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 とくとくとく、音に耳を傾け、コップを麦茶で満たしていく。

 麦茶をそそぐ音、子気味がよくて好きだって麗奈が言ってた。

 川のせせらぎとか、雨の音、水に関する音が落ち着くらしい。

 まあ俺も、心臓の音は落ち着くから気持ちは分かる。

 胸に……横顔を押し付けてるわけで……デート前に何考えてんだ俺は!デートか、ん?あいつが泣いてた理由ってもしかして。

「2人きりでデート、したことねえよな」


 呟いた言葉をそのまんま文章にして、麗奈に送信してみた。


『気付くのが遅い』


「まんまかよー!」

 

 ズッコケた。コップに手が当たり、水面がグラッと揺らぐ。

 反射的にコップを掴む。


「……おわった」


 コップから半分くらい麦茶が零れて、俺のズボンにおもらしみたいな染みを作った。

 

 ――――

「こ、こ、こ、こんにちは!かわ、かわいっえへ、えへへ!ゆ、悠太くん!今日も可愛らしいですね!えへへ、めっちゃ似合ってますよ!」


 車から降りてくるなり、めっちゃ擦り寄ってきて怖いんだけど、挙動不審で体も近い。

 これまでの避けられ方からは想像つかんだろ。

 

「……そりゃどうも」


「ほんと、わ、私の好みに、合わせてきてくれたのかなって、えへへ、あはっかわいっ」


「めっちゃ機嫌いいっすね。なんかいい事あったっすか?」


「可愛い、格好の悠太くんを、見れたことが、えへっ、凄く、眼福ですっあはっ」


 黒のタンクトップに肩出しの上着、下は短めのズボンに、ニーソックス。


 これは戦闘服、そう思い込み、着ていく服も無かったんだから仕方ない、それに、着慣れたこの服なら身だしなみを整えるのも容易い。


 麦茶で濡れて、すぐにシャワーを浴びた。余裕だった時間も無くなり、焦って目に止まった服が、これだった。


 他の服はスカートだったり、ワンピースだったり、女装があからさま過ぎた。


「いや、デートに女装で来るような男、ダメでしょ」


「う、ううん、こ、怖くない。むしろ、好きですね!はぁい」


 怖くない……か。そうだよな。

 神田さんは性犯罪者に人生をめちゃくちゃにされた被害者だ。しかも助け出したのも、最近のこと。

 加害者は二度と、日本の地を踏むことはない。けど、一度植え付けられた恐怖心を払うのは難しく、時間がかかる。


 むしろ時間とともに胸の内で膨らんでいくことも。


「男、怖いっすよね」


「悠太くん、なら、怖くないです!」


 神田さんは俺の手を取り、言った。なんだこのデレデレ具合は。

 不服だけど、俺の容姿じゃ男には見えねえ、なんせ葉月姉ちゃんに似て

「ま、顔だけは世界一の美女と一緒っすからね」


 そう、胸を張って言えるぜ。


「あはっ、ブレないですね、じゃあ、麗奈さんは?」


 鋭い質問だ。


「同率一位っすね」


 表情も、変わるようになってきて、より一層顔の攻撃力が増してる。

 表情筋がまだ完璧とは言えねえけど、筋肉が完全に育ってしまったら、俺の心臓はどうなっちまうんだろう。


「じ、じゃあ、わた、私は……どうですか?」


 俺の心を擽るような、意地らしくも儚い美人が、そこにいた。


「ゆ、悠太くん?」


「――――――はっ!」


 神田さんに肩を揺すられて、正気に戻った、なんて破壊力のある表情をする。


「なんの話しでしたっけ。この格好の理由なら、麦茶をズボンに零しちゃったんすよね!ははは!ドジっちまいました!そんで着替えも無くて、一番馴染むこれ着てきました!」


 早口に言い終える。


「……そうなんですね」


 うわぁ、凄く残念そうな顔をさせちまった。

 だって誤魔化しちゃうくらい、神田さんの表情が綺麗だったんだもん。仕方なくね?


「いやー。神田さんに恥をかかせちゃうんじゃないかって思ってマジ焦ったっす」


「凄く嬉しいですよ……初めてお会いした時と同じ服です」


「神田さんは最初にあった時の方が砕けてたっすよね」


 口調も態度も。


「あの時は……どうなっても良いと思ってましたから、ちょっとやり過ぎました」


「俺はあれくらい砕けた喋り方の神田さんも素敵だと思いますよ」


「悠太くんだって丁寧じゃないですか。生意気な感じが魅力的ですよ?」


「そりゃ不審者だと思ってたんで、警戒してたっす」


「ひっどーい!ナンパしただけなのに!」


 おお、いきなり砕けた。

 んじゃあ、俺も砕けた口調で話すか。俺が柔らかく喋ることで、神田さんの緊張も取れるかもしれない。

 

「初対面でさ、お姉さんと良いところに行かない?って誘われたらさ。少なくとも普通じゃねえと思うの」



「……麗奈さん達が来なかったら、本当に連れて行こうと思ってましたから」


 神田さんは目をぱちくりさせた。挙動不審に目が、キョロキョロして、小声で爆弾発言をぶちまけてきた。


「じゃあ、麗奈と唯に感謝だな」


 表情が曇る。


「ですね。悠太くんも、私なんか嫌ですよね」


「んー、嫌とか良いとか、そうじゃなくて、神田さんが犯罪者にならなくて良かったって話しだよ、俺未成年だし」


 神田さんが謝ろうと、気を付けをした。


「そ、うですね。あのときは」「大丈夫。全部許す!」


 謝罪を遮る。


「それは……私が可哀想だからですか?」


「ちげーって、俺が同情で動くような人間に見える?」


「見えますよ。悠太くんは相手が誰だって救っちゃうんですから」


 

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