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「そんなことお前に言われなくてもわかってるよ!!でもそれ以外手はないだろ!!頼むよ……悠太……」
俺に縋り付くように近づいてくる海に、少しの恐怖を覚えるが、麗奈が手を握ってくれているので、震えや息の詰まりはない。
「頼みは聞き入れる、けどお前は殺すな、お前はこれからも静香の側にいて守ってやれ」
「……でも、お前にだって秋山先輩や涼夏達がいるじゃねえか……」
「そうよ……」
こいつら何か勘違いしてないか?
「大丈夫だ、俺は殺す気も捕まる気もない…策がある、取り敢えず静香は俺が退院するまでは休学して俺の家に居ろ、涼夏と姉ちゃんには俺から話しておく」
退院したら動き出すとして、姉ちゃんに事情を話して匿ってもらう事にした。
虐待をするような親だ、万が一海の家に居て、突撃してこないとは言えない、同じ理由で学校に行くのもオススメ出来ない。
その点うちなら日中は家を空けたとしても静香の親にバレる事はないだろう。
「2週間は安全でも、静香の親が諦めるまで悠太の家に匿って貰ってたら学校もやめなきゃいけないだろ?もしかして殺さずに排除する方法があるのか?」
「そっちは賭けになるが、ある……だが確定ではないから今は黙っておく」
「どうしてそこまでしてくれるの?」
何かあったら幼馴染の涼夏が傷付くから、俺は電話で海にそう言った。
けど、それだけじゃない、親父のことを思い出す虐待やネグレクトをする人間を許して置けないから……言わば自己満足の為だ。
「涼夏の為だ、気にするな」
「ありがとう…でも無茶はしないようにね」
本心を隠す為ぶっきらぼうに返す、これ以上は何も話す気はないオーラを察してくれたのか追求される事はなさそうだ。
「俺からもありがとう、俺、悠太に何かあったら絶対助けるからな!」
「俺が俺の為に勝手に行動するんだ、お礼を言われる筋合いはないよ」
こうでも言ってやらないとこいつらはきっと助けてもらった事を恩に感じて、対等な関係を築いていけないだろう。
だから、良いんだ、そもそも見返りなんて求めていない。
『ツンデレさんめ、お姉さんはわかってるからね』
麗奈が俺にしか見えないようにスマホを見せてくる。
声には出てないがうるさい。
あれからしばらく話して海と静香は帰っていった。
静香には俺の合鍵を渡して直接家に向かうように言ってあるので、まずは姉ちゃんに電話をかける。
「もしもし、悠太どうしたの?」
電話口から聞こえる姉ちゃんの声は心配そうだ。
「仕事中にごめん姉ちゃん、折り入ってお願いがあるんだ」
「話して、何か急を要することなんでしょ?」
さすがは俺の姉、俺からの滅多にないお願いに只ならぬ雰囲気を察してくれる。
「静香を俺が退院するまでの間、うちで匿ってやってほしい」
「あれで終わりじゃなかったのね、もう一社?それとも親?」
「親だ、それも虐待をするタイプの親……だから俺が退院するまでお願い出来ないかな、あいつに何かあったら涼夏が悲しむ」
「匿うのは全然構わないわよ、けど退院しても体が万全じゃないのはわかってるわよね?それにあなた1人でどうこうできる話じゃないわよ」
「それに関しては……山本さんにお願いしようと思ってる」
そう、俺の策は、完全に山本さん頼りの作戦だ。
あの人もこの一件で俺達に負い目を感じている…そこを利用する訳では無いが、負い目を晴らしてあげれば今より姉ちゃんとも仲良くなれる気がする。
「それならあなたが入院中でも問題無いんじゃない?」
それは万が一、堅気には手を出せない、と山本さんに断られた時の保険だ。
その時は雪兄にお願いして2人で、2度とこの街に近づきたく無いと思うほどの地獄を見せてやろうと思う。
だがこれは最終手段だ、言ったら姉ちゃんや涼夏に止められるだろうから。
「いくら山本さんが受けてくれても、立ち合わないとそれは筋違いな気がするんだ。だから退院するまでお願いしたい」
「悠太がそこまで言うなら仕方ないわね…周りを頼ろうとしてくれるだけ成長してくれたのかしら?」
「今回めちゃくちゃ痛い目を見たんだ……俺1人の力なんてたかが知れてる……」
「ふふ、それがわかってくれたなら怪我の功名ね、お姉ちゃん仕事に戻るからまた仕事が終わったらお見舞いに行くね」
「あぁ、ありがとう…じゃあまたな」
通話終了ボタンを押し、姉ちゃんとの通話を終える。
『琥珀にも連絡したよ、余計なお世話かも知れないけどお姉さんも一緒に行くからね』
麗奈の話を聞く限り琥珀さんは俺なんかよりよっぽど強い、でも巻き込んで良いものか、悩む。
男性恐怖症の所為で麗奈か涼夏が居ないと、男とは対面できない、なら何かあった時に逃げ足の早い涼夏に一緒にきて貰うつもりでいたんだが…。
『約束だから、絶対一緒に行くよ。お姉さんは君が危ない事しないように見張るよ(◉◉)』
こうなったらテコでも俺の側を離れないだろうな。
「わかった、けど何かあったら逃げろよ?」
『琥珀がいるから平気だよ、君と同じように、琥珀はヒーローだから!』
琥珀さんに絶大な信頼を寄せる麗奈。
噂をすればなんとやら琥珀さんから着信が入った。
「麗奈から聞いたぞ少年、早速私の力が必要なんだな!?敵は何人でどこの誰だ!」
俺は驚愕した、相手が誰かも分かってないのに助けてくれるなんて……!
この人は葉月姉ちゃんと同じ根っからのヒーロー気質なんだ。
困ってる人が居たら相手の都合も気にせず救いに行く厄介だけど助けた人々に好かれるタイプの……そんな人を女の子扱いして争い事から遠ざけるなんて失礼に値する。
「相手は一昨日助けたクラスメイトの親ですけど、琥珀さんにお願いしたいのは麗奈の護衛です」
本当は主役級の活躍をしたいであろう琥珀さんには申し訳ないけど、今回の主役はきっと山本さんになるだろう。
「そうか!じゃあ麗奈と少年は私が全力で守ろう!大船に乗ったつもりで居たまえ!」
麗奈の護衛と言ったのだが、俺も守護対象に入っているようだ。
「ありがとうございます、頼りにしてますよ」
「ほほう!前日とは違って殊勝な心掛けだな!」
女の子扱いして戦力外と言った事を言っているのだろう、一応謝っておくか。
「いえ、可愛い女の子なのは事実っすけど、好意で助けてくれようとしてるのにすみませんした…」
言い終えた瞬間、電話がぷつっと切れた。
何故だ…、電波が悪かったのかなと思いかけ直してみるが、出る気配がない。
『琥珀は可愛いって言われる事ないからね、照れてるんだよ』
ヒーローだから可愛いよりはカッコいいって言ってほしいよな、俺とした事が失念していた…。
「そうだよな、ヒーローだもんな…次会った時に訂正しておくよ」
『君って賢いように見えてたまにすごくおバカになるよね』
この俺が馬鹿だと?失礼な奴だ。
失礼な奴だが…思い当たる節が所々あるので言い返そうと思っても何も言い返せない。
「しょうがないだろ、男の子なんだから」
時間をかけて出た言い訳は結局、おバカな言い訳だった。