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「やだよ。俺読んでねえけど、なんか変態チックなやつだったもん」
「むしろ読ませてよ!酷いよ、完全に誘い受けじゃない。ねえ、気になるじゃん!」
こういうのって女性のがノってくるのは俺の周りがおかしいんだよね?
俺はこれっぽっちも興味無いもん。涼夏も多分興味無い。
「いいよ。麗奈ちゃんに聞くから」
ああ、この人は麗奈と波長が合うんだっけ。なら納得かも。
不覚にも恥を宣伝してしまった。本当にそろそろあの人から金取ろうかな。何冊売れてるんだろ。
「……ははは、あいつならきっと喜んで布教してくれんじゃねーの」
俺にあの本の内容を事細かに語ってくるくらいだから、葵さんにも、喜んで長文を披露する姿が目に浮かぶ。
凄まじい指の速さで、物語を綴るが如く、すらすらとあの小説に関する感想に、盛大なネタバレを乗せて。
何巻だったか忘れたけど、あの小説の中で俺は女の子になるらしい。
興味がねえから、あいつの長文を理解してるふりをして読み飛ばした時に、その一文だけがヤケに目に引いた。
「ありがとうね」
伏し目がちに葵さんは言った。
「そんな気負わなくていいよ。俺が俺の都合で葵さんを助けたいだけだから」
「都合?」
「さっきも言ったじゃん。葵さんの服のセンスが俺は好きだから、居なくなられると困る」
男一人で婦人服売り場に入るのも勇気がいるから、知り合いが店に居るとひっじょーに助かる。
だって、洋服とか選んでる最中周りのご婦人方から突き刺さる視線と言ったら耐え難いもんがある。
「あれマジだったの?今なら助ける事を条件に大人のお姉さんを好きにできるチャンスよ?」
やけに具体的な提案。駄目だ俺、葵さんに不躾な視線を送ったら、俺もその辺の男と変わらねえじゃん。
「からかわないでくださいよ」
「敬語出てるよ?目線もキョロキョロあっちこっち向けて動揺してる」
葵さんの白い指が伸びてきて俺の頬を撫でる。ひんやりと冷たい。
ええ、あなたのその豊満なボディに目がいかないように努力してますから。
「こんなこと、悠太君にだけよ?」
「自分を大事にしてくれ」
非常に魅力的なお誘いだが、俺が手を出してしまえば、助けた意味が無くなってしまう。
葵さんの肩を優しく押して離した。
「我慢しなくてもいいのに」
「ふっ。俺は硬派だから。本当に好きになった人としかそういう事しねーの」
「いいなーそういう青春っぽいの。私には選べなかったから」
「これから選べばいいじゃん。葵さん美人で気配り上手だから、直ぐに良い人が見つかる」
「過去を知ったら嫌われるに決まってるよー」
「葵さんの過去を言いふらす人間なんか居なくなるぜ?」
「可愛い顔で怖い事言うね」
「やる時は徹底的にやんねーと、目の前に現われられても葵さんが不安だろ?」
「なるほど……こんな感じで麗奈ちゃんも千秋ちゃんも悠太くんに惚れちゃったんだね。私も好きになっちゃいそう。このスケコマシ」
「俺にはどうやら五人の婚約者が居るようなので、やめといたがいいぞ」
「五人も!?」
本当に。そろそろ刺されてもおかしくないのに。しかも酔っ払った勢いで姉ちゃんの教えにも背くという、俺史上最低な人生の選択をしてしまった。
最低。だけど最高。もう認めよう。
「麗奈と、千秋と、涼夏と、唯と、魔王」
「魔王までも!?硬派とかいいつつ、本当は女好きとかじゃないよね?」
「俺は硬派。なはずだったんだけどな。逆張りしてる訳じゃねえんだけど、いつも逆になっちまうんだよな」
「自分の意思で?周りに押されて?」
「周りに押されることのが多いかもな。後はやむを得ずとか」
「悠太くんは優しい子なんだね」
俺ほどの悪逆非道な人間を優しいなんて評価も逆だ。
「よっぽどお姉ちゃん達の教育がよかったんじゃない?」




