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紛うことなき姉ちゃんのスマホだ。
「リモコンとスマホを間違えるか?」
サイズもボタンの数も違う。ド天然も良いとこだ。
「菜月のポケットが不自然に膨らんでたよ」
「……その時教えてくれよ。とりあえず姉ちゃんに今すぐ帰ってくるよう電話するか」
自分のスマホをポケットから取り出して、姉ちゃんに電話をかける。
リビングで鳴り響く着信音、プリキュアの主題歌だ。
「はいもしもし」
『はいもしもし』
麗奈が電話に出て、耳元からも麗奈の声が聞こえる。
そりゃそうだ。スマホを麗奈が持ってるんだから。
「姉弟だね。天然」
『姉弟だね。天然』
二重に聞こえる皮肉がうぜえ。二重にうぜえ。
通話を切った。
「追いかける?」
「相手は車だぜ?涼夏ならまだしも俺たちじゃ無理だよ」
信号待ちを何個か重ねていれば、涼夏の方が早く目的地につきそうだ。
「あ、蓮に電話したら?」
「それだ」
一緒にいるから今掛ければ戻ってきてくれるだろう。
一筋の望みにかけ、蓮さんに電話をする。
数秒のコールのあと、通話状態になった。
「もしもし蓮さん、姉ちゃんがスマホを忘れてっちゃってー」
簡潔に要件を伝えた。
『そう、なんだね』
蓮さんを少し幼くした感じの声が、スマホから聞こえて肩を落とす。
「……そっちもか」
涼夏も呆れ声だ。
『みたいだねぇ、こっちはエアコンのリモコンが無くなっててさ』
そっちは?と涼夏は聞いてきた。
「こっちはテレビのリモコン。あの二人やべえな、疲れてるぞ」
『もう……お母さんたちってば、揃って天然なんだから。今美代子さんに電話してみるからちょっとまっててね』
「おう、頼んだ」
通話がきれた。
神田さんか。あの人とは旅行以来、ギクシャクしたままだ。
何度か電話したり、すれ違ったりもしたが、すごくよそよそしい態度を取られちまう。
「蓮さんはエアコンのリモコン持ってったらしいぜ」
「ぶふっ」
教えてやると、麗奈は口元を抑え、小さく吹き出した。
二人してなんなんだ。嫌いな取引先からの電話でもきたりするのか?わざと置いてったのか疑いたくなるぜ。
ん?よく考えたら今ってものすごくチャンスなんじゃ。
「今ならこのスマホが見放題だ」
このスマホの中を見れば、姉ちゃんと立石さんがどんなやり取りをしてるか覗き見ることができる。
俺は今、すごく悪そうな顔をしてるだろう。
「心は痛まない?」
「覚悟の上だ。まったくってわけじゃねえけど、動揺することはない」
「パスワードはわかる?」
「任せとけ」
スマホのロック画面で、葉月姉ちゃんの誕生日を打ち込んだが、違うらしい。
となると、俺の誕生日、開いた!
俺と麗奈と三人で撮った写真が待ち受けか。
メールを開く、メールボックスの中身は真っ白。
ならラインは?俺と麗奈、後は見知った名前しかない。
通話履歴も、俺と蓮さんだけ。
情報は全部姉ちゃんの頭の中か。
カレンダーの予定も日曜日の欄に『ふたりとデート♡』と書かれてるだけ、過去の分はない。
「菜月。過去を振りきったのかもね」
「ん?どういうことだ?」
「前は葉月が待ち受けだったよ」
「どんくらい前だ?」
「君と喧嘩するまでだね」
「だな。やり取りしてるのも俺たちだけっぽいし」
姉ちゃんが復讐を諦めてくれた、かもしれない。
やべぇ、めちゃくちゃ嬉しくてニヤニヤが止まらない。
「すごく嬉しそうだね。お姉さんも嬉しいよ」
「これで日曜日も気兼ねなくデートにいけるな!」
「安心しすぎ、かも?」
「用心はするに超したことねえけど、ちっとは楽観的に捉えてもいいんじゃね?」
じゃないと息が詰まって、また眠れなくなっちまう。
「それもそうだね」
「だろ?」
麗奈が頷く、納得してリビングに戻った。
隣同士でソファーに腰掛け、テレビを見ているとラインの通知が鳴った。
「神田さんが取りに来てくれるってさ」
「じゃああっちで待つ?」
朝の大事な時間、神田さんに二度手間をかけさせるわけにはいかねえしな。
「そうすっか」
涼夏に『ありがとう。そんじゃそっちにいく』と返信してスマホをしまい、テレビを消す。
ソファーから立ち上がり、学校に行く準備を終わらせて玄関を出た。
「忘れもんはないか?」
鍵穴に鍵を差し込みながら、麗奈に問いかけた。
麗奈は無言でコクコクと頷いた。手ぶらで。
「カバン忘れてんじゃねえか」
『……最悪何とかなる』
天然炸裂かよ。
そりゃあ教科書や文房具なんて借りれば良いけどさ。
「琥珀さん以外に友達いるの?」
気になって、聞いてみた。
『失礼な。さおりちゃんとか、みよこちゃんとか、あおいちゃんもいる。すずかちゃんもゆいちゃんもしずかちゃんもれんちゃんも友達』
思いつく限りの名前を書いたんだろうけど。
「年齢がてんでバラバラじゃねえかそうじゃなくて教科書借りれるような友達いるのか?」
『琥珀に借りればいい』
「琥珀さんも同じ教室で授業を受けるんだぞ」
俺達の間に気まずい沈黙が訪れた。
『カバン取ってくるね』
麗奈はいそいそとカバンを取りに行った。
今日は何かしら忘れ物がありそうで心配になってきた。
カバンを漁る。財布ある。弁当も入ってる。オッケー。
みんなでお忘れ物の日だね笑笑