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長田くるみの美貌が絶望に引き攣り、俺から後退りを始める。
勢いと声量が大事。考える隙を与えないことを念頭に一気に畳みかけてやる。
「横浜からこんな田舎にまで遠征して――やることと言ったら童貞の人生を壊す。なんて愚かで、こすい人間なんだろうな」
「ひぃっ」
「そんなやつが天寿をまっとうする意味なんてねえよな。だからさ」
麗奈が物陰からザッザッと足音を鳴らしながら、出てきた。
持ち前の無表情でおもちゃの弓を構える。
「こいつにお前の魂くれや。死神にも寿命があってさ、若いんだけどこいつには寿命が圧倒的に足んねえんだ」
矢を装填し、ギリリと弦を引く。
「そんなのおもちゃじゃない!」
「この吸盤がお前の若さを吸うんだよ。見る見るうちに老婆になって、塵になり、お前の生きていた痕跡は完全に無くなる。悪いことしたやつには愉快な最後だろ?」
「……いや、やめて、ごめんなさい、もう、しません」
「へぇ、命乞いはやめろよ。みっともねえぞ。お前だって金を奪われた人間のその後とか考えなかっただろ?」
「ごめんなさい!私もあの男に、拓也にお金を借りてて仕方なかったのよ!」
「悪いな。俺もこいつに寿命をあげたいだけなんだ。だからお前の事情なんて関係ない。お前と同じ考えだろ?」
「私はやりたくなんてなかったの!信じて!」
すげえな。知らなかったら信じちまいそうなくらい悲痛な表情だ。
だけど俺は知ってる、ラインのやり取りを見た限り、脅されてるなんてことはなくノリノリだった。
「このままだとこいつ死んじゃうし、俺だけ若返ってバランス悪いだろ?」
「知らないわよ!あいつの寿命を分け合えば良いじゃない!」
麗奈が冷たい目で、さらに弓をしならせる。
女性はその場にペタンと尻もちをつき、足をガクガク震わせた。
「大丈夫だよ。あんな三下染みた顔で笑うんだから、お前たち二人はあの世でも上手くやっていける……あ、魂ごと砕け散るからあの世とか関係ねえか。まあ、そういうことだから」
「まって!もうしません!もうしませんからぁあ!」
「うて」
麗奈の指が緩み、矢が女性に向けて、一直線に飛んでいく。
バチン!と音を立て、矢は女性のおでこを捉えた。
みるみるうちに生気は失われ、露出した肌は衰えとともにシワシワになっていく。
わけもなく、恐怖が精神力を上回った長田くるみは地面に染みを作り、白目を向いて気絶した。
「死神が学生服着てるわけねえだろ。ばーか」
やっぱ死神って言ったら黒いローブに鎌でしょ!弓矢を使うなんて聞いたこともねえ。
『どう?お姉さん若返った?』
麗奈は弓矢を片手にくるんと回った。
「変わらねえな」
『そんな!お姉さんは若返りを期待したのに』
「若返ってどうすんだよ。来年から小学校にでも通うのか?」
『君と一緒なら小学校も悪くない』
俺なら小学校にいっても違和感ないって皮肉だな。これ。
「さて、と。先生たちのところに行くか」
『この人どうするの?』
「うーん。女性だから引きずるのもなあ」
ばっちいから出来るだけ触りたくない。
女性を乱雑に扱うなって葉月姉ちゃんも言ってたし。
「先生をここに呼ぶか。俺ここに残るから麗奈が呼んできてよ」
トラウマは刻み込んだし、男の方は警察に引き渡したから、再犯はないだろう。
でも、悪者を甘やかしたりはしない。ちゃんと警察に逮捕してもらう。
『わかった。じゃあ見張りは任せたよ』
「おう、任された。先生にはこれを見せてやってくれ」
『じゃあ君にはこれを』
麗奈に萩原拓也のスマホを渡し、俺は見張り用の弓矢を受け取った。
『じゃあ行ってくる』
麗奈はスマホをもって駆け足で先生を呼びに行った。
すぐに三人を連れて戻ってきた。
立花先生のあまりの落ち込みようが凄い。また無気力に戻るんじゃないかってくらい魂が抜けた人形みてえだ。
俺は俺の仕事を果たすか。
「よう。立花先生。あまり気を落とすなよ」
なんの薬にもならない慰めの言葉をかけつつ、慣れた動作で弓を放つ。
「うお!春日まで俺を攻撃するのか!」
「ちげぇよ」
矢はちゃんと届いた。立花先生になんて声をかけたらいいか、迷ってる小笠原先生の胸に当たって弾けた。
「うわぁ、悠くんハレンチ」
胸に当たったのはわざとじゃない。だから涼夏よ、俺にそんな軽蔑の眼差しを送らないでおくれ。
「今日の俺は恋のキューピットだから。失恋に終わった立花先生に、金髪の天使から新たな恋のお届けだぜ」
自分で言っててムズムズする。つくづく柄じゃねえと思うわ。
「そういうことだから、ここから先は若いおふたりさんで盛り上がっちゃって、邪魔な子供はご飯の時間だから!」
金髪の天使かっこいい。