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6 小笠原先生の悩み。俺に任せてよ!
保健室を出てから、麗奈の事がどうしても気になったから二年の教室へ立ち寄った。
教室の扉に着いた小窓から中をそっと覗き見る。
「あれ、いねえな」
1番後ろの窓側、席にカバンはあるけど本人がいない。
琥珀さんは何やら真剣に机の上の書類と睨めっこしてるから邪魔しねえ方がいいよな。
ここにいないとなると、トイレか、飲み物を買いに行ったか、俺の教室か。
「……飲み物でも買うか」
保健室のお礼に、涼夏の好きな、いちごオレも買おう。
それから教室に戻りゃ、どっかで会うだろ。
階段を降りて、校舎を隔てる連絡路の前にある自販機置き場へ。さっきより足が軽い。少し仮眠しただけで随分と変わるもんだ。
ほんと、歩くのも辛いくらいだった。
自販機の前につき、大事な事を思い出した。
「財布……教室じゃん」
緊急で保健室に行ったから財布がねえ。ポケットの中を漁っても、ビー玉が二つ。
ビー玉二つで何ができるんだよ。
ちくしょう。階段分のカロリーを無駄に気がして腹立つ。
しゃあねえ、一度引き返すか。
「わ」
教室に帰ろうとした時、突然後ろから白い腕が伸びてきて、ギュッと抱きしめられた。
「ばか」
ソプラノの透き通る綺麗で小さな声が耳をくすぐった。
少し汗の匂いが混じってるものの、不快感の一切ない、嗅ぎなれた匂い。
「いきなりだな。麗奈」
秋山麗奈。うちの同居人。
最近は声を少しずつ取り戻し、こうして二人きりの時は綺麗な声を聞かせてくれる。
「倒れたって聞いた」
涼夏が教室に帰る前に伝えてくれたのか。
「保健室に行ったら君はもういなかった」
「入れ違いか。お前を探しに、クラスまで行ってたんだよ」
「そか」
嬉しい時の声色、腕の締め付けが強くなった。
「今財布持ってるか?後で返すから飲み物買ってくんね?」
「涼夏へのお礼?」
「おう、よく分かったな」
「休日にご飯連れてけって言ってたよ」
あいつは食うことしか考えてねえのか。
「はぁ、雪兄の店だな」
ため息混じりに呟くと、麗奈も頷いた。
普通の店に連れてったらサイフがすっからかんになっちまう。
「俺が倒れたって聞いて、よく授業抜け出さなかったな」
麗奈なら飛んできそうだ。今回は理性が勝ったか?
「琥珀と、先生に、止められた」
「ははは、実行したのかよ」
「だって、君、最近不安定だもん」
「悪ぃな。寝不足だってさ」
「なのにお姉さんのこと心配してたとも聞いた」
だから血相を変えて探しに来てくれた。
「熱中症だと思ったから、麗奈の方が汗っかきだから心配になってさ」
現に背中が、少ししっとりしてきた気がする。
「……お姉さんは、平気だよ」
麗奈はキンキンに凍ったペットボトルを見せてきた。
多分琥珀さんにでも貰ったんだろう。
あの人は麗奈の面倒を見るのが生き甲斐みたいな人だし。
「良かった。俺も、もう大丈夫だぞ」
「うそ、少しだけ、体熱いよ」
「っひゃ!」
不意にペットボトルを額に当てられて、変な声を出してしまった。
「ーーーっ気持ちええ」
冷たさにはすぐ慣れ、火照った顔が冷えていく。気持ち良い。
「でしょ」
「良いなそれ。明日から俺たちも作って持ってくるか?」
あまり使ってない冷凍庫の活躍のチャンスだ。
「お姉さんが、準備する」
こうやって自分に出来ることを申し出てくれる。
お手伝いしたがりの娘っぽいところがあって、とにかく父性をくすぐられる。
とにかく可愛い。時たま甘やかし過ぎて、涼夏や菜月姉ちゃんに怒られるんだ。
ぶっちゃけくっついてるのは暑い。汗をかいて背中がびしょびしょになってる気がする。
でも引き剥がすなんて可哀想だ。
「ありがとな。麗奈の手作りなんてパパ感動しちゃう」
「パパは気負いすぎ。寝不足だって菜月のことでしょ」
「手のかかる娘が二人もいて、パパは心配なんだよ」
