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姉ちゃんは興味津々にへぇ、そうなんだ。と返事をしてきた。
「綺麗で細くて触れたら壊れてしまいそう。だから守ってやらなきゃって思ってるけど、多分そんな事はない。守られてばっかだ」
「悠太が可愛いから、麗奈ちゃんも守りたくなっちゃうんじゃない?んふ」
「可愛いか。それを否定したら姉ちゃんを否定することになるから怒れねえな」
「んふふ。悠太から見て私は可愛いのかー」
「姉ちゃんは可愛いっつーよりも綺麗だな。高嶺の花。みんな姉ちゃんに挑んでフラれて帰ってく。そんなやつを俺は度々見たぞ」
「そんなこともあったね」
「優しくて、厳しくて、生きる事に大事な心構えをいつも教えてくれて、最高の姉ちゃんだったよ」
「本人目の前にして言われると……照れる」
本人、ねえ。
「姉ちゃんだって俺に結婚しようとか毎日言ってきたくせに。俺もそん時は純粋なガキだったから毎日おっけーしてたけど」
硬派だ硬派だって自分のことを思ってたけど、2人の姉の求婚と、涼夏とだって結婚の約束をした気がする。
姉ちゃんは立ち上がりながら言った。
「ねえ、悠太、もう少し海の方に行ってみない?」
「いいよ。行こうか」
手は差し出されない。さっき断ったから諦めたのだろうか。
ちくしょう。くだらねえ意地をはらずに、繋いどきゃ良かったかもしれねえ。
姉ちゃんが先を歩く。1歩進む事に、砂の摺れる音、だけれど足跡は残らなくて。
俺は姉ちゃんが歩いた場所に足跡を残すよう同じ場所を歩いて進む。
昼間と同じ場所。右側に国道が見えて昼間なら左側に靄がかってはいるが、薄ら島が見えるだろう。
姉ちゃんは波を割って海に1歩踏み出した。
冷てえだろうなぁ。俺もその後をついて行く。
「んふ。こんな時間じゃ冷たいねえ」
姉ちゃんが、顔をクシャりとして笑うから、俺も愛想笑いをひとつ。
まじ冷てえ。帰りてぇ。
膝下まで海水に浸かると、視界は暗い海水と俺たちを優しく照らす月。聞こえる音は波が砂浜に押寄せる音。たまに新聞屋さんのバイクの音が聞こえるものの、すぐに通り過ぎていく。
腰まで冷たい海水に浸かった所で姉ちゃんは振り返り、手を差し出してきた。
「悠太。泳ぎの練習でもする?お姉ちゃんが手を握っててあげるよ」
「こんな時間に泳ぎの練習なんかしたら、明日風邪ひいちまうよ」
「そっか」
だから差し出された手を繋ぐことはせず、手首を掴んだ。
引き寄せて、抱きしめる。
姉ちゃんは抱き返してはこないが俺の胸の中でピクリともせず、大人しくしている。
まるで急に抱きしめられた犬だな。
「もっと、声を聞いていたい」
「うん」
「その顔をもっとずっと見ていたい」
「うん」
「けど、違う。俺はお前と一緒には逝ってやれない」
ぎゅっと抱きしめる力を強める。
「……気付いてたの?」
葉月姉ちゃんの姿をした姉ちゃんの、体から光の粒子が飛び去り、見た目が変化した。
黒髪ロングの大人の女性だった。
「まあ、弟だから」
優しく囁き、抱きしめを解く。
これまたどえらい美人だこと。伸びた前髪で目が見えないけど、清楚系美人加減では沙織さんに匹敵する。
年齢は見た目じゃ分からないけど、神田さんと同じくらいかな?
「どこで気が付いていたの?結構自信あったんだけどなぁ」
「葉月姉ちゃんのバストサイズだな。あの人は見栄っ張りだから何センチか盛ってでもCカップに持ってくよ」
「なんだぁ、そんなくだらないことでバレたのかぁ」
くつくつと胸の中で女性が笑う。体は薄く半透明になっていて、触れている感覚が少しずつ失われる。
「俺の目は騙せねえよ。バストサイズは冗談だけど、一目見た時から違和感ありありだったぜ」
「私は1人っ子だったから分からないけど、弟って凄いのね」




