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 叱られた。うちの子を心配しただけなのに。クスン。

 麗奈の様子を見に行くことは許されず、そのまま保健室へと連れてこられた。


 ここに来るの久しぶりだな。

 教室で吐いちまった時以来だ。


 涼夏がノックをした。


「どうぞー」


 小笠原先生の柔らかい声が返ってきた。涼夏が保健室の扉を開けたことで、漏れ出た冷気が顔に当たった。


 めっちゃ涼しい。こんな快適な空間が学校にあったなんて。俺たちの教室にもエアコンつけてくれねえかな。

 

 全室分の工事代と維持費を考えると、現実的じゃないけど、地球温暖化が進んだら数年後には死者が出るかもな。


 後輩たちのためにつけてやって欲しいものだ。


「小笠原先生、こんにちはー。悠くんが熱中症っぽいので連れてきましたー」


 俺をおぶったまま、涼夏は小笠原先生の方に、俺を見せた。

 

「教室からおんぶしてきたの!?それは大変ね。そこに座らせて」


 涼夏に下ろしてもらい、言われた通り座った。


 


 「安定感抜群のおんぶだったぞ。ありがとう」


 例えるなら、母ちゃんのおんぶ。してもらった記憶はねえ。想像だ。

 記憶の中のおんぶは、いつも激しかった。

 葉月姉ちゃんはとにかく早く走ろうとする。楽しかったけど、振り落とされそうで怖くもあった。


「んっふっふー悠くんは壊れものだから大事にしないと。さながらガラス細工だねっ」



 そこまで繊細な作りはしてねえよ。

 むしろ道端のたんぽぽくらい逞しく、不屈の精神を持ってる……とは言いきれないのが現実。


 

 四年も現実から目を背けていた。

 とても自分の力で立ってるとは言い難いのが数ヶ月前までの俺。

 

「それで、症状はどんな感じなの?はい。体温計」


「ありがとうございます。暑くてフラフラするだけっす。急に意識飛びそうになったりはするけど、吐き気とか頭痛はないっす」


 お礼を言って体温計を受け取り、脇に挟む。


「うーん。筋肉が吊りそうとか、喉が渇くとかない?」


「大丈夫っす。後はうちの子が倒れてないか心配です」


「うちの子?」


「二年の秋山麗奈さんですよ。さっきからそればっかり。なんでそんな心配してるの?」


「ああ、同居してるのよね」


「あいつ暑さに弱いからな、俺が暑さに負けたんだからあいつが大丈夫か心配なんだよ」


「悠くんは心配性だなぁ」


 言われてもしょうがないけど、俺が針のむしろのような今、あいつに倒れられると、大分困る。

 心の癒しが減っちまうだろ。


「ふぁあ」

 不意にあくびが出た。急激に眠くなってきて、目を擦る。


「春日くんちゃんと眠れてる?」


「少し、昨日は夜更かししすぎたかもしれません」


「不調の原因それじゃない。ちなみに何時に寝たの?」


「四時。でも最近でこそ早寝っすけど、深夜徘徊とかしてた時は普通でしたよ」


 堂々と教師の前で言ってしまう。今は違うから大丈夫だろ。


「あのね?私も一応先生だからね?あまりそういう事を言っちゃうのはどうかと思うの」

 と思ったら、小首を傾げながら可愛く注意された。

 大人の女性が見せるギャップ萌えってやつ。

 

「昔のことですし。もはや懐かしい。いつ襲われるかわかんねえから、廃墟を根城にしてたこともあったし」

 

 その廃墟には、月を見に来る酒浸りでヘビースモーカーのお姉さんがいた。

「学校くらい行っとけ」なんてうるせえ小言を毎日聞かされた。


「私のようになるな」とも言ってた。ある日を境に廃墟に来なくなったけど、元気してるかな。

 今の俺をみたら、どんな反応すんだろ。


「今してないならいいのよ。それにしても十代なのにどんな修羅の道を歩んでたのよ」


「えっと、よく喧嘩売られてたんすよ」


 売られた喧嘩は買った。負けることもあった。続けてりゃいつかは葉月姉ちゃんのところにいけるかも、なんて思ってた。

 


「どんな風に?」


 小笠原先生は興味津々の様子で聞いてきた。


「んー。君可愛いね。とか。こんな夜に一人で出歩くなんて不用心だ。ボクと良いところに行こう。とか。家まで送ってあげるよ。とか。まあそんな感じ」


 俺の見た目が弱そうだと思って、舐めてかかってきやがる。

 そんな不届き者達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、してきた。


「それって……春日くん。あなた、喧嘩売られてるのではなくて、ナンパされてたんじゃ」


「私もそう思うなぁ。けど悠くんに手を出すならロリコンでしょ。イエスロリータノータッチを守れない人は、成敗してもいいよね!」


「中には保護しようとした人も居たんじゃない?」


「そんなわけないっすよ。俺、お恥ずかしながら世間的によく言われる不良みたいな者だったんで、そんなやつに話しかけるのは不良しかいないっす」


 そう、目が合えば戦闘開始みたいな。


「悠くん。無実の人もいたかもしれないからって、無理やり思い込もうとしてない?」


 ギクリ。


「そんなわけねえだろ。俺だって相手くらい選んでる。相手はちゃんと不良だった」


 ただし俺基準。


「不良なら、カツアゲとか女遊びもしたの?単車を乗り回して暴走したりも?」


「姉ちゃんの教えに反することはしねえ」


「良い子じゃないの」


 深夜徘徊して、喧嘩して回るようなやつが良い子?小笠原先生の良い子のハードル低すぎねえ?

 この学校に不良と呼べる生徒は、ほとんど居ねえだろ。


「男の子だから、喧嘩くらいするでしょう。私が高校生だった頃の不良生徒と比べたら可愛いものよ」


「先生の学生時代ってそんなに学校荒れてたんすか」


「ええ、主に一人のカリスマ気取りの所為だけど」


「……そんなのが居たんすね」

 

 凄い恨みの籠った声だ。あまり掘り返して気を悪くさせちゃいけない。

 

「セクハラ教師を単車で引きずり回した時は、英雄みたいな扱いをされてたけど、それは親友に矯正されたのであって、カツアゲされたり、お弁当を取られたことを私は忘れてないわよ」


 

 

「えっ!小笠原先生が!?酷いやつっすね。ところで」


「忘れようが無いわよ。斎藤灯。この辺の暴走族を仕切ってた最低最悪の魔女よ。可愛子ぶってるけど中身は何を考えてるか分からない腹黒の」


 話題転換しようとしたが、遮って小笠原先生の口から出たのは母ちゃんの旧姓と下の名前。

 ……何してんだよ。俺も人のこと言えないけども。


 

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