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周囲に変態ばかりいるせいだ。
「そりゃ刺激されれば、そうなる。自然なことだろ?」
「ほら、倦怠期の夫婦みたいな?長く寄り添い過ぎてえっちな目で見れない的な!」
「じゃあ、お前は俺が隣に居てもドキドキしないのか?」
俺はする。距離の近い幼馴染に今もドッキドキだ。
昔より女の子っぽさが増してて、可愛い。
「するよ。悠くん今が一番かっこいいもん」
「お前に辱められていた今が?」
「えへへ。めっちゃ可愛い反応するんだもん少しだけいじめたくなっちゃった」
「……可愛いとかっこいいって両立するもの?」
「するよ!例えばだけど……麗奈さんが澄まし顔で遠く見てたらどう思う?」
「可愛い」
「えっ」
「えっ」
可愛いだろうが、あいつ無表情だけど心の中では意外と可愛いこと考えてたりするんだから。
「じゃあ麗奈さんがキメ顔しながら壁ドンしてきたら?」
「可愛いだろ」
「えっ」
「えっ」
キメ顔壁ドンしてる頭の中は、この後どうしよう。どうすれば大人ぶれるかなって考えてるんだから。
「悠くんは麗奈さんにかっこいいって印象は無いと」
「可愛い。目に入れても痛くないぞ」
「……涼夏ちゃんは?」
「可愛い。目に入れても痛くはあるか」
「なんでよ!!」
「涼夏はお転婆だからな」
「ぐぬぬ!とにかく!かっこいいと可愛いは両立するの!紙一重なの!悠くんは!認めないと右目に新入するよ」
柔らかそうな手が、眼球目掛けて近づいてくる。
「こえーよ。それじゃ摘出じゃねえか!」
「うーん。じゃあ何処から入ったらいいの?徐々に指で慣らして大きい部位に変えた方が良いと思ったんだけど……それとも悠くんはいきなり頭から?」
「ひ、比喩だから、本当に入ろうとしないでくれよ」
「でも、麗奈さんは目に入れるんでしょう?」
「お前が入らないんだから、麗奈も無理だよ。麗奈の方がでかいし」
「また胸の話!?」
「ちげぇ!身長だ!というか」
麗奈の胸も、お前の胸も、変わらないと言いかけて、慌てて口を閉じた。
「懸命だよ。死にたくなかったらね」
鼻先に突き出された拳、ギリ当たってないが、オーラというか気迫みたいなものが、鼻先にピリピリとした痺れを感じた。
あっぶねぇ、命拾いしたぁ……。真正面からくらったら鼻がくしゃくしゃになって、涙もボロボロこぼれる。なんとも情けない姿を晒すところだった。
姉ちゃんと喧嘩したから泊めて欲しい。なんて言ってる時点で情けなさMAXだから、そこまで変わらないけど。
小さなプライドだ。
「涼夏。俺、姉ちゃんと喧嘩した」
じっと、涼夏の目を見て言った。
アーモンド型のお目目は、爛々と輝いて見える。そこに映る俺は、何故か自信ありげに勝ち気な笑みを浮かべている。
多分目の輝きで、映ってる俺も三割増くらいに美化されて映ってるんだ。
じゃないと俺は、自信満々に姉弟喧嘩を自慢してる間抜けだ。
「昨日も聞いたけど、なんで自信満々な顔で言ってるの?」
美化じゃなかった。本当に自信満々な間抜けだった。
「ちゃんとしっかり喧嘩するのが初めてだったから?」
「遅れてきた反抗期?ダサいよ?」
「確かにここ最近反抗してばかりだけどよ……でも、前よりは自分で決めて動いてるんだ。流されることも大事だけど、自分で決めるのも大事だろ?」
「悠くんはそうでなきゃねっ。すごいなー。5ヶ月だよ?こっちに帰ってきて。短い間なのに、元に戻るどころか、めちゃめちゃ成長したね」
「お前のおかげだろ」
「ふふんっ、褒めたって愛情しかあげられないよ?」
愛情、もうたっぷり貰ってんよ。
「いいんじゃない?姉弟喧嘩しても、お互いの正義をぶつけ合って怪我をして、学ぶことも……時には大事だよ」
「まあな。姉ちゃんが本気になったら俺なんてボッコボッコにされそうだけどな」
「その為に私がいるんじゃん!私と悠くんと、麗奈さんはチームだよ。事情を話せばみんなだって協力してくれる。みんな悠くんのこと大好きだからねぇ」
だから、今回の事は全力でぶつかりなさい。そう言って頼れる相棒は、俺の胸を叩いた。
「何から何までありがとうな。お前が居てくれて本当に頼りになるよ」
「にゃはは。お礼を言うのはまだ早いよ。これから始まるんだから――それじゃ朝ごはんまで、まだ時間もあるし、シャワーでも浴びてきたら?」
「おう。そうさせてもらうよ」
本当に始まりでしかない。姉ちゃんの復讐を止めて初めて、俺にとっての、普通の日常が始まるんだ。




