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「兄妹で別々に住んでるの?」
美雪さんの質問で内輪話が過ぎた事に気付いた。
不味った。雅さんも美雪さんも俺達を不思議そうな顔で見ている。
なんて説明しよう。親が離婚して別々に住んでるとか?
でも居候ってはっきり言っちゃってるしな。それならこいつだけ、親戚の家に預かって貰ってるとか。
シスコンの妹が、実家を離れるはずがねえ。
「複雑な事情がありまして」
「ほえー。どんなー?」
美雪さん。この人はズケズケと聞いてくる人だ。良く言えば多分事情を聞いて、共感してくれて人に寄り添えるタイプの人なんだと思う。
だけど、嘘に嘘を重ねている今日この頃。嘘兄妹の嘘複雑な事情をでっち上げるのは、心が痛い。
「あまり深堀しちゃダメよ美雪。言いたくないから複雑な事情って言ってるのだし」
「あはは、家庭の事情ってやつで、色々複雑なんすよ」
雅さんは大人な人だ。
そう。あたかも意味ありげに口を噤んでいたら助け舟を出してくれた。
ズルいとは思うけど、相手が勝手に勘違いしてくれた方が、嘘を重ねなくて済む。
葵さんの彼氏役としてこの場に来てる以上、その役はやり切るつもり。でも良い人達だと思っちまったから、これ以上余計な嘘をつきたくなくなった。
葵さんの事情を知ってる俺からすれば、彼氏を作りたくない理由は明白。
知らない2人からすれば、浮いた話の無い友達が心配で仕方が無く、葵さんに彼氏が出来たって聞いたら、その彼氏がどんな奴か。
変なやつが来たなら露払いすることも辞さないのだとも思う。
何とも言い難い感情だ。
嘘を重ねれば重ねるほど葵さんも2人の見えないところで時折浮かない顔してるし。本当は打ち明けたいのかもしれない。
俺が杞憂する必要は、ねえか。
スプーンに乗せたドリアを葵さんの方へ持っていく。
「はい。葵さん」
つーか嘘じゃねーし。今日は葵さんの彼氏だから。
「わあ、ありがとう。はぐっ」
カレカノとして、今日一日を楽しめるように動くだけだ。
何となく和やかに、いい雰囲気のまま、食事会は終わった。
料理の待ち時間で大体の質問には答えたから、葵さんたちの普段通りの会話が続き、千秋も話題に加わったりして盛り上がった。
主に俺があまり加われないオシャレの話だったが暇かと聞かれればそんなことは無かった。
話が盛り上がる中、ひとり手持ち無沙汰な俺に、葵さんがハンバーグを分けてくれたり、料理の味について感想を言ったり、共感したり、雅さんと美雪さんの百合を楽しんだり。
うん、楽しかった。
俺は満足だ。何となく、良い彼氏としてお食事会をこなすことが出来たと思う。
今は解散寸前。俺と千秋と、雅さんで、会計が終わるのを外で待っている
「悠太くんさ」
「なんですか?」
「葵の彼氏じゃないでしょ」
青天の霹靂とはまさにこの事だな。
俺よりもこの人の方が葵さんとの付き合いも長くて親しい間柄で、葵さんの機敏な変化もよく見ている。
何せ危なっかしい人だから。
「今日は彼氏っすよ」
対するは嘘の付けない俺ちゃん。抵抗するだけ無駄である。
まるっきりの嘘ではないことと、敵意がないことだけ、それだけは伝えておかないといけない。
「今日は……ねえ」
言葉と共に鋭い視線を向けられた。さっきまで仲良くしていただけに心外だ。
「本当に今日だけなの?」
「うっす」
こちらの手の内は明かさない。雅さんが何に怒ってるか。懐疑心を向けているか分からない以上、聞かれてもないことをベラベラ喋るのは、状況を悪化させるだけだ。
落ち着け。大丈夫。親友の嘘に怒ってる訳ではなさそう。これは俺に対する敵意だ。
多分、何かしら誤解がある。雅さんなら、聞きたいことは向こうから話してくれるはず。
「どうして、葵なのよ」
恨めしそうな目で、グッと唇を噛み声を絞り出した。
「彼氏役なら葵を守ってよ!!!」