「でも、麗奈が居ないと、パパ寂しい」
「寂しいどころじゃねえ。夜泣きしちまう」
ふっ、と耳に麗奈の息がかかり、肩に重みを感じる。
横に視線を移すと、麗奈が綺麗に整った顔に、薄く笑みを浮かべて、俺の肩に顎を載せている。
「麗奈も。夜泣きする……えんえん泣くよ」
なんだそれ、めちゃめちゃ可愛いな。うちの娘。
今度は柔らかそうな小さいお口がへの字に変わった。
「可愛いって思ってる。良くないと思います」
言葉足らずだが、大体分かる。
女の子の泣き顔を可愛いと思っちゃうのは悪いことらしい。
「実際可愛いんだから、しょうがねえだろ」
「言い訳だ」
うるせえ。
「俺の泣き顔は?」
「可愛い」
「そういうの良くないと思います」
そっと同じ言葉を返してやった。男の子だって泣き顔を見られるのは、嫌なんです。
麗奈はちょっぴりムスッとした顔をして、ペットボトルをお腹に押し付けてきた。
「ひゃんっ!」
つつつと、ペットボトルがお腹から胸へと滑る。
「っつ!やめろ。こんなとこで」
「お姉さんをからかうから」
ふいに、背中から、あばら骨のゴリゴリした感触が無くなった。
ホールドが無くなったから、これでようやく麗奈に向き直る。
ホッ、セーターに守られて、下着は透けてない。
「悠太。汗凄いね」
背中が濡れてるのは、麗奈のせいだ。
「半分以上麗奈の汗だろ」
「汗っかきでごめんね」
体ごと振り返ると、麗奈は眉を落とし、体を小さくしてシュンとしていた。
「嫌味じゃないから謝るなよ。むしろ麗奈との戯れは癒しなんだから」
「ほんと?汗臭くない?」
麗奈は自分の腕を鼻に近づけて、くんくんと匂いチェックを始めた。
「臭くねえ。むしろ落ち着く」
俺も顔を近づけ、否定してやった。
「汗の匂いは?」
「ほんのり。だけど気にならねえ。いい匂いだぞ」
麗奈の顔が真っ赤に染まり、一歩後退した。
涼夏と似た反応、女の子の恥じらい顔、可愛いよな。
近付こうとしたが、手で押し返される。
「なんでだよ。いつもそっちからくっついてくるだろ」
「汗の匂いは、やっ」
「それなら俺も今日は汗臭いだろ。めっちゃ汗かいたし」
「君はいい匂い。お姉さんを誘ってる」
誘惑なんてしてねえのに、戯言を宣いながら鼻先を近づけてくる。
「だったら」
誘いに乗ってきたらしい麗奈を抱きしめた。
「誘われて、のこのこやってきたんだから、こうなっても仕方ないよなぁ」
一度言ってみたかったんだよな、悪役みてぇなセリフ。
恥ずかしがり身動ぎして抜け出そうとする、麗奈を逃さないようにがっちりホールド。
「ねえ、あなた達、いくらラブラブだからって、学校でそういうのはどうなの」
大人の女性っぽい、突然の声に、喉がヒュっと詰まった。
麗奈の肩がビクっと震え声を我慢したのがわかる。
最近声が出るようになったのは、俺と麗奈だけの秘密だから。
「……バレたらやべぇ」
もし、この声が先生だったら。
麗奈が無言で頷く。
不純異性交友なんて騒がれたらひっじょーにマズイ。
「わ」
麗奈が小さく、驚きが混じった悲鳴をあげた。軽々とお姫様抱っこしたから。
父娘ごっこは一旦終わり。取り敢えず。
「三十六計逃げるにしかず!わー!わー!わー!私は片切琥珀!問題があったら私を職員室に呼び出せ!」
振り向かなけりゃ、顔さえバレなきゃ、俺たちだとはバレない。
バレていたとしても、シラを切り通せばいい。
優等生琥珀さんの名を語り、一気に廊下を駆け出した。
今日は更新ないと思った?あるんですよっ
麗奈さんと悠太くんのやり取り長すぎたかな?と反省してるけど、可愛過ぎて省けなかった笑笑
もう少し削り上手にならないとね、みんなはどう思う?7巻は割と読みやすさ追求してるつもりだけど、読みやすくかけてるかな。
後書きをかくのも最近の試みなんだよね。色々書いてあったらウザイかなって思って遠慮してたんだけどどう?
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