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89頁


 頂いたものもされたことも倍返しにしろ。生前の姉ちゃんにそう教わった。

 姉ちゃんが見てる。だからこそ言わなきゃ。


 俺を見つめる瞳も、いつもより光が増して見える。オレンジがかった黄色い瞳。

 優しく微笑んでいた。いつの間にか表情筋も、扱えるようになって感無量だ。


 いざ言おうとすると喉に引っかかる言葉。素直になれたら。思っていても吐き出せなかった。今までは。



 目を見てはっきり言ってやれ。春日悠太。

 

 

「俺……お前のこと好きだぞ」


 目なんて合わせられなかった。

 見なければ麗奈の答えも分からないのに。どんな表情をしているのか。どんな文章を見せてくれるのか。わかんねえのに、恥ずかしすぎて顔を逸らして、コミュニケーションから逃げちまった。

 情けねえ。姉ちゃんの墓前だと言うのに、男らしさの欠けらも無い。

 姉ちゃんも草葉の陰から笑っている。そんな気すらするくらい木の枝が揺れ、葉っぱが散った。

 風は吹いてない。


「悠太。私も好き」


 少しの間をおいて聞こえてきた。


「……えっ!!!」


 反射的に麗奈の顔を見た。

 確かに聞こえた。時々聞かせてくれるウィスパーボイスにも拙い掠れ声をハッキリとさせた音で。

 麗奈自身も驚いているようで、分かりやすく口に手を当てて面食らっている。


「お姉さんも、好き」


 ギュッと心臓が掴まれたようだ。胸が詰まる。

「……ぁ、ぁ゛」


 なんどんでん返しだよ、ちくしょう。言葉が出やがらねえ。

 何回も自分に言い聞かせてるけど姉ちゃんの墓前だぞ。泣くんじゃねえ。

 今日の主役は姉ちゃん。なのになんでこの場で声が出るかな。

 嬉しくて嬉しくて、せっかく引っ込んだのに、涙が溢れてきちまうじゃねえか。


「あら、大和さんから聞いた話では、秋山麗奈さんは声を発せないと聞いておりましたが」


 そう。こんなはっきりした声、今まで聞いたことない。

 何故こんなにも、あっさりとこの場で声が出ているのか。麗奈に聞きたい。

 

 今度は俺が声を出せない。泣いてしまいそうだから。

 代わりに抱きつく。言葉が出なければ、今まで麗奈がしてくれたように行動で示す。

 


「お姉さんも、君のこと好きだよ」


「良さげな場面なので少し出歯亀させていただきましょう」

 出会いの場は姉ちゃんとの亡くなった場所、偶然にしては出来すぎてるようなタイミングで出会った。


 そして今日、偶然にしては出来すぎてるようなタイミングで、なおも届く好きの言葉、俺がずっと聞きたかった声。

 約束の始まりは、声を出せるように、笑顔になれるように力になりたかった。


 泣く様な日は連続で泣くような何かが起きる。その度に何かが変わる。悩みもそう。

 前に進もうと決めてから、変わろうと思ったその時から、何かを超える度に何かが起こる。

 いつだって麗奈は、俺の前で変化を見せてくれる。それが堪らなく嬉しい。


「いつだって君はお姉さんに、変わろうと思わせてくれる」


 それを言われたら俺だって同じことだ。

 麗奈が俺を見てくれているから、変わろうと思えた。


 ――君はお姉さんと同じ目をしてる。

 秋の夕暮れみてぇな。寂しさを思わせる瞳で言われたことを思い出す。

 あの時は麗奈を認識してなくて酷いことを言った。

 なのに、麗奈は許してくれて、友達になってくれた。

 姉と、弟同士、相性が良かったのか、一緒に居ても疲れなくて居心地が良かった。


「君と居ると、生きようって思えた」

 

 ――お姉さんの教えとして、どんな場合でも一度交わした約束は守る事。もし何かあったら、その時は何が何でも約束を守る為の最善手を打って欲しい。どうせ君は周りの人に何かあったら、自分が出来る以上に手を尽くさないと気が済まないんだから。

 

 ずっと一緒にいる。そう約束をして、舌の根も乾かねえウチに、命を投げ出そうとした後で、麗奈に泣かれた時、言われたことだ。

 約束は守るためにある。そう教えてもらった。

 だから俺はどんな危機的状況に陥った時も、この約束を守るために、死力を尽くしてきた。


「好き。君のことが堪らなく好き。好きって言ってくれたから気持ち抑えられない」


 麗奈が抱きしめてきた。力強く、隙間のないように。


 ――家に帰っても君のトイレの世話はさせて欲しい。お姉さんは君の恥ずかしそうな顔を見ると興奮する。


 思い出さなくても良いこともある。大分思い出を美化してたけど、変態チックな性癖に付き合わされた。現在もだが。


 

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