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美代子の頭に、手をポンと乗せて言った。
「その状況で、負けてないだと!?少年も、美代子さんもズタボロじゃないか!それに少年に至っては手も足も出なかっただろう!」
くくく、隠せねえダメージを負ってるくせによく吠えるぜ。
わかるぜ、昼間俺にやられた右足を庇ってんの。
美代子の頬に着いた砂を人差し指で拭う。
「悠太ぐん、にへへ、いだいれすぅ」
痛い割には笑ってるし嬉しそうだ。
「んー、美代子の綺麗な顔が台無しだからさ」
「うーん、こんなぶちゃいくな、顔……みられたくながっだれすよ」
「そうだぞ、勝手に怪我すんなよ。俺は大層御立腹です」
「悠太ぐんがやら、れだっ、でぎいで」
もう言葉を話すことすら辛そうだ。
「いても立っても居られなかったんだよな?でも美代子、安心してくれ、俺は負けたんじゃない。わざとやられてやって、勝利の感覚を味あわせてやっただけだよ」
ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で梳かす、さらさらとまとわりついた砂が落ち、少しずつ本来の艶を取り戻していく。
「ま、そんなわけでもう少しそこで這いつくばっててくれ。すぐ終わらせんから!」
「わん!」
美代子の返事を聞いてから、ぱん!と膝を叩いて立ち上がった。
頬に人差し指を滑らせ、ぬらりとした温かみを刻み、琥珀さんへと向き直る。
「俺たちは負けてねえんだよ」
俺たちはな。俺は一人で戦ってるわけじゃねえ。
「頓知のつもりか?昼間は手は出さないと言いながらカウンターをぶちかましてきた卑怯者の癖に」
「そんな俺に残虐ファイトを挑んできた卑怯者が何を言うんだね。ちょっぴり人よりつえーからってあんま調子乗んなよ?」
琥珀さんの肩がピクリと跳ねた。
正義の味方気取りの琥珀さんからしたら、卑怯者って言葉がよっぽど癇に障ったんだな。
狙い通りだけど。
横凪の裏拳を腕で受けた。昼間よりも重く、ズシンと腕に痛みが走る。
「なんだ?言い返せ無くなったらすぐ暴力ってか?」
「……黙れ」
やっべぇ、楽しくなってきやがった。
「少年こそ、昼間と違ってやけに好戦的な表情をするじゃないか」
後ろに飛び、琥珀さんと距離をとった。
「来るとこまで来ちまったんだよ!雪兄やられて美代子もやられて、俺もプッツンきちまった!どーしてくれんだよ!なあ!雪兄が怖くて裏切りを知られる前に潰しに行ったか!?この卑怯もんが!」
格闘の師匠にハッキリと指をさして言ってやった。
「んで?誰にも相手して貰えなくて、拗ねて美代子で憂さ晴らしってか?くっくっ」
嘲笑しながら言った、琥珀さんから表情が消える。パッと目を見開き、俺の動きの隅々までを伺っている。
片手を前に突き出し、もう片手を引き、足は横の動きに対応しやすいよう少し開いて、利き足を外側に向けている。
もう俺の戯言を聞くつもりもねえようだ。完全に、戦闘モードだ。
受けの構えかよ。ならもう一発挑発してやるまでだ。
「来いよ構ってちゃん、俺たちが相手してやんよ!!」
「きっさまぁ!!」
一際大きく叫ぶと俺の叫びに呼応して、琥珀さんは前のめりに飛び込んできた。
直後公園の草がザザっと揺れる。茶色い弾丸が打ち出されたように飛び出し、真っ直ぐ琥珀さんへと向かう。
俺は腰を落とし、カウンター狙いに見せかけた拳を握り込む。
「私の方が早い!」
言ってろ。
「――――ぐっ!!」
涼夏が、琥珀さんの背中を急襲した。
地面にバウンドして、吹っ飛んだ琥珀さんの背中に足を乗せ。
「雑魚が、俺に楯突くから、いらねえ負けを呼ぶんだよ」
俺はするりと言い放ち、勝利宣言をした。
「この!卑怯者が!」
立ち上がろうとするのを体重をかけて抑え込む。
涼夏を手招きして、一緒にグッグッと抑え込む。
あっぶねぇ、力で押し返されそうだった。
「最初から俺たちって言ったじゃないっすか〜」
へらへら。
「琥珀さんが油断したのが悪いんだよ〜」
へらへら。
「……貴様ら」
琥珀さんの足に力が籠った。
「ぐあ!」
だから足をふんだ。昼間よりも容赦なく、思い切り振り上げて。
筋肉がぷちぷちと切れる嫌な音が聞こえたが、この人なら数日で治るだろ。
「出来るだけ馬鹿にして終わろうと思ってるだけだからあんま抵抗すんなよ。雪兄の腕折ってよ、美代子ぐちゃぐちゃにして、もう遊びじゃねえんだよ」
「――――卑怯な真似ばかりして葉月さんに顔向けできるのか!」




