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不機嫌な口調に真顔を添えて返ってきた。
やべぇ、これはマジなやつ。怒らせちまった。
優しいやつほど怒ると怖いってのは本当で、涼夏は怒ると手が出る。
涼夏が拳を握り込む。
「まっ、待ってくれ!違うんだ!」
言い訳をしつつ目を閉じる。衝撃にそなえよ!
懐かしさを楽しんだだけ、悪気はなかったんだ!
あれ?殴られ……ない?
「ねえ、悠くん?そろそろ女心も考えてくれないと、涼夏ちゃんも愛想尽かしちゃうよ〜?」
目を開くと、涼夏は体を前に傾け、イタズラっ子がするような微笑みで俺を見ていた。
なんだその顔、そのセリフ、ドキッとしちゃうだろうが。
「わ、わりい。つい昔のノリでやっちまった。俺はお前とそういう事すんの。好きだからよ」
「悠くんは涼夏ちゃんの前だと子供になるね」
そう言って涼夏は、にししと笑った。
一緒にイタズラしてた時の表情、だけども女性っぽさもある。そんな顔。
「まあ一緒に育ったからな。背伸びする必要がねえだろ」
ぷいっと顔を背け、教室に向かって歩き出す。
こいつの前じゃ飾らなくていい楽さってある。でも涼夏はどんどん大人になっていってる。
そろそろ、俺も精神的に、少しは大人にならなきゃいけねえ時期なんだろうな。
焦りはねえけど、なんかしてやられた感がして、胸の奥がムズムズした。
――――――
放課後、学校の帰り道、麗奈の望みでコンビニのアイスを買って公園で食ってたら神田さんからお誘いの連絡が来た。
『今日のお夕飯デート、二人でどうですか?』
飾り気のない文章だが、この一文を送ってくるのに大分労力を使ったんだろうな。
送るか送らないか、めっちゃ迷って、親指に全神経を集中して、ポチ!みたいな妄想をアイスを食いながらしてみる。
全身全霊過ぎて目なんか瞑ってたりして。
案外蓮さんが面白がって送ってきた可能性もある。
色々考えを膨らませてから、お前なんかした?と目の前でアイスにかじりつく、麗奈にスマホを見せた。
アイスを食うのに夢中で眼中にないみたいだ。
手の中でスマホが震えた。
『菜月さんにも話してあります。どうですか?』
根回しもされてると。
誘われるってことは、嫌われてないってことで良いんだよな。
緊張するほどの何かがあるなら、その謎を解明したいけど、朝の様子じゃ二人でお出かけなんてハードルが高すぎる。
「なあ、麗奈、神田さんからラインがきたんだけど、お前なんか知ってる?」
無視された。
アイスを食べてる時は、声をかけてもダメ……なら、肩を叩く。
「なあ」
一心不乱にアイスを貪る、振り向きすらしない。
これは麗奈が食い終わるまで待つしかねえか、おっとアイス食うの忘れてた。
アイスが溶けて手がベトベト、不快だ。
「ちょっと手を洗いに行ってくるからな」
麗奈に告げて歩き出す、返事はもちろんなかった。
手洗い場で、ベトベトになった手を洗い流し、麗奈の方へ戻る最中、公園に赤い髪の女性が入ってくるのが見えた。
琥珀さんだ。なんでまたここに?来るなんて聞かされてないけども。
この後の予定なんて決めてない、麗奈がここでアイスを食うって言い出したから、ここにいるだけだ。
「麗奈、琥珀さん来たぞ」
呼び出したであろう本人はアイスに夢中。無反応である。
そうこうしてる間に、琥珀さんがすぐ近くまで来て口を開く。
「やあ少年、麗奈も」
ひょいと手をあげて挨拶をくれた琥珀さんに、麗奈は振り向いて、同じように手をあげた。
……はぁ?意図的な無視だっただと?
後ろから麗奈の頬を掴み左右にむにぃと引っ張る。
「てめぇ」
何を考えての、無視か問い詰めてやる。
「おお、どうした少年!」
「こいつ……今まで俺のことを無視してたんですよッ」
「なにぃ!?麗奈、無視はいけないぞ!少年も暴力はダメだ」
「俺はこいつが理由を話すまで引っ張るのをやめねえ!」
可哀想だから痛いほど、力は加えてない。せいぜい麗奈の綺麗な顔が変顔になってるだけだ。
「頬を引っ張ってたら麗奈も喋れないだろう!」
「元から喋れねえっす!」
ここまで麗奈は無反応で微動だにせず、俺と琥珀さんのやり取りを聞いてる。
どうせ手に持ったアイスの心配だろ。
それから、片手でスマホを取り出して、文章を打ち込むと、それを琥珀さんに見せた。
「なるほど、そういう事か」
琥珀さんは手をぽんと叩いた。
「少年……君が悪い」
「なぜ!?」
「いはい」
「ああ、わりぃ!」
つい力がこもった手を、緩める。
休み時間も、昼休みも、麗奈と会ってねえ。
いつもなら会いに来るのに、ラインすらこねえから、心配して探しても見つかんなかった。
放課後になってからやっと現れた、なんでこなかったのか訪ねたら、『ごめん寝てた(。>_<。)』って文章を見せられた。
うん、思い当たる節はない。むしろ嘘を見逃してやったんだから褒めて欲しい。
なんだよ寝てたって……明らかに嘘じゃん。
麗奈の頬から手を離して、背を向けた。
「……俺が何をしたんだよ」