人こそ巻き込まれただけなのにな」
「それでも、止めるのが大人なんだってさ、悠くんなんか止めても1人で行っちゃうのにね!」
「もう、意地悪はやめてご飯にしましょ、料理冷めてるわよ」
「わかったー!それでは皆さん御着席ください!いいですね、それではいただきます」
涼夏に促されるまま、席に着くと口々にいただきますと述べて食事を始めた。
涼夏ってこんなに根に持つタイプだっけ、もしかして空白の四年間、俺が居なかったせいで変わってしまったのか…?もしくはイメージの中で理想の涼夏を作って、それを押し付けているか、どちらかだ。
多分後者だろう。俺は未だ、現実から逃げて思い出の中にいるのかも知れない。
『暗い顔してどうしたの?これ美味しいよ(๑˃̵ᴗ˂̵)』
麗奈のスマホのお陰で現実へと戻る。いけねえ、またトラウマ再発させるところだった。
麗奈が肉じゃがのじゃがいもを箸で挟んでこちらに差し出しているので、いつも通りそれを口に入れ、咀嚼をする。少し冷めてはいるが涼夏が念入りに味付けをしたのだろう、うまい。