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病院について車を降りた、久しぶりに来たぜ。
ここに来るのは足を折って以来数ヶ月ぶりだ、入院してたから勝手もわかる。
「受付さん久しぶり、今日搬送されてきた桜雪人のツレなんすけど、面会させて貰えないすか?」
みんなを連れ立って受付に行き、病室を聞いた。
「あら、久しぶり、悠太くんの知り合いなの、今日入院だものね、荷物を持ってきてくれたの?でも面会時間外なのよねえ」
受付の人とは少し喋ったことがある程度だが、覚えていてくれたようだ。
「んー、そんなとこ。なんか暴行されたって聞いたから、聞きたいこともあって、五分でもいいんで会わせてくれないすか?」
普通に手ぶら、ポテチでも買ってきた方が良かったかな。
受付さんが頭を悩ませる。数秒悩んだ後口を開いた。
「可愛い顔を見れて嬉しいから、今日は特別よ。それに名前書いて」
おお、この顔に生まれた事に感謝だ。
「すんませんね、手短に済ませて帰るんで」
ペンを取り、面会の紙に名前を記入して、受付さんに渡すと「じゃあこれを首にかけて、桜さんはエレベーターに乗って三階に上がったら右手の303号室って個室よ」
面会者用の名札を受け取り首にかけた。
「ありがとうございます。すぐ終わるんで」
お礼を言って立ち去り、エレベーターを使って三階に上がり、雪兄がいる個室をノックした。
中からドタバタ音が聞こえる。
「誰かいるんですかねえ〜」「こん中に誰がいても俺に合わせてくれ」
沙織さんの声に答えて、構わず開けた。
「よう、雪兄ひぃっ、姉ちゃん!?」
なんかそんな気はしてた。
生活費を置いていく、GPSは後生大事に持ち歩いてて、家の近くに隠れ家を構える。
俺を見張るため、と言われればそれまでだけど、GPSを持ち歩く理由にはならない。
体が病室に入るのを拒んでる、フリをする。
「……悠太」
「なんで姉ちゃんがここにいるんだよ、琥珀さんに俺のことを襲わせといて」
畏怖の目を向ける、カタカタ手を震わせ、麗奈の後ろに隠れた。麗奈も俺を庇うように手を広げた。
姉ちゃんは立ち上がりかけて、一瞬だけ、眉尻を下げた後、すぐに笑みを浮かべた。
「これで分かったでしょ。私達を邪魔しようなんて無駄なの、大人しく学校に行って、普通に生活していれば、手出しはしない」
視線を麗奈と千秋に向けて、姉ちゃんは言った。
俺への脅し文句と、二人が俺を縛り付けておかないと、俺がどうなるか分からないぞって、忠告。
姉ちゃんはこうも思っているはず、『誰にも反抗して欲しくない』憮然な態度の裏で内心を取り繕って喋ってるのが容易に想像つく。
証拠に、時折腰を浮かしかけ、病室を抜け出すタイミングを伺っている。
俺たちの前に出て、沙織さんが口を開いた。
「覚悟決めたって人の態度ですね〜」
まるで面白いものを見つけた時の、顔だ。
「沙織ちゃん、私は今ふざけてる余裕はないの」
「ふざけてなんていませんよ〜、やだなーもう、私はただ、将来の旦那様を脅迫されて、自分でもわけわかんなくなっちゃうくらい、イラついてるだけなんですよね〜」
牛乳瓶の底みたいなメガネの隙間から、沙織さんの目を覗き見た。ひえー!めっちゃこええ。
姉ちゃんも、眉間に皺を寄せ、苛立ちを感じている様子。
「沙織ちゃんに悠太を上げた記憶なんてないけど?」
「菜月さんに許可を貰う必要はありませんので〜」
両者の間に、強者のオーラが漂ってるように見えるのは俺だけ?沙織さんが懐に手を突っ込んだ。
姉ちゃんも、いつでも地面を蹴れるように、右の踵を浮かせて臨戦態勢。
絶妙な間合いだ。姉ちゃんは踏み込めば、この距離を一瞬で縮められる。
沙織さんも姉ちゃんが辿り着くまえに、おはじきを取り出せる。
そんな絶妙な間合い。
「やるの?私、悠太よりもずっと強いよ」
ずっと強いとか言われてちょっぴりショック。事実だけど、姉ちゃんもそう思ってたんだ。
「少し挑発されたくらいで、姉弟にも隠してた本性を暴露しちゃうんですね〜」
姉ちゃんのこめかみに血が集まる、今にも血管がブチギレてしまいそうな程に。
「綺麗で、清楚で、おっとりしたお姉ちゃん。私が菜月さんに持ったのはそんなイメージでしたけど」
「買い被りすぎだね」
「その通りだったようですね、貴女の本性はもっと汚くて、醜い、どす黒くてドロドロしたものが腹の底で混ざりあっていて――弟を大好きだった人に見立てて過ごすくらいじゃもう足りなくなって……さあ!大好きな人の仇をとって私も死のう!そんなとこですか?」
姉ちゃんは『言ったのか』と疑うように俺を見た。
俺は麗奈の後ろから、首を横に振った。
「最初から悠太が眼中に無いみたいな言い方しないでくれる?」