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 そろそろ腹も減ってきたということで、近所の定食屋〈桜亭〉に来ている。

 ここは昔馴染みの店で、味もよく、学生にも優しい値段で、よく姉ちゃんに連れて来てもらっていた。

 だから店主のおっちゃんとも親しみ深かったのだが。


 涼夏は勢いよく引き戸を開け、店内に轟く声で言った。

「雪人さーん!来たよー!お腹すいたー!」


「おう!菜月!それに悠太も久しぶりだな!好きな席に座ってくれ!丁度お客さんが、はけたところだから貸し切りだ!暖簾下ろしてくるわ!」


 ここ数年のうちに店主のおっちゃんは代替わりしていた。

 涼夏の明るい挨拶に応えて、厨房の奥から高身長、イケメン、明るいとモテ要素の三拍子が揃った新しい店主が出てきた。


 これは店に来る前に涼夏から聞いた話だ。

 新しい店主、雪兄の親父さんは、息子が20歳になったのを機に息子に店を譲ったらしい。

 今はどうやら奥さんと世界を回る旅に出たとか。


 なので、今の店主は桜雪人さくらゆきと。俺は雪兄ゆきにいと呼んで慕っている。

 姉ちゃん達の同級生で、ちょくちょく一緒に遊んで貰っていた。


「久しぶりー、雪人君、元気してた?」


「うっす」


暖簾を下ろして戻ってきた雪兄に挨拶を返しながら俺たちは厨房に一番近いカウンター席に3人並んで座った。


「まぁ、あれだ。まあまあ元気だ!それにしても悠太は髪が伸びたな〜!身長は変わらんな!ますます葉月に似てきたな!本当に付いてるのか??」


 一息に言われた言葉はどれも俺の地雷だ。

 この通り雪兄はノンデリ。人が気にしていることでも言ってしまう可哀想な人なのだ。


 でも、わかっててもムカつくもんはムカつく。


「うっせぇ、姉ちゃんに似て来たからって俺に惚れんなよ?」


「ハハハ!言うようになったな!」


 雪兄は眉を下げながらも笑った。

 男だってのは、一緒に風呂入ったこともあるんだから知ってるだろ。

 だから少しだけ、雪兄の嫌なところを突き返したのだが。


「こら悠太、その言い方は良く無いよ」

 姉ちゃんが嗜めてきた。


「いいんだよ、思いも伝えられず、好きだった女も守れなかった……俺は情けない男だ」


 事件の時、雪兄は一緒にいなかった事を葬儀の最中ずっと泣いて後悔していた。

 ノンデリ返しが過ぎた。相手の心の傷を抉るような自分の無神経な発言に罪悪感が湧き溢れる。


「あの場に俺が居たらこんな事には」

「それはもう言わないって言ったでしょー。誰も悪くないんだからっね!菜月お姉ちゃん!?」


「そうだよぉ。あの場に居て動けなかったのは私も同じだから」


透かさず涼夏がフォローを入れて姉ちゃんもフォローに乗っかった

「わりぃ、言い過ぎた」


「気にすんな、葉月の事を忘れたり軽視するわけじゃないが、いつまでもへこたれてんのは性に合わないし、葉月も俺たちの暗い顔は望まんだろ」


「雪兄は凄えな、俺は寝ても覚めてもあの日のままだよ」


「悠太……そのことで話がある。まあ、後でな。取り敢えずみんな腹減ったろ?今日は俺の奢りだから好きな物頼め!」


どんよりとした空気を払い除けるように雪兄が声を張り上げた。

「よ!雪人くん!太っ腹!じゃあ、私は野菜炒め定食にしようかな」

「俺は唐揚げ定食」

「雪人さんの奢り♪雪人さんの奢り♪じゃあ私は唐揚げ定食と!単品で海老フライとイカフライとアジフライ一人前ずつ!もちろんごはんは大盛りで!」


「野菜炒め定食と唐揚げ定食ね…このチビ怪獣は遠慮ってものをしらんのか……」


「ふふん、育ち盛りの私にはカロリーが必要なのです!」


雪兄の悪態に胸を張って涼夏が返す。

こいつは昔から大飯食らいだ。どんだけ食べても縦にも横にも前にも育ってないけどな。


「横に育たなきゃ良いな…まあいいや、少し待ってな!」


「もー!!雪人さんデリカシーが足りてなーい!」


「ふふ、相変わらずだね〜」


帽子の上から頭を掻きながら、厨房に戻って調理を始めた。

隣で涼夏と姉ちゃんが女子トークを始めたので、俺は雪兄の調理をぼーっと眺めている。

無理に混ざる必要はないからな。





「ようし、できたぞー!野菜炒め定食、唐揚げ定食2つお待ちぃ!」


10分ほど経っただろうか、お盆に載せられた料理が目の前に運ばれてきた。


「あれ?私の足りてないよ!」


「お前の単品料理はこれから作るからもう少し待ってくれ」


「じゃあ先に唐揚げ定食から…いただきます!!」


先に食べ始めた涼夏に続くようにして、俺と姉ちゃんも

「いただきます」


「雪人さーん!ご飯おかわり!」


「はや!丸呑みか!?」

たまらず雪兄がつっこむ。

俺と姉ちゃんはまだ割り箸すら割っていない……なんだこいつ化け物か?


「やだなー!ご飯は熱いうちにって言うでしょ!?それに丸呑みじゃなくてちゃんと噛んでるよ!きっとご飯中だけみんなと時間の流れがちがうんだよ!きっとね!」


「お、おう…」

雪兄は諦めたようだ。


気を取り直して、俺たちも割り箸を割って唐揚げを皿から取って一口。

……うまい。


「雪人くん料理の腕さらに上げたねー、美味しいよ」

 昔から雪兄の料理は美味かった。

うちの両親も蓮さんも帰りが遅い時は、雪兄に料理作ってもらってたっけ。

 うちは姉ちゃん達が料理できないから、その辺は雪兄に頼りきりだった。

ちなみに俺は、雪兄に教わって簡単な料理は作れるようになってはいる。


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