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「ふふふ、言ってませんけどね〜、被害妄想だと思います。菜月さんにとって図星だから、悪く聞こえちゃったんじゃないですか?」
姉ちゃんの表情に影が落ちて、黙り込む。
「図星突かれて黙っちゃいますか。菜月さんて本当に可愛いですね〜」
唇の中心が吊り上がる。眉間によったシワも同様に吊り上げた。
必死に耐えているが、いつ怒りが爆発してもおかしくない。現に腰は椅子から数センチ浮いてる。
沙織さんがメガネを外す、ヤクザの組長の肩書きに恥じない、威圧感のある冷酷な表情だ。
やべぇ、この人マジだ。『何もしないと思わせる』俺の作戦ぶち壊しじゃねえか。
「手出しされたくなきゃ何もするなって、仰いましたけど……てめえは何もしなくても、山本沙織が追い込んでやるから覚悟しとけよ」
ドスの効いた低い声。完全な敵意剥き出しの威圧を受けて、姉ちゃんは頬から汗をたらりと流した。
「言うね、沙織ちゃんが私に勝てるの?」
姉ちゃんの声は震えていた。怒りか、怯えかは、わからない。
「菜月さんは人を殺せますか?」
問いかけた声は穏やかで柔らかい、言葉さえ理解していなければ、優しい声だって思ってしまうくらいに。
「殺せるに決まってるでしょ、その為に動いてるんだから!」
姉ちゃんはついに立ち上がった。
沙織さんが一歩一歩姉ちゃんに近寄っていく、懐からおはじきを取り出し、軽い手つきでセーフティを外すと、姉ちゃんに握らせた。
「お嬢!」「師匠!」
伏見さんの怒号、千秋の悲痛な叫びが室内に響く。
「病室なので、騒がないでくださいね〜」
沙織さんは軽いノリでヒラヒラと手を振り、姉ちゃんの手を取って、おはじきの先端を自分に向けさせた。
「この場で私を射殺した方がいいですよ」
殺さなければ、ここで私がお前を潰すと、言外に脅しを加えて、さあ撃ってみろと、手を広げた。
「……ぐっ」
鈍い音がなり、沙織さんが小さく呻いた。
姉ちゃんは撃てなかった。銃底で沙織さんの頭を殴りつけた。
沙織さんの体を突き飛ばし、立ち去ろうと走り出す。
「まてやこらっ!」
伏見さんが身柄を拘束しようと立ち塞がった。
「くっ」
姉ちゃんは拳銃を投げつけることで、伏見さんの意識を銃に持っていかせ、横をすり抜けた。
バン!と開かれた個室の扉。姉ちゃんは走り去っていった。
「追いかけます!!」
「行かなくていいですよ〜」
姉ちゃんを追いかけようとした伏見さんを、沙織さんが止めた。
個室の外に目をやる、丁度エレベーターが来てる。
ここから階段までは少し距離があるはず。
俺は麗奈の手を取り、閉まりそうなエレベーターに向かって一気に駆け抜けた。
「まさか沙織がキレてるなんて思わなかった」
エレベーターの中で、麗奈が口を開いた。
「俺もだよ」
「お姉さんがやろうとしたこと全部やられた」
「え?なに?お前も宣戦布告しようとしてたの?」
泳がせておく作戦を実行しようとしてたのが俺だけだった。
なんとまあ、血の気の多い。
こういうのは俺の役回りだろうが。
「君を怪我させられて、皆怒ってる」
「……俺の意を汲んでくれるのは涼夏だけか」
「涼夏も、冷静なフリをしてただけ」
麗奈が言い終わると同時に、チン!と間抜けな音がして、エレベーターの扉が開いた。
階段を駆け抜けてきた姉ちゃんの後ろ姿が見えた。
――――ちっ、俺たちのが後か。
慌てて後ろ姿を追いかけるも、どんどん離されていく。
病院を出て、駐車場を抜けた。
あんな身体能力が俺にもあったらな!
「んあ!?」
内心で悪態をついていると、道路で麗奈が立ち止まった。
「お、おい」
その辺に落ちている石を拾い、麗奈は大きく振りかぶった。姉ちゃんとの距離は15メートルほど、麗奈に運動神経はほぼない。
「君は菜月に甘い」
「待て、やめろって!」「っふ!」
俺の制止も聞かず、息を吐き出し、思いきり腕を振って石を放り投げた。
石は姉ちゃん目掛けて一直線に飛んでいく。
だが当たりはしなかった。石は姉ちゃんの横を通り抜けて、地面を転がった。
追跡者がいるとは思わず、姉ちゃんは振り向いた。