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しばらくして起き上がった麗奈は、不機嫌な足音を鳴らして、ソファーの前に立った。
いつもはちょこんと清楚な感じで座るのに、深く座り込んだ。
胡座なんかもかいたりして、膝の上に肘を置き、その上に顎を置く。
私は不愉快ですと、しかめっ面「っち」舌打ちまでした。
「どうしたんだよ」
理由を聞いた。やはりぷいっと顔を背けて黙ったままだ。
あまりしつこく絡むのも、ウザいかな。
と思いダイニングテーブルの椅子に座る。速攻でラインスタンプを連打してきた。
鳴り止まぬ通知音、怒りマークがあっという間にチャット欄を埋めつくす。
麗奈の隣にちょこんと座る。ラインスタンプの嵐は止んだ。
腕を伸ばして肩を抱いてきた、この構図、俺は知ってるぞ。
キャバクラで尊大な態度を取る、おっさんとキャバ嬢だ。
「ふん」
麗奈が鼻を鳴らす、お客さん、うちはお触りは禁止です。
さっきまで機嫌良かったのに。
早くも兄妹らしい振る舞いをする、俺と千秋の仲の良さに嫉妬したとか。
「腕、失礼しますね」
キャバクラとかわからんけど、こんな感じだろ。
麗奈の左腕にギュッと抱きつく。
麗奈の肩がピクリと反応する、顔も一瞬だけ緩んだが、大して効果は無さそうだ。
千秋に視線を向ける、お前もこっちに来て機嫌取りしてくれ。
千秋は麗奈の斜め前で片膝を床につき、麗奈を見上げるように、目を合わせた。
「お客様、お飲み物は何に致します?」
ニコッと愛想笑いを浮かべる。
こういうのボーイって言うんだっけ。俺と変われよ。
『この子が作ったココア、とこの子にもオレンジジュース』
「ココアと由奈ちゃんにオレンジジュースですね。かしこました、1番席!ココアとオレンジジュースのオーダー頂きました!」
メモを取るフリ、発声、丁寧なお辞儀を披露して、千秋はキッチンへと下がって行った。
一連のスマートな作法に俺は圧倒されていた。
少しして、キッチンからちょいちょいと手招きされ「少し。失礼しますね」と会釈をしてキッチンに向かう。
「由奈ちゃん、お客様から飲み物頂いたんだから、ちゃんと喜ばないと、お客さんは、そういう所気にしますよ?」
「す、すみません……いま、ちげぇ。なんでお前そんなに、キャバクラに対しての知識が深いの?」
「――――小学校で流行ってるからです」
嘘だな。目が泳いだのを見逃さない。
誰かを庇ってる。
「キャバクラごっこなんてやる友達いんのか?」
「…………沙織ちゃんとか」
「後でクレーム入れときます。大人に憧れるのもいいけど、あんまあの人から余計な知識を貰うなよ?要らない知識もある」
周りと知識の差がありすぎると、不和を生むこともある。
ましてや千秋は小学生だ。キャバクラだなんだの知識はいらん。
1番の懸念点は、憧れが強すぎるあまり、沙織さんと同じ道を進むこと。
「すみませんでした」
千秋が下を向き、唇を噛む。
「あ、いや、そんなに深刻な顔しなくてもいいって」
「年下なのに悠太の知能指数に、合わせて演技できなくて」
げんこつをくれてやろうか。
「ほら、さっさと戻ってください。怒らせると面倒くさそうですよ、あのお客さん」
千秋がリビングを指さす。本当だ。こっちをじっと見つめ、麗奈が貧乏ゆすりをしていた。
「じゃあ準備しますね……お兄ちゃん」
ごにょごにょ言ってて聞き取りづらかったけど、千秋は嬉しそうな顔をしていた。
「お待たせしちゃってごめんなさいっ」
麗奈の所に戻って開口一番頭を下げた。
千秋がちゃんとやってるんだから、俺も本気で演技をしないと。
『そう言うの良いから早く座って』
あ、はい、「失礼します」一応断りを入れてから、座った。
麗奈は口元で指を立てると、スマホに文章を打ち込んだ。
『キャバクラごっこはおいといて、千秋にお姉さんの秘密を一つ教えてもいい?』
麗奈の秘密、なんのことだろ。
内緒話しと言うことなので、首を横に傾ける。
『本当は喋れるってこと』
ここのとこ家には俺たち二人しかいないから、喋りたい放題。
声を出すのを制限するくらいなら、千秋にだけは打ち明けたいのが本音か。
「良いんじゃね?姉ちゃんもいねえし」