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「そうか……俺で間違いないんだな」
「うん。君を狙った犯人に、葉月と真姫が殺された」
俺が狙われてるのは知ってる。今のはただの再確認だ。
「お姉さんは動けなかった。君が、プリキュアが死んじゃう。自分にとって絶対勝利の存在が負けるなんて、想像つかないよね」
「そう……だな」
俺も姉ちゃんが負けるなんて思わなかった。
「でも葉月はすごい。君を背負ったまま反撃した」
それこそ麗奈の言う『プリキュア』見てぇだな。
「菜月も、私も怖くて動けない中で、葉月一人が君を逃がそうとして戦ったんだよ」
「……姉ちゃん」
「刺されても、顔をぶたれても、踏みつけられても、泥だらけになっても、葉月は戦った。血だらけになって、瀕死になっても、犯人の足にしがみついてた」
麗奈が俺の手を引いて立ち上がらせ、数歩移動した。
「ここで、葉月は力尽きた」
と呟き、その場に寝転んで俺に手を伸ばしてきた。
頭が痛い――――っ!
息が詰まる。麗奈が血濡れの姉ちゃんに重なって見えた。
「お前……やめろよ!」
思わず怒鳴りつける。だが麗奈の口が開く。
「しゃがみこんで」
麗奈は止まらない。なら、俺が止まる訳にはいかない。
その場にしゃがみこみ、麗奈が伸ばした手を取った。
姉ちゃんは最後になんて――。
「愛してる」
―――――――っ!!!!!
麗奈の体に覆いかぶさり、肩を掴んで地面に押し付ける。
「ひゅっ」
麗奈の口が苦しげに歪み、かすれた吐息が漏れた。
「だいじょうぶ、だよ」
だが、すぐに笑顔に変わる。
「――はぁっ、はぁ」
「お姉さんなら君の全てを受け入れられる」
麗奈が手を伸ばす。
俺はそれを振り払っていた。麗奈の表情は変わらない。
「違う。ごめん、俺、麗奈」
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ」
頬を伝って涙が零れ落ち、麗奈の顔を濡らす。
俺の肩に、麗奈の手が添えられた。
「俺、っぐ、はぁっ」
言葉がでない。
「お姉さん、の、目を見て」
麗奈の目。夕焼けみたいな瞳、見ていて安心する瞳はしっかりと俺をとらえてる。
ジッと見つめあったまま時間が過ぎる。
「思い出したよ」
ポツリと言った。
「そう」
全部思い出した。葉月姉ちゃんに起こった悲劇。惨い仕打ちを受けても、屈辱に耐えて戦った姉ちゃんの勇姿。
なんで忘れてたんだろうな……これこそが一番の姉不幸じゃねえか。
「お前、ずっとそれを抱えててくれたのかよ」
「きみのため」
「お前はなんでここにいた?」
「きみにあうため、毎日、ここを通ってた」
「フラッシュバックは?」
「毎日」
こいつはフラッシュバックに耐えて、苦しい思いをしながら、俺に会うため、くる日もくる日もここに通ってたんだ。
「……馬鹿だな。こんな嫌な場所来るわけねえじゃん」
「きみは来た。お姉さんを守ってくれた」
「じゃあ、俺も馬鹿だな」
「君と一緒なら嬉しい」
「だな。俺も、嬉しいよ」
自分から麗奈の唇に、俺の唇を重ねた。
――――
「それで、姉ちゃんが亡くなってすぐ警察が駆けつけて、人質に真姫ちゃんが連れ去られたのか」
「そう。本当は私を捕まえようとしたのに、真姫がお姉さんを押して、真姫が捕まった」
麗奈は砂場で汚れた服をパタパタと払いながら言った。
だから麗奈は真姫ちゃんの最後を知らない。
「ニュースでは心臓を一突き。それ以外に外傷はなかったみたい」
「……そうか」
「それからお姉さんのおうちは崩壊した――例えるなら雨。空気もどんよりしてて、誰も喋らない。お姉さんも真姫のことで喋れなくなってた」
家族が死んで、とてもコミュニケーションをとろうなんて気は起きねえよな。
「外に行くと記者が待ち受けてて、被害者なのに毎日根掘り葉掘り。うんざりだよね、そのうちにお父さんが仕事を辞めて、あの女は、男を作って出ていった」
麗奈は片手で肘をさすりながら、俯いた。
「お父さんは、あの女が出てってから余計におかしくなって、ついには私を――」
麗奈の言葉が止まった。記憶を映像として思い出してるんだ。
目を見開き、体全体を震わせている。
「言わなくても良いんだぞ」
怖いなら、フェアじゃなくてもいい。
「だいじょうぶ――――――お父さんはね、お姉さんを襲いそうになって、首を吊った」
「――っ」
「今も、男性がこわい。君以外」
自らが奮い立って守らなきゃいけないはずの娘に手を出しそうになって、手を出さないように自ら命を絶った。
言葉の代わりに麗奈の震える体を力いっぱい抱きしめた。
「君はいつもお姉さんを受け入れてくれる」
「特大のカミングアウトだったけどな」
麗奈のトラウマの根幹に関わる話、恐らく俺しか知らない。
衝撃はデカイけど、麗奈のことをまたひとつ知れたと思うと嬉しくて、ちょっと複雑な気持ち。
「大丈夫。処女だよ」
「気にしてねえよ!」
ホッとして、気まずくなり視線を下に向ける。
「今お姉さんの胸見た、えっち」
「お前にだけは言われたくねえな。この万年発情期」
麗奈は俺の頬を手で挟み、顔を近づけてきた。
「違うよ。可愛い顔して、君がお姉さんを誘ってる、イケナイ子猫ちゃん……いたっ」
ムカついたから軽く頭突きしてやった。
「ふふ……君との夜遊び、楽しい」
「はははっ、まあ、悪くはねえかな」
麗奈につられて笑う。腹の中にあった重い物が少しは減った気がする。
「ブランコでも乗ってく?せっかくの夜遊び」
「気分じゃねえだろ」
砂場でもつれ合ったせいで服の中までじゃりじゃり。帰ってシャワーを浴びたい気分だ。
「お姉さんは君と遊んでみたかった」
寂しげに言われると、弱い。
俺の無言を肯定と捉えて、麗奈はブランコに座った。
「おいで」
「一緒に乗るのかよ」
手招きされてしょうがなく、麗奈の上に座る。
「重くねえか?」
「平気」
麗奈は満足気に言って、ブランコを揺らす。
長いこと使われてなかったんだろうな。揺らすと錆びた鉄が音が鳴る。
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