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「マジか、タバコとか似合いそうだけど、吸ってるイメージないや」
「今でも口惜しい時はありますよ。でもやめたんです。今……家に帰ったら母が、父の仏壇の前で泣いてて。それみたら罪悪感が湧いちゃいまして」
「それで、改心して働き始めた感じ?」
「そうです!時給は低かったので昼も夜もバイトを入れて、考えるよりもがむしゃらに働ぞーって」
「俺なんかが想像できないくらい大変だったんだな」
「今思うと大変でしたねー!電気止まったり水道止まったり、少しでも時給のいいところがあったらそっちに飛びついて」
夕方の日差しに照らされた神田さんの顔が、暗くなっていく。
活発的で、明るい性格をしてるから、頭から抜けてたけど、この人も苦労をしてきた人だった。
「その先は言わなくてもわかるよ。無理に話す必要はないぜ」
「いいえ。悠太くんにはもっと、私のこと知ってもらいたくてですね。後、今日の話に関係するので聞いて欲しいです」
最初から話すつもりだったなら止める必要はねえか。
「わかった。聞くけど、予約時間は平気?」
神田さんが時計を見る。
「あ、そうですね。続きはご飯の後にしましょう」
話を打ち切り、レストランの中へと入った。
店に入るなりカウンターと思わしき場所から、初老の男性がつかつかと歩み寄ってくる。
背筋がピシッと伸びてて、スーツもシワひとつない。厳格な表情で、この人は仕事が出来るんだろうなって思わされるキビキビと、それでいて優雅さのある歩き方。
「本日は当店をご利用いただき、誠にありがとうございます。神田様」
男性は俺たちの前でスっととまると、挨拶をして、腰を九十度曲げた。
……この人を見てると、高級店にしか見えない。
ドレスコードとかないんだよな?急に周りの飾り付けが、豪華な装飾に見えてきた。
ライトなところだよね?あそこに飾られてる壺とか、割っちまったら数千万円の請求とか、内装もオシャレ。
テレビで芸能人が使ってるような家具とかバンバン置いてあるんだけど。
もしかして、蓮さんに金銭感覚を狂わされてたり。有り得る。
姉御肌だからなー。高い会計を全部払って、安かったとか言ってそう。
ただ、本当に大丈夫?と聞くほど野暮じゃない。
何かあってもいいように、俺もそれなりの金額は持ってきた。
調子に乗って熟成されたお酒とか頼まなきゃ大丈夫だろ。
「本日は貸切りという事で、一番景色の良い席を御用意させていただきました」
「ありがとうございます!という事で悠太くん。プライバシーの保護もバッチリですよ!」
「勿論です。大事なお話の最中、お邪魔しないよう申し付けてくだされば、我々従業員も近付かないように致しますので」
支配人っぽい人が行儀よく、手で横を指す。
店内の方に目を向けると、従業員の皆様が整列していらっしゃった。
高いやつですね。完全に金銭感覚狂わされてるやつ。
俺の小遣い程度で足りんのか?
「お席に案内させて頂きますので、後ろをついていらっしゃってください」
広々とした赤いカーペットロードを歩き奥へと案内される。
「……綺麗だ」
考えるよりも先に口から出ていた。
これまたすごい絶景……この街に住んでりゃ海なんて、ぶっちゃけ物珍しいもんじゃない
ちょっとチャリンコででかけりゃすぐ見れる。けど、これはすげぇ。夕日に焼かれるようにキラキラと揺れる海。そして夕日がはるか向こうの半島に沈んでいく様を一望できる。
「ご入用の際はこちらのボタンでお呼びください」
景色に圧倒されている俺たちに、支配人は自慢もなく、そっと告げて去っていった。
「ふふ、悠太くんも気に入ってくれたみたいですね。ここの景色はロマンチックで、魔法見たいですよね」
神田さんはうっとりとした表情でいった。横顔は夕日に照らされ、柔らかく輝いていて様になってる。
すげぇ、綺麗だとおもう。景色も、神田さんも、口に出すのはちょっぴり恥ずかしいけど。
「どっちも綺麗だな」
だから何がとは言わずに、それっぽくぼかした。
神田さんは窓に近づき、後ろで手を組んだ。
「初めて社長に連れてきて貰った時、すごく心が癒されまして、ほら、あの時は思い悩んでた時期でもあったので」
「悪かったな。アフターケアがちゃんとしてなくて」
「何言ってるんですかー!悠太くんたちに助けて貰えて私は今すごく幸せですよ!」
「なら、頑張って良かった」
神田さんがくるっと振り向いた。
「座りましょうか。コース料理なので、注文は不要です」
片方の椅子を引いて、神田さんを先に座らせる。
お上品に口元に手を当ててくすっと笑った。
「紳士なんですね」
「俺、いつも紳士じゃね?」
「どちらかと淑女と言いますか」
背格好見て言っただろ。