17頁
17
「ああ、話せないお姉さんと、ちょっとヤンチャな妹さんの姉妹愛!猛烈に感動した!ほら、君にこれをあげよう!」
リーマンのおっさんが、カバンから大きめの袋を取りだして、握らせてきた。
「遠慮はいらない!これでお姉ちゃんを守ってあげるんだよ!」
リーマンは豪快に笑い、満足気に去っていった。
嵐のようなやつだった。渡された袋から中身を取り出す。
「おもちゃの弓、ふっ」
麗奈は顔を緩ませ、吹き出した。
「笑うなよ……お姉ちゃん」
先端に吸盤がついたおもちゃの弓。なんでこんなおもちゃを持ち歩いてんだよ。あのリーマン。明らか子供用だろ。
ちくしょう……ムカつく。時間があったら不機嫌全開で追いかけてるところだ。
見た目でロリって決めつけやがって、俺は見た目以上に獰猛で強いんだぞ。
「先を急ごう、妹ちゃん」
麗奈の顔が近づいてきて、反射的に目をギュッと閉じた。
頬に生暖かい息がかかり、柔らかい感触の唇と、「ちゅっ」て生々しいリップ音がした。続けて、ザラザラした舌が頬を小さく撫でた。
「急に何すんだっ!」
頬を腕で拭う。ヨダレでテカる肌が、なんだか妙に、ドキッとする。いや、ちょっぴりエロいっつーか。
「んぁ、しょっぱい」
麗奈はべっ、と舌を出した。
あれが、俺の頬を舐めたんだよな。
「あたりめえだろ夏なんだから!何してんだって聞いてんの!」
「我慢できたから、ご褒美」
おもちゃの弓に矢をセットして引き、放つ。
「いたっ」と麗奈が小さな悲鳴をあげ、おでこに吸盤の矢がくっついた。
「ご褒美あげたのに、心音がよかった?」
「ばっかじゃねえのっ……ほら行くぞ」
矢がくっついたままの麗奈の手を引っ張って歩き出す。あー、顔があっつ!
――――
見つけた。先生らしき後ろ姿と、隣を歩く女性。
見間違うはずがねえ。ありゃ美容院でセットした時と同じ髪型だ。
先生と、女性が居酒屋の暖簾をくぐっていく。
まずは第一段階をクリア。立花先生を見つけることができた。
どっと疲れが湧いてきて、俺は居酒屋から少し離れた街路樹に体を預けた。
「ナイスだ麗奈。帰ったら撫でてやろう」
先生を見つけられたのは偶然だった。
待ち合わせの名所にはいなかった。時間も過ぎていて、そもそも待ち合わせ場所すら知らなかった。
『お姉さんの勘は当たる』
焦る俺に、麗奈は薄い胸を張って自信満々に言った。
懐疑心でいっぱいの俺の手を引っ張って、麗奈が引き起こした、当てずっぽうの奇跡だ。
「お姉さんにご褒美をくれてもいいよ」
麗奈が自分の唇に指を当てて言った。
無視だ、無視。まずは涼夏に連絡して合流だ。
スマホを取り出し、涼夏に電話をかけた。
すぐに通話状態になった。
「こちらウルフ零一、居酒屋に入っていくターゲット両名を確認、どうぞ」
スマホをトランシーバーに見立て、涼夏に語りかけた。
『こちらスタービング零一、お腹がすきました。どうぞ』
めっちゃ腹減ってんじゃん。声も心なしか元気がない。活動限界でも迎えたか?
「終わったら飯食わせてやる。どうぞ」
『数時間先の話では一歩も動けません。もう一押し気の利いた言葉を、どうぞ』
「……ここにきたら俺がいる。どうぞ」
『すぐに向かうので位置情報の共有を願います。どうぞ』
「了解、通話を終了後すぐに送信する。どうぞ」
『承知致しました。監視を続けながら、他勢力が潜んでないか警戒をお願いします。どうぞ』
涼夏の言う通り、美人局なら女性側の人間が、そこらにいるかもしれない。
俺たちの尾行がバレたら、長丁場になっちまう、用心するに越したことはない。
「了解した、これで通信を終了する」
通話を切り、位置情報を共有して、スマホをポケットにしまった。
トンっと街路樹から背中を離す。
変なやつがいないか、周囲を警戒して回る。
歩道橋の上、居酒屋の看板の裏、街路樹の影、居酒屋が覗けそうな位置、かつ目立たない場所。いない。
居酒屋から斜め向かいの、最後にいかにもな雰囲気の路地裏をチェック。
「きゃっ!」「みんじゃねえ!」
「うお!わ、わりぃ、邪魔した!」
カップルが、いたしてた。
気持ちわりぃ、見たくて見たわけじゃねえのに。
リーマンと言い、カップルと言い、フラストレーション溜まりまくりだ。
あのさぁ、金がないのか、そういう趣味なのか知らねえけど、ラブホいけよ。
毒づき、また街路樹にもたれかかる。このなりで居酒屋には入れねえ。
出てくるのをここで待つ。
「つーか、小笠原先生もいなくね」
「迷子かもね」
「可能性たけーな。麗奈の勘がなきゃ俺たちも見つかんなかった」
「お姉さんは君の役に立つ」
「ほんとにな、助かってるよ。色々と」
スマホで涼夏に『スタービングゼロワン、新しい任務だ。小笠原女史の捜索をされたし』とラインを書きつつ漏らした。
「君は疲れてる」
「少しな。でも、お前と涼夏がいると癒されるよ」
素でいられる。いい子ちゃんのふりをしてなくていい。
「無理に、人助けしなくても、いいと思うよ」
「俺が疲れるなら……か。そうだな、少し肩肘張りすぎな気もする」
「でも、君は割り切れない」
「だな」
「割り切れたら、お姉さんは君と出会ってなかった、よね」
「どうだろ。別の形で出会ってたかもしれねえよ?春日遺伝子と秋山遺伝子の相性は抜群なんだろ?」
ほっぺにチューして頬を舐めるなんて麗奈さん大胆!
どっちも羨ましい笑笑




