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堪りかねた感情が爆発したみたいだ。
高校生のガキに話すことじゃないことは重々承知で、葵さんの力になりたくても、それでも何も出来ない弱い自分が悔しくて。
この人、知ってたんだ。葵さんの事情。
「なんで誰もあの子を助けてくれないのよ!!」
きっと男の人に相談したこともあったんだな。
だが、相手が凶悪すぎて芋引いて逃げちまうんだ。
だから彼氏ならと期待を抱いたのかもしれない。俺はそれをことごとく打ち破ったわけだ。
恨まれても、仕方ない。
本来なら。
「彼氏じゃなくてすんません」
頭を下げた。葵さんの怖い物は全部俺が取り払った。だからもうあんな奴らに怯えて過ごさなくていい。
なら俺は何に謝っているのか。
「だから、こっから先のメンタルケアは、半分お願いします」
彼氏じゃないから心のケアを全部背負うことはできないから、だから半分こして貰いたくて、謝った。
身分を偽ったこともだけど。
「なんで?葵の体はどうなっても良いの?」
俺が言いたい事は伝わらない。
伝わらないように、ふざけてんだから当然だ。
こんな往来の場で怒鳴られてんだ。人の目もある。だからちょっとした仕返し。
「黙ってないでなにか言ってよ!」
胸ぐらを掴まれ、引き上げられた。
だが、俺は視線を合わせたまま、憮然とした態度を貫く。
「待って雅!何してるの!?」
そろそろ出てくると思ってたよ。
「……葵」
「その手を離して。悠太くんに暴力振るったら雅でも許さないよ」
葵さんが怒気を孕んだ声で、雅さんに告げると、少し怯んで、胸ぐらを掴んでいた手を離してくれた。
さっと服を正し、微笑む。
「さいっこうの友達じゃないすか」
千秋以外。みな目を丸くして俺に注目した。
雅さんは友達の為に怒れる良い友達だと俺は思う。
「ゆうた、くん、怒ってないの?」
葵さんが動揺するのは無理もない。彼氏と友達が外で取っ組み合いになりかけていたのだから。
「怒ってないっすよ。雅さんの質問に半分ふざけてたのは俺だし」
ふざけてたことを悪いと思ってもない。
「なにを聞かれたの?雅が怒るなんてただごとじゃないよ」
だろうな。あの感じ、見るからに怒り慣れて無さそうだったし、言ってることもハチャメチャだった。
「俺よりも雅さんの口から説明して貰った方が良いといいますかなんというか」
この人全部知ってた!なんて俺の口から出たら、ねえ。
それこそ雅さんの信用を落としかねない。
友達なら、本音で語り合ってこそでしょ。
その結果疎遠になろうと知ったこっちゃない。知っていて何も出来なかったのは事実だから。でも、それでも寄り添いたいと言うなら葵さんも考えてくれんだろ。
葵さんは、そう、とだけ答えて、雅さんに向き直った。
「雅?何があったの?」
優しげに問いかける。
長い沈黙が続く。とても言い辛く、口をモゴモゴと動かしては、あの、その、と言いかけて止まる。
「あのね。葵」「場所、移しましょっか」
やっとの思いで言いかけた言葉を遮り、場所の移動を提案した。
ここで思うがままに言い合いを始めたら葵さんのプライベートが白日の元に晒されちまう。
タイミングは……わざとだ。この時を待っていたまである。
現に俺に話題を遮られた雅さんの顔はリンゴのように真っ赤っか。
食事会の時の澄まし顔とは真逆だな。
「そ、そうね、誰がきいてるかわからないもの」
まあ頭を冷やせってこと。誰もが周りの事を見えなくなってる。
「どこに行きますか?」
俺と千秋以外。千秋はスマホを見ていた。
「この近くですと、カラオケが一番人に話を聞かれなくていいと思いますけど」
「じゃあそれで」
小学生のくせに一番冷静で、要領が良い。




