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背中に衝撃が走った。
ポカポカ殴られている、凝りが取れて疲れが癒されるぅ。
「もう少し下の方、肩甲骨周りも頼む」
「っはあ!?涼夏ちゃん怒ってるんだよ!?」
なんてやり取りをしてる間に、目的地についた。
公園だ。
「……ここって」
涼夏が暗い声をあげる。横顔を覗く、木が多く街灯が少ない通りだから暗くて表情までは見えない。
俺よりほんのちょっぴり身長が高い、幼なじみの頭を優しく撫でる。
俺は大丈夫だ。ここのトラウマは、お姉さんが全部掻っ攫って行ってくれた。
「悠くん入れるの?」
俺に向けてくれた顔はやっぱり心配そうだ。
「俺はもう乗り越えた」
鮮明に蘇るのは麗奈のキス顔、月の光で輝く夕日みたいなオレンジ色の瞳。ドロドロに溶け合うくらいキスをした夜を思い出す。
「ふーん、なんか大人っぽくなった?」
涼夏の眉が下がった。
「変わんねえだろ、お前は最近大人っぽくなったけど」
だからそんなジト目で俺を見るなよ。
「悠くんそれ、セクハラだからね?」
緊急事態じゃなきゃぶん殴られてたらしい。
「ねえ、もしかしてさ」
歯切れが悪い。
「どうした?」
「ううん、何でもないや、」
「俺が行く。涼夏は急襲。チャンスは一度きり、のるかそるか、ほんの一瞬見え隠れするタイトな隙を俺が作る」
俺を本気にさせた時点でパーフェクトゲーム。万が一なんて状況は作らねえ。
「それは失敗できないね」
「お前に失敗はねえだろ?」
涼夏の足が震える、武者震いだろう。
その証拠に表情は狂気に満ちている。
「当たり前じゃん、私を誰だと思ってるの?涼夏ちゃんだよ、私を引っ張り出した時点でパーフェクトゲーム――――琥珀さんに敗北の味を教えてあげようよ」
同じように笑う。今宵は解放しよう、沙織さんの言う通り、俺はそちら側の人間だ。
「ああ」
車が入って来れないように建てられたポールの脇を通り、地面を踏みしめる。
動悸も頭痛もない。
俺の頭の中にあんのは、ちょっぴりの高揚感と、美代子への心配の気持ちだけだ。
公園の中はとても静かで、風もなく、ザッザッと砂を蹴り歩く俺の足音しか聞こえない。
散歩道を抜け、遊具がある場所に繋がる階段に差し掛かったところで、ようやく打撃音が聞こえてきた。
駆け出したくなる気持ちを押し殺す。
パーカーのフードを目深く被る。
遊具エリアには、街灯の灯りが広がっている。
中央には、琥珀さんが佇んでいて、横たわった美代子を見下ろしていた。
もう動けねえんだろう。それでも懸命に手を伸ばし、琥珀さんのズボンの裾を握りしめている。
衣服は砂と血に塗れ、綺麗な髪もぐちゃぐちゃだ。
対照的に琥珀さんは無傷のようだ。息が上がってすらいない。
琥珀さんがトドメを刺そうと足を上げた。
「あっはっはっは!随分と派手にやられたな!」
ピタリと止まる。
俺は止まらず二人の元へと歩みを進める。
「負け犬が……なぜここに来た」
「美代子ー、生きてるかー?悠太くんが迎えに来たぞー」
「答えろ!戦うことを拒否した負け犬が何故ここに来たんだ!」
「美代子の好きな飯作ってやるから、そんな奴に構ってないで帰るぞー」
あくまで無視して足を止めない。
二人の間に入り、うつ伏せの状態で地面に横たわっている美代子の前にしゃがみ込んだ。
安否確認をしようと顔を覗き込んだ。
血と砂でぐちゃぐちゃじゃん。
――――けど、生きてる。
「ぐっ、はぁ、はぁ」
息を吐く度に、口の端から血が漏れていて、頬は腫れ上がり、右の瞼なんて腫れすぎてもう開いてすらいねえ。
背後でじゃり、と行き場の無くなった足を地面につく音がした。
「スン、スン」
美代子が鼻を鳴らす、鼻も潰れて匂いもわかんねえだろうに。
「悠太ぐん、負げぢゃいました」
律儀に顔を上げ、濁音混じりの喋りでにへらと笑う。俺には年上女性のいつもの犬っぽい笑顔が見える。
「負けてねえよ」




