70頁
隣で先程から空気のように静かにしていた麗奈と目が合う。
唯の意図は全くもってわからない、話したい事があると言った割には疑問だけを残していくし、普段の彼女は丁寧で冷静沈着、途中から転入してきた俺が、美鈴に絡まれた時も助けに来てくれたできる委員長タイプで涼夏の友達……と言った認識だった。
それが何歳の頃かはわからないけど会っていたと言われてもなあ……全くわからん、しかもあの話し振りからして俺に助けられた、もしかして葉月姉ちゃんと間違えてんじゃねーの?
頭を振ってすぐにその説を否定する。
髪を伸ばし始めたのは四年前、昔は男らしく短髪にしていたからそれはない。
『これは、唯ちゃんの思惑は成功だね(*゜▽゜*)』
これはまた不可解な事を……。
「思惑ってなんだ?」
『君が女心を理解出来るようになったら分かるよ(╹◡╹)♡』
女心、ねえ、前に言われてあれから意識してはいるけど、まだまだ理解が追いつかん。
「麗奈はわかってるのか、凄いな」
『勿論君と唯ちゃんの間に何があったかは分からないけど、意図はわかるよ、お姉さんだからね(´∀`)』
「んー、俺には過去の事も含めて何もわかんねえなあ……まあ、過去に会っていたとして嫌われて無いならそれでいっか」
『そうだね、考えてもわからないことは一度諦めてしまうのも手だよ、そのうち出会いも思い出すかも知れないしね(*'▽'*)』
「たしかに、そのうち思い出すよな」
『うんうん、焦らずゆっくりだよ』
君は身長の低い〜〜♪
麗奈と話をしているとスマホから軽快なメロディが響く、この歌は個別に設定してある身長の低い涼夏専用の歌だ。
そういえば、唯が呼びにいってからしばらく経つけど戻って来てないな。
「涼夏からだ、でるな?」
麗奈に確認を取ると、コクリと頷いてくれたので遠慮なく通話を取る。
「もっしもーし!悠ぁあん!」
ピリピリと幼馴染の元気のいい声に続いて嬌声が耳を抜けた。
電話の奥からは、もう美鈴ーやめてよーだの、涼夏が可愛いのが悪いだの私も涼夏の胸揉むだのとキャッキャする幼馴染達の声が聞こえる。美鈴、ついに手を出したか、後で内容教えてくんねえかな。
「元気が良すぎるぞ涼夏、お陰で俺の鼓膜は破れかけだ」
キーンと残響のような耳鳴りがしている。もう一度同じ事をされたら俺は二度と音を聞く事ができなくなるだろうな。
「ごめんね、美鈴がイタズラしてくるから吹き出しちゃってっ」
どちらかと言うと吹き出したと言うよりは喘ぎ声だった、と言うのは黙っておいた方がよさそうだ。
「おう、お楽しみ中に邪魔して悪かったな、続けてくれ」
どちらかと言うと向こうから電話を掛けてきたので邪魔はして無いのだが、電話越しに百合を繰り広げてくれるなら、この寝取られ電話にも似たシチュエーションも受け入れよう。
「続けないよ!美鈴も静香も!手をわきわきしながら近寄らないで!助けて悠くーん!」
きっと俺の顔は今気持ち悪く緩んで微笑んでいるだろう。
『涼夏ちゃんを助けなくていいの?(^◇^;)』
唯一涼夏の心配をしてるであろう麗奈が無表情だが落ち着きなく、手を動かしている。
「麗奈、百合の間に入ろうとした男は成敗されるんだ、この場合は涼夏の無事を祈るしかない」
コクリと麗奈が頷き、祈るように手を胸の前で組む。何だそれ可愛い。
俺は満を辞して、電話先でこれから行われるであろう百合に期待を馳せ、スマホをスピーカーにして机に置いた、その時だった。
ゴスン!ゴスン!と鈍い音が2つ……少し間を置いて美鈴と静香の短い悲鳴が響く。
「ぎゃっ」「きゃうん!」
「今日は私が晩御飯作ったから……早くおいで」
これはやばい、電話口で聞こえる涼夏の声は怒りを孕んでいる、スマホを力一杯握りしめているのだろう、聞こえる筈のない、ミシッピシッと言う音が聞こえてくる、もしかしたら美鈴の頭を掴んでいるのかも知れない。
「お、おう……蓮さんと姉ちゃんが帰って来たらいくわ」
触らぬ神に祟り無し、涼夏の返事も聞かず通話終了ボタンに指を添える。
「今日は2人とも出張だから……早く来い」
「すぐいきます!」
今度こそ通話を切った俺の指はプルプルと震えている。
涼夏の無事を祈って胸の前で手を組んでいた麗奈もガクガクと震えていて、その姿は命乞いにしか見えない。
欲望を追い求めすぎた、と後悔しても遅い。眠れる獅子を呼び覚ましてしまったのだ。
「取り敢えず行くか……」
『ごめんなさい、こんな時どんな表情をしていいかわからないの』
やかましいわ。