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24 君と、お姉さんの、トラウマ、ほじくって、ほじくって、克服しよ
『お母さんが会いにきた』
湯船に浸かり、一人の時間を満喫しながら、数日前のことを思い出す。
麗奈からあの夜に聞いたこと。
先生に呼び出された職員室に、あいつのお母さんが来ていた。
その日は直接対面することは無かったが、向こうが言いてえことは、また一緒に住みたいんだとか。
「そんな勝手な話があるかよ」
お母さんが出ていってから四年間、あいつの日常は地獄だったんだぞ。
ギリリと浴槽の上に置いていた拳に力が入る。
真姫ちゃんが亡くなって、取材に来た記者に付け回され、ご近所の話題の格好の的にもなれば、逃げたくなるのも仕方ない。
だけど、心神喪失のお父さんの所に、幼かった麗奈を置いて逃げた。
自分は男を作って寄生先を見つけて……だぞ。
「はぁ、親ってのは本当に勝手だ、子供もだけど」
親父もそう自分勝手だ。だから俺が自分勝手を働いても、お互い様だと胸を張って言ってやれる。
だけどもあいつは違う、理不尽に奪われまくった。
真姫ちゃんも、母親も、父親も、失った。
『麗奈と住める環境が出来上がったから、一緒に住みたい』
麗奈が先生から聞いた、お母さんの主張。
四年間一度も連絡を寄越さなかったクセに。
「イラつくなー。あいつは俺の、なのに」
俺は相当苛立ってる。不安も少々。
あいつがお母さんに靡いてしまわないか。そんなくだらねえことを考えちまう。
あいつはお母さんに会うことを拒否した。この事実だけで答え合わせはすんでるだろ。
「俺には約束だってあるんだ」
『お互いのトラウマが晴れても、ずっと傍を離れない』
この約束でお互いを縛りあってる。どっちかが破らない限り、俺と麗奈は離れることはない。
ゆらゆらと揺れる湯に写った自分の顔を直視する。
「ははっ、ひでぇ顔」
姉ちゃんそっくりの顔が、クマだらけだ。
俺は今だ不眠症の解消に至っていない。
ガチャリと浴室のドアが開く。あ?
「菜月はもう寝たよ」
空いた扉の隙間から麗奈が覗いてくる。
「わざわざドア開けてまで報告することじゃねえだろ」
「お姉さんも一緒に入ろうと思って」
「いや、お前入っただろ!」
「君を癒しにきた」
肌色の塊が、視界に入りそうになったところで、首ごと壁の方を向く。
言っても無駄だった。
背中の方に気配を感じたまま、浴室のトビラは閉じられた。
心臓の音が聞こえそうなくらい、ドックンドックンビートを奏でてる。
「裸じゃないから見ても平気だよ」
「罠だろ。そんな簡単にはだまされないぞ」
癒しどころかこれじゃ緊張しちまうじゃねえか。
「罠じゃない。お姉さんは君をハメたりはしない」
恐る恐る首を回す。麗奈は海で見た水着を着ていた。
「ほら、罠じゃない。お姉さんだっていきなり裸でお風呂に参上なんて恥ずかしくてできないよ」
「俺は裸なんだけど」
「男の子でしょ。気にしない」
無表情を装って、視線はガッツリ下を向いてる。
表情も相まってなんか見下されてる感が半端ない。
「俺の裸を見て嬉しいのか?」
「可愛くて、良いね」
グッドサインを向けられた。
「てめぇ」
「冗談。君のは興奮度合いによってサイズが変わる」
「そこまで把握しなくていいよ」
「夜の海で抱きしめた時、二十セン」「うるせぇって!」「わぷっ」
気恥しくなって、お湯をぶっかけた。
「癒しにきたならさ、緊張するような真似すんじゃねえよ」
浴槽に深く腰掛け、天井を見上げる。
「お姉さんも入るから詰めて」
「やだよ。こんな狭い風呂じゃ密着しちゃうだろ」
「ケチ」
「ケチで結構だ」
「約束を破るつもり?」
「なんでだよ。傍に居るじゃねえか」
麗奈の顔が少し曇った。
「物理的には、ね。君の心はどう?お姉さんの傍にいる?悩みごとで他のことを考えてるでしょ。だから物理的な距離を埋めよう」
麗奈は立ち上がると、無理やりにでも浴槽に入ってきた。
浴槽に手を付き、俺と対面する形で、顔が近い。
「良い形のお尻がお湯に浮いてるぞ」
「顔よりもお尻に目が行くなんて君はえっちだね」
「うるせぇよ。顔が良すぎて直視出来ねえから、他のとこみたらお尻があっただけだ」
「それなら壁を見たらいい」
言われて視線を下に落とす。非常になだらかである。
「お姉さんに喧嘩売ってる?」
黄色が混ざったオレンジ色の瞳が、怒りにメラメラ燃えて夕日みたいだ。
「わっ」
湯船がぽちゃんと揺れた。
麗奈を抱きしめて、俺の胸元に耳を押し付けさせたから。
「こうしてると癒されるんだぜ。怒りがひいてくだろ」
「うん。女の子みたいに柔らかい」
「んなわけねえだろ。鍛えてんだから」
「そうかな。君の体つき、凄く女の子っぽいけど」
「冗談は俺の顔だけにしてくれよ。気にしてるんだから」
「どう?不安はなくなった?」
「増した」
「なんでっ」
大きな目が近づいてくる。その瞳が綺麗で、魅入られて、目を逸らすことができない。
「綺麗だな」
「お姉さん?」
「瞳のことだよ。川に反射した夕焼けみたいにゆらゆら揺れてる」
「君だって澄んだ空みたいな瞳してる」
見つめ合い時間が流れていく。
どんだけ見てても飽きねえな。
「出かけよう」
麗奈がポツリとこぼした。
「明日か?」
「ううん。今からだよ」
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