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2週間ぶりに入る麻波さん家は当時のような、外からでも感じられるアットホームな温かみはなく、おどろおどろしく空気が澱んでいて、玄関を開けるのすら躊躇われる。
とは言っても原因は中で仁王立ちで同級生2人をお説教してるであろう幼馴染に会う事を恐れた俺が見ている幻影によるもので、実際のところ見た目にはなんの変化はない。
つまり俺たちはまだ外で、地獄に飛び込むのを躊躇している状態だ。
『鍵閉めてさ、家で大人しくしてようか(^◇^;)』
それをやった後を想像してみる、恐怖を後に引き伸ばしにするだけで何の解決にもなっていないし、奴の怒りを倍増させる事となるだろう。
「昔の話だ、俺は奴と公園で遊んでた……そうだ、トラウマの公園でな」
突然昔話を切り出した俺に麗奈が首を傾げる。
「まあ黙って聞いてくれ、あの日俺たちは木登りをして遊んでた。どっちが高い場所に登れるか競ってな」
小さい時の俺たちを思い浮かべているのだろう、少し表情を緩めた麗奈がコクコクと頷く。
「競い合って登っていたから、涼夏はついに自分で降りられない場所まで登ってしまったんだ、地上から2メートル、今ならなんて事ない高さだが、当時の俺たちには死ぬほど高い場所だった」
それはそうだよね、と先程まで緩んでいた麗奈の表情が俺の話に合わせて強張っていく。
「俺はいち早く木から降りて、落ちるかもと恐怖で立ちすくむ涼夏を笑い飛ばし、いじり倒した。次の瞬間だ」
ゴクリ、と麗奈が固唾を飲んだ。
「スタン!と涼夏が飛び降りて……眼に光のない涼夏と目があった」
「こんな風に?」
「そうこんなふ……」
背を向けている玄関から鳥肌が立つほどの冷めた声が聞こえた。
体からは危険信号をあげるように全身の毛穴からは冷や汗が吹き出し、ガクガクと足が震え始める。
振り向いたらだめだ、殺される!
『き、君がお姉さんを守るから!』
逆だ!守ってくれ!
「よ、よぉ、涼夏、今日も大変可愛いですね、嫁に欲しいくらいです!」
思い切って振り返り、奴のご機嫌を取る。そう、幼少期に見た殺意に満ちた目……あの時と全く同じだ、下手に刺激したら駄目だ。
あの時は気を失って気がついたら木の幹に引っかかっていて、顔面はボコボコに腫れあがっていた。
「はぁ……馬鹿な事言ってないで早く入って、ご飯冷めちゃうよ?」
「あれ?怒ってないの?」
ビビって子供みたいな聞き方になってしまった。
「ふっふーん!お嫁さんにしてくれるんでしょう?」
般若のようだった顔が一転満面の笑みに変わり、手を前に出す涼夏、その手には録音モードになったスマホが握られている。
「そ、それは……」
「ん?」
「なんでもありません!」
それは言葉の綾で、と説明しようとしたのだが、一瞬の内に殺意の篭もった目つきに変わった幼馴染を見て、ビビってしまった。
このままでは婚約間違いなしだ、でもこいつなら悪くないとも思うが……俺は男だ、こんなかっこ悪いプロポーズでいいのか?
『ふむ』
ここで麗奈が動いた、ニコニコとこちらを見つめる涼夏の後ろに周り、スマホを取り上げると、軽く操作をして涼夏に返した、この間約5秒。
「あー!録音消えてる!麗奈さん何するのさー!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら麗奈に抗議をする幼馴染を見て、俺は二重の意味でホッと胸を撫で下ろした。
涼夏がキレてない、ってのと録音を消してくれたことだ。流石麗奈、お姉さんを名乗るだけあって心強い。
『君は涼夏ちゃんに謝りなさい』
「安易に嫁にしたいとか言ってすみませんでした……」
『よろしい、涼夏ちゃんもこんな卑怯な手で、この子を手に入れて納得いく?』
麗奈の厳しい一言にハッとした顔をして、涼夏は小さな手をぎゅっと握りしめた。
「すみません……私目的と手段を見誤ってました」
『よろしい、それじゃあ、中に入ってご飯にしましょ(о´∀`о)』
「「お姉ちゃん!」」
麗奈の優れた姉力に涼夏と俺は同時に声を上げた。
『私のことをお姉ちゃんって呼んでくれるのね!?』
ひしっと3人で抱きしめ合う、感動的シーンだ。
「私にスープの温め直してをお願いして何をやってるのか見に来てみれば……涼夏はいつまで小芝居を続けているのかしら?」
そんな感動的シーンに水を差す、ガチャリと扉が開かれ、唯が怒ったようすで顔を覗かせた。
「すみませんでした!」「唯ごめんなさい」『(๑´ڡ`๑)てへぺロ♡』
「全く……そろそろ正座をさせてる静香と美鈴の足も感覚がなくなってくる頃よ、さっさとご飯にしましょ」
「わかった!じゃあ2人とも入って入って!」
涼夏に促されてやっと麻波さん家へと足を踏み入れた。
そのままリビングへと入っていくと同時に、パン!パン!パン!と炸裂音が響いた。
遅れて火薬の匂いが立ち込め、咄嗟に瞑ってしまった目を開くと、ビニールの紐のようなものが俺に絡みついていて、繋がっている先はみんなの手に持たれた三角錐の筒……クラッカーだ。
ちなみに、美鈴と静香は正座したままでクラッカーを手に持っている、何と哀れな。
「なんだなんだ?幼馴染の家に入った男を拳銃で撃ってみたドッキリか?」
「そんなわけないじゃん!悠くんの退院おめでとうパーティーだよ!」
なるほど、世の中には何かと理由を付けてパーティーを開きたがる陽キャって人種がいるって聞いたことがある、つまりこいつらはパリピだったのか。