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まぁ、でも、出てきた涙も引っ込んだ。
「俺たちは、互いに失くしたものを埋め合うことで前に進む努力を初めた。最初は戸惑ったけど、麗奈がいるからって思うと心強くてな。少しずつ、着実に、ひとつずつ取り戻してきた」
居場所を、感情を、生きる活力を、目標を……与えてもらった。
「だから、これからは、守っていく。ずっとこのままで居たいから、今更麗奈が居ない日常なんて考えらんねえから」
姉ちゃんがそうしてくれたように、これからは俺がみんなを守っていくんだ。
「お姉さんも、君が居なくなるなんて、考えるだけで胸が痛い」
今度は自分から。
「麗奈さえ良ければこの先もずっと、俺と一緒にいて欲しい」
約束をより強固な物に塗り替える。
「それは、約束?」
「約束だ。麗奈がしてくれたように、今度は俺から約束したい」
「君から言ってくれるんだ…………涼夏と違ってお姉さんはめちゃめちゃ嫉妬するよ。愛が重いっていうのかな」
「ドンと来いだ。むしろ俺の方が重たいぞ。めちゃくちゃ嫉妬する」
「お姉さん。君以外の男の人と話したことあった?」
「いつだったか雪兄に麗奈を取られちゃうんじゃねえかって嫉妬した」
随分と前のこと、雪兄と麗奈が初対面の時、割と距離が近くて胸がチクチクした事を思い出した。
麗奈はそれに対して舌をべっと出して露骨に嫌そうな顔をした。
眉間に皺がよってる。冗談じゃなくて本当に嫌そうな顔だ。
「うげぇ、心外。お姉さんの愛は君から揺らいだことないのに」
「分かってるよ」
話が終わったら、いつもスっと俺の隣に戻ってくる。最近じゃ俺の隣から手を伸ばしてスマホを見せていた。
「お姉さんの初めては全部君にあげる」
「お、おう。つーかファーストキスはもう貰ったじゃんか」
「笑顔も、声も、キスも、そうだね。ふふ」
麗奈が声を出して、控えめに、笑った。
絶世の美女がそこには居た。
「好きだぞ」
一回言えれば、今度はスラッと言葉が出せた。
愛を伝えるのは難しいと思ってたが、ストレートな言葉なら、そんなに難しくはねえのかも。
「嬉しい。お姉さんの隣は君しかありえないから。ずっとお姉さんを見ててよ」
麗奈が顔を寄せてきた。至近距離、鼻と鼻がくっつき、麗奈の吐息が掛かって、背中がぞわぞわする。
じっと俺を見つめてくる瞳は勝気で絶対の自信が見える。
「お二人は恋人同士なのですね。大和さんからはそのうち付き合い始めそうって聞いてましたが、既に付き合ってたとは驚きです」
「ただの同居人だよ」「ただの同居人だな」
ほぼ同時に言った。
「えぇ....距離感が恋人同士のそれですが、お付き合いなされていないのですか?」
「姉ちゃんを殺した犯人を捕まえてねえから。目標を果たすまでは誰とも付き合わないつもり」
「いざと言う時に判断が鈍りますか?」
「鈍りはしねえ。姉ちゃんの仇はぜってーとる。制裁は受けさせる。んで、菜月姉ちゃんを止める」
今は考え方も変わったところもある。ぶっちゃけ付き合っても良いとまで思ってる。
むしろ恋人同士として、堂々とイチャイチャしたい気持ちは十二分にあるけど、約束したからには半端なことはできねえ。
だから姉ちゃんの仇を取るまで、色恋沙汰とは距離を置く事とする。
「菜月さんは犯人のことを追ってるって聞き及んでおります。止める必要はないのでは?」
「立石さんだから言うけど、姉ちゃんは犯人を殺すつもりだ。姉ちゃんを殺人犯にはしたくないだろ?」
「じゃあ悠太くんが犯人を殺めるおつもりですか?」
「いいや、俺は殺さねえ」
「ああ、知り合いのヤクザに処理させるつもりですか。それなら納得ですが」
「そこまで聞いてるんすね。協力はしてもらうつもりだけど命を奪うつもりはないっす」




