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だけど全部話したら、それはそれで先生を巻き込むことになっちまう。
理事長に告げ口されて俺の動きが制限されるなんてことも、歯痒いな。
「別に、包み隠さず話せなんて言わないわ。話せる範囲で話したいことだけ話せばいいのよ」
それなら言葉を選んで話しても、勘繰りはされないか。
「俺、シスコンなんすけど、夏休み中に姉ちゃんと喧嘩しちゃったんすよね」
「あら、シスコンなのになんでまた?」
「シスコンって言っても引かないんすね」
「伊達に先生やってないわよ。中にはもっとエグい話しを聞かされたこともあったわ。その喧嘩が長引いてるの?」
長引いちゃいない。終わってもいない。
「前より仲良くなったんすけど、ね」
姉ちゃんからなんも反応がなかった。それが怖かった。
「仲良くなれたことに問題があるの?」
当然の疑問だわな。俺も違和感が残る部分だし。
「なんつーか。知りたかった答えが返ってこなかったんすよ」
「そうなのね」
「喧嘩して、隣の家泊まって帰ったら、俺の持ち物が全部ぐちゃぐちゃになってて、でも、顔を合わせた姉ちゃんは過剰に甘えてきて」
食器も部屋も荒らされてた。寝室で寝ていた姉ちゃんを麗奈が起こした時、姉ちゃんは、いつも見てえにふんわりと笑っていた。
一瞬頭にズキンと痛みが走り、反射的に右目を閉じる。
「大丈夫よ、誰も急かさないからゆっくり話して」
先生は、俺の肩にさすってくれる。
「……姉ちゃんが姉ちゃんじゃなくなったみたいで怖かった」
「そう……大変だったのね」
「自業自得っすけどね、俺が言いたいことだけ言って、頭を冷やす、考える時間が必要だって間を置いちまったから」
俺の方から触れられなくなった。それだけだ。
「うーん。喧嘩の原因は?」
「あまり詳しくは話せないっすよ」
「話せる範囲でいいわ」
「姉ちゃんに、したいことがあってそれをすると今まで通りの暮らしは出来なくなるんです。もちろん姉ちゃんも不幸になる」
「それは確実なの?」
「はい……本来なら俺のしたいことだったんすけど、俺はみんなとの未来を歩きてえから、諦めました」
「シスコンならお姉さんを不幸にはしたくないものね」
「でも、あっちから触れてこないから心配なんすよね。どうしても姉ちゃんが目の前から居なくなっちまいそうで」
笑顔を振り撒いてくれて、前以上に「大好き」とか「愛してる」とか言ってくれてベタベタくっついてくる。
だけどあの日の話しの続きは一切ない。それが返って嵐の前の静けさみたいな。そんな雰囲気を助長してる気がする。
「結果が出るのを待つしかないんじゃない?」
「……待つ」
「ええ。お姉さんがいつも通りなら、それを受けいれてあげればいいのよ」
「マジすか」
そうか、俺は何かをすれば、直ぐに変化があって当たり前だと思ってた。心当たりありまくりだ。
「だって春日くんの気持ちは、伝えたんでしょう?」
先生は俺の胸に手を当て、微笑んだ。
「シスコンの春日くんがここでぶつかりにきたなら、お姉さんだってあなたの覚悟わかってくれてるわよ」
そう。俺はあの日覚悟を持って臨んだんだ。膝に置いていた拳に力がこもる。
「そうっすね!俺、忍耐力っつーか、待てができてなかったっす!」
「そうよ。男の子なら、ドンと構えていることも大事よ。不安定な子には頼りにくいでしょ?」
先生の言う通りだ。俺が不安を感じて弱気になってるよーじゃダメだ。
俺に出来ることはせいぜい最悪の結果を生まないように、予防線を張りまくることだけ。
「そうだ。お母さんに相談するのもありよ」
「母ちゃんに?」
「あの人が悪い人だったけど……私を助けてくれたのも事実。私だって過去を知らなければ、相談事をしたいくらいよ」
考えたことも無かった。
母ちゃんなら昔のツテを使って、全面的に協力してくれるかも。
「考えてみる。先生ありがとう!俺ちょっぴり頭の中の整理がついたよ」
「良いのよ。当たり前のことをしたまでだから」
「それでも、俺の固い頭じゃ処理しきれなかったんで」
「もし、大人の力が必要になったら、相談しに来てね。立花先生を駆り出してでも、協力するわ」
「個人的じゃないすか。それって教師としてどうなんすか?」
「ふふ。いいのよ。教師以前に人間なんだから、応援したくなる人が居たら手を貸す。別におかしいことじゃないわ」
「ありがたいけど屁理屈っぽいですよ」
「屁理屈で結構。春日くんは大物になりそうな気がするから……あくまで私の直感だけどね」
恩を売っておく的な意味合いか。
先生が言い終わるタイミングで、授業終了の鐘が鳴った。
菜月ちゃんは大丈夫なのかな。心配だねえ。
悠太くんよ、家族の未来は君の小さな肩にかかってる!
ブクマ、評価感想いつもありがとうございます。嬉しいっ
7.12 15時追記、更にブクマと評価もありがとうちゅっちゅ!笑笑